※本稿は、山口義宏『マーケティング思考』(翔泳社)の一部を再編集したものです。
GAFAの成功談は自社の指南書にはならない
「マーケティング×人材育成」の書籍が見当たらない一方、GAFA(Google、Apple、Facebook(現Meta)、Amazon)のようなマーケティング力に定評のある企業の成功談や、そこから人材を含めた事業運営のノウハウをひも解いた書籍はありますが、そのまま自社に当てはめるのはやはり無理があります。そのノウハウの多くが、超・高額な報酬を支払い、超・優秀な人材を集めて成り立っている話が多くなってしまうからです。
報酬や人材レベルがその水準に達していない会社からすると、まぶしく輝く理想像ではあるけれど、そこに向けて自社の現状レベルを踏まえた現実的な強化策とは距離がありすぎる部分もあります。
もちろん理想像から役立つ要素も得られるでしょうが、実際に自分たちのビジネスや規模、リテラシーをもってマーケティングを強化したいときに、何から手をつければいいのかをそれらの本から読み取るのは難しいことが多いでしょう。
プロに高額で依頼しても成果が上がらないケース
マーケティングを強化しなければという命題を前に、それに向けて実際にどのようなチームをつくり、どのような人を採用・育成していくのか。そうしたことがまとまっていないため、何のビジョンもないままに最新のマーケティングツールを導入したり、大きな広告投資をしたりしたものの、うまく活かしきれずに成果が出なかったという話を各所で耳にしています。
同時に、マーケティングのスペシャリストに立て直してもらおうと高額で依頼したものの、うまく既存のマーケティング機能や人材とかみ合わず、成果が上がる前にチームとして破綻するという残念な話も増えています。
会社によって必要な知識が違う
華やかな成功を収めた企業の事例を学んだり、マーケティングのスペシャリストに来てもらったりしても、マーケティングチームが期待するほど機能しない……それは、なぜなのでしょうか。かみ砕くと、理由は2つあると思います。
1つ目は、会社によって必要な知識や判断のリテラシーがかなり違うことです。そもそも業種や事業フェーズが違い、さらにいえば強みも違うので、各企業で一律に有効な考え方や手法がないのです。
事業フェーズだけでいっても、売上規模のイメージとして0→1の立ち上げフェーズの会社と、1→10の成長フェーズの会社、さらに10→100の大規模化や複合事業展開を目指す会社を比べると、マーケティングに必要な知識はどんどん拡張し変容していきます。
成熟した大人のための服を、成長期の中学生が着こなそうとしても無理な話ですが、そんなことがこの領域では戦略や手法、ツールなどさまざまな点で頻発しているのです。自社の業種特性や事業フェーズ、また組織特性にフィットする方法を探すのが大前提なのに、その発想が抜け落ちてしまいがちです。実績ある有名なマーケティング人材であっても、事業フェーズの経験や強みには偏りがあり、招聘してもミスマッチという場合もあるため注意が必要です。
エースが1人いても成果は上がらない
2つ目は、メンバー間で知識レベルに差があるとうまくいかないことです。ツールとスペシャリストを入れても機能しないことがあるという話にもつながりますが、マーケティングはチーム戦なので、ひとりだけ豊富な知識があってもほかの人の知識が乏しいと成果につながりません。
戦略ももちろん重要ですが、それを戦術に落とし込み、細かい施策に分解して実行しきって初めて成果を期待できるので、細かい業務とオペレーションの積み重ねだともいえます。
マーケティングがチーム戦である以上、チーム全体のレベルが上がらないと、期待するような成果を得にくいという構造があります。サッカーに例えれば、エース級のミッドフィルダーひとりがキラーパスを出せても、決定力のないフォワードと防御力のないディフェンス陣では試合に勝つことはできません。
そうした問題を解決できるように、あまりこれまで語られてこなかった「自社の事業フェーズに合ったマーケティングの考え、チーム、人材育成」を、次章以降で体系立てて解説していきます。
最新の方法論やツールに飛びつく前に
最後に強調しておきたいのは、「最新」ではなく「最適」に目を向けて欲しいということです。皆さんもよくご存じだと思いますが、マーケティング領域はとかくバズワードが生まれがちで、最新のツールも次々と登場します。他社がそれらを導入したと聞けば、自社が後れを取ってしまう気にもなります。
ですが、前述のように戦略も戦術もあくまで自社にフィットしているかどうかが大事です。なので、最新に飛びつきたいところをぐっとこらえて、最適を模索していくことを意識していただきたいのです。もちろん最新で成果が出ることもたくさんあり、最新の追求が悪いわけではありません。
むしろ模索すべきテーマのひとつですが、何かの施策やツールを選ぶとき、最新だからと選ぶのではなく、最適なものがたまたま最新のものだった……という状態であるべきです。
これは支援会社の立場でいえば、自社のマーケティングソリューションを提案先企業にとって「最適」と呼べる価値に磨き込む、もしくは自社のソリューションにフィットした「最適」な顧客層にフォーカスしてビジネスを拡大していく重要性を意味しています。
何をしないかを見極める
自社のチームが「最新かどうか」に踊らされず、しっかりと「最適」を軸に戦略と施策の判断・実行をできる目線を養うには、やはり断片的ではない知識が必要なのです。これをさらに分解すると、幅広く俯瞰した現場の手法論を知っていることも大事ですが、同時に、そもそも「何を今しないべきか」の選球眼を養うこともとても重要です。
たいていのマーケティング手法は、やったほうがいいことばかりです。ですが、やれば成果が期待できそうなことを片っ端から試していけば、それこそテレビCMを筆頭に、無限のお金とリソースがかかります。
「この最新の手法なら成功します」と、数多くの支援会社に事業会社が取り囲まれ訴求されるなかで重要なのは、やらないことを決める、優先順位のつけ方です。この判断力をつけるには、幅広い領域に目を向けて包括的な知識を得ていく必要があります。
事業の全体像を理解する
マーケティング支援会社の立場の方からすると、自分たちが提案しているプロダクトやソリューションが、どのような業種や事業フェーズの会社でどのように役立つのかの見極めが重要になります。
同じプロダクトやソリューションでも、相手方によって魅力に感じる内容が変わってくることは往々にしてあります。
単に自社の提供するプロダクトやソリューション領域の知識を深めるだけでなく、事業会社の業種や事業フェーズごとに異なるニーズや施策の全体像を理解することが、案件獲得だけでなく案件納品で成果を上げるうえでとても重要になるのです。