※本稿は、横山広美『なぜ理系に女性が少ないのか』(幻冬舎新書)の一部を再編集したものです。
女性の自己肯定感の低さなど3つの要因が影響していた
数学や物理学を中心に、STEM(科学・技術・工学・数学)分野のジェンダーイメージや平等度との関係を測定し、日本には、数学と物理学は男性的だというイメージが根強く存在することは分かりました。この男性イメージは、何によって形成されるのでしょうか。数学ステレオタイプや就職のほかにも、日本独自の「雰囲気」が影響しているのでしょうか。
この男性イメージに影響する要因を検証するため、日本とイギリス(イングランド)で研究を行いました。
その際に土台として活用させていただいた研究が、大学で物理学、情報科学、工学を学ぶ女性が生物学、化学、数学と比較して少ない理由を、多くの論文の成果から3つにまとめた、アメリカの社会心理学者チェリアン他の先行研究(cheryan et al.,2017)です。
なおアメリカでは数学科の女性学生率が40%程度で推移しており、数学は女性学生が多い分野として分類されています。
そこで述べられる3要因とは、次の通りです。
(1)分野の男性的カルチャー
(2)幼少時の経験
(3)自己効力感の男女差
女性が理工学の勉強は苦手だと思い込んでしまう背景
つまり、理工系分野にはそもそも男性的カルチャーがあり(1)、幼少時の経験が影響していて(2)、自分は理工系の勉強ができないという自己効力感の弱さ(3)が、理工系分野で学ぶ女性を少なくしている、とまとめています。
これらの関係は完全なものではなく、この3つの要因と女性学生の割合の低さの関係がはっきりと分かっている黒矢印の部分と、示唆されるにとどまるグレー矢印の部分があります(図表2)。しかしこの論文を早い段階で把握できたことは、プロジェクトにとっては大変重要でした。
STEM分野の英語論文は世界中から出ていると想像していましたが、調べてみるとアメリカが大半でした。英語圏でも他の国からのものは少なく、私たちのプロジェクトは主に、アメリカの心理学分野を足掛かりに進めてきました。
「女の子は可愛くなきゃ」という歌が流れる日本特有の要因
私たちはチェリアンらが挙げた3つの要因について議論をし、この3つでは足りないのではないかという見解に至りました。
私たちがプロジェクトをスタートさせる少し前に、アイドルグループの「アインシュタインよりディアナ・アグロン」という歌の歌詞が炎上しました。「難しいことは何も考えない」「頭からっぽでいい」「女の子は可愛くなきゃね」「学生時代はおバカでいい」といった歌詞が出てくるその背景に、日本社会の病理が見えたように思いましたが、これは3つのいずれにも該当しません。
また、このモデルでは、私たちが測ってきた平等度などを入れる要因枠もありません。そこで、私たちは、チェリアンらが注目した3つの要因のほか、さらに要因4として、男性・女性はこうあるべきという「性差別についての社会風土」を加えることを考えました。そして、各要因に複数個の質問を用意して、その度合いがどの程度、数学や物理の男性イメージに寄与するかを測定するという設計です。
土台となるモデルがあるばかりでなく、別々に研究をされていた多くの要因を含め、全体を一度に測定することで、要因の中でも重要なものとそうでないものを区別できると考えました。ワンショットで問題点を見つけるというアイデアです。
「数学や物理は男性向き」という考えは浸透しているか
元論文ではできて、私たちにはできないこともありました。アメリカでは社会情報の追跡デ一タが充実していて、長い期間をかけて蓄積したパネルデータがあり、研究のために用いることができます。しかし日本では、今回の研究に使える既存データはないため、短い期間のプロジェクトで実際にとれるデータを使う必要がありました。
そのため、数学・物理学への女性学生の進学率ではなく、数学・物理学の社会における男性イメージに注目をし、それにどの要因が影響を強く与えるのかを測定しました。
男性イメージと理系進学の関係ははっきりとは分かっていませんが、私たちの研究プロジェクトでは、男性比率と男性イメージにはおおよその関係があると見ていました。結果が分かれば、優先的に取り組む事項もはっきり分かり、活動の指針にも役立てることができるはずです。
薬学の分野が、実際の勉強、研究は非常にハードなものであるにもかかわらず、女性が多いことでイメージが男性イメージに偏らないならば、学問に対する男性イメージの要因を確定し、その項目に対して集中的に対策をとって男性イメージの緩和を図ることが、実際に女子生徒へのアピールに重要だと考えたからです。
「性差別についての社会風土」という4つ目の要因
以上のように、私たちは、要因としてはチェリアン先生らが結論した要因1から3を活用し、学問分野では日本で女性が少ない数学と物理学を選んで調査する方針をとりました。
量的(データ的)に影響しているとあらかじめ分かっているものを使用したというより、私たちの研究テーマとの関連が深そうな項目を並べ、それをテストするような形で調査しました。
その結果、一部が予想通りに数学・物理学の男性イメージに強く寄与していることが分かりました。1つのモデルとして提案しようという意味で、私たちは調査結果を「社会風土を入れた拡張モデル」と呼んでいます。
調査は、日本に住む20歳から69歳までの1177名(男性594名、女性583名)に加え、イギリスのうちイングランドに住む20歳から69歳の1082名(男性529名、女性553名)に実施しました。
チェリアン先生の研究がアメリカなので、アメリカのデータと比較することを検討しましたが、アメリカは州ごとに教育制度が異なり統一的なデータを取得するのに問題があると考え、イギリスを比較対象国にしました。
日本は教育制度が全国でほぼ統一されていますが、イギリスは北アイルランド連合王国やスコットランド、イングランドとの間でやはり違いがあります。しかしイングランド内では教育システムは統一されているので今回は日本は全国、イギリスはイングランドを対象にしました。
性差別についての社会風土を見る4つの質問
要因1から要因4には、それぞれいくつかの要素が含まれます。これらに対応した質問項目を用意し、どの項目が数学や物理学の男性イメージに寄与しているのか(統計的に有意な関係があるか)をチェックしました。
各要因に対応した質問項目とは、年齢、性別のほか、大学の学部卒か修士卒か博士課程修了か、数物系分野で女性のロールモデルが思い浮かぶか等です。
今回私たちが提案した要因4「性差別についての社会風土」に関する質問としては、次の4つの質問を用意しました。
・大学教育は女性よりも男性にとって重要であると思いますか。(4b)
・女性は知的であるほうがよいと思いますか。(4c)
・あなたは特定の学部・学科に進学すると、異性にもてないといった趣旨のことを言われた、もしくは聞いたことがありますか。(4d)
文言自体が時代錯誤と感じられることは重々承知の上で、日本ではそうした見方・捉え方がいまだに存在すると判断し、あえてこのような質問文にしています。(日)(英)と国名を記しているところが、解析(多変量解析)の結果、統計的に有意な差が出た要素です(図表3)。
「女性は数学ができない」と考える人ほど、バイアスが
解析の結果、日本とイングランドの両方で数学・物理学の男性イメージに、要因1が強く影響していることが分かりました。数物系の職業に男性イメージを持つ人(1a職業)や、女性は数学ができないと思う人(1b数学ステレオタイプ)と、数学・物理学の男性イメージには統計的な関係がありました。
因果関係ではないので表現に注意が必要ですが、数物系の職業に男性イメージを持つ人・女性は数学ができないと思う人ほど、数学・物理学に男性イメージを持つということです。(ここから先、○○ほど○○といった結果の説明はすべて、統計的な有意差があったという意味で用います)。
1aや1bは、昔から言われることの多い要素とはいえ、日本とイングランドの両方において強い影響を示す結果が出て、あらためて衝撃を受けました。
また、数学や物理学に進学する人は一般的に頭が良いと思う人(1c頭が良いイメージ)ほど、数学・物理学の男性イメージが強いことも分かりました。
「女性は知的でないほうが良い」と考える日本の社会
では、私たちが新たに加えた要因4、社会要因部分はどうでしょうか。
残念ながら、そして予想したことではありますが、日本では、女性は知的でないほうが良いと思う人(4c知的な女性観)ほど、数学に男性イメージを持つことが分かりました。ただ数値としては、就職や数学ステレオタイプと比較して弱いものでした。また、ここでは物理学には有意な差が見られませんでした。
知性は人が人として生きていく上で必要なものです。それをジェンダーで否定するという、女性の人権を軽視する傾向が、数学の男性イメージにつながっていることは深刻です。
以下の論文の研究成果による
Ikkatai, Y., Inoue, A.,Minamizaki, A., Kano,K., McKay, E, and Yokoyama, H. M.(2021 b) “Masculinity in the public image of physics and mathematics: a new model comparing Japan and England”. Public Understanding of Science。30(7),810-826.