長男との結婚は幸せにつながるのか
結婚相手を決める際、相手の容姿、学歴、年収、健康といったさまざまなスペックは重要な要因です。いずれも生涯を共にするパートナーを選ぶ際に気になる点ですが、日本の状況を考えると「相手が長男かどうか」も考慮の対象になりえます。
背景にあるのは戦前からの「長男重視」の傾向です。
親は長男を跡取りと考え、さまざまな投資を行い、特に大事に育てていきます。そして、成人後には年老いた親の面倒をみてもらうという構図が存在していました。
この構図の中に長男と結婚した女性も組み込まれており、義両親へのさまざまなサポートを行うことになります。義両親との関係が良好であれば問題ないのですが、もしそうでない場合、女性の苦労は相当なものになるでしょう。実際、義両親との関係に悩まされる女性はさまざまなメディアで取り上げられてきました。
こう考えると、長男との結婚が幸せにつながるのか疑問が出てきます。また、令和になり、昔よりは「長男重視」の傾向が弱まっていると考えられるため、長男との結婚の影響が変化している可能性もあります。
はたして実態はどうなっているのでしょうか。
今回は長男と結婚した女性と次男以下と結婚した女性で幸福度に差が生まれるのかを検証した研究について紹介していきたいと思います。
長男と結婚するメリット
まず、長男と結婚するメリット・デメリットについて整理しておきたいと思います。
メリットについて言えば、長男の高い学歴と年収です。
これまでさまざまな研究で第1子目ほど、学歴や年収が高くなることが指摘されてきました。前回の記事(「学歴も年収も高くなる「長男プレミアム」が存在……弟・妹にはどうしようもない「ガチャ」の根深さ」)でも紹介した政策研究大学院大学の藤本淳一准教授らの研究によれば、長男ほど教育年数が長く、年収も約4.4%高くなることがわかっています(*1)。
背景にあるのは儒教による男子重視の傾向と日本の「イエ」制度です。日本の第2次世界大戦前の民法では、一家の主が亡くなった場合、原則として長男が遺産のすべてを相続するという制度が取られていました。この民法は第2次世界大戦後に改正されたのですが、長男を重視するという傾向は依然として農村部を中心に存続しているのではないかと指摘されています。
このような長男重視の傾向が教育面における手厚い投資につながり、学歴や年収を押し上げたと考えられます。この結果、長男との結婚は経済的に余裕のある生活につながる可能性があります。
欧米でも存在する“第1子プレミアム”
なお、欧米でも第1子目ほど学歴や年収が高くなると指摘さています。この背景として、初めての子どもほど親もさまざまな面にお金を使う反面、後の子どもになるとお金が続かなくなってしまい、投資される金額に差が出るという可能性が指摘されています。
また、第1子目ほど親と共に過ごす時間が長くなるため、親の目が行き届き、後の子どもと比較して成長後の行動に差が生まれるとも指摘されます。実際、第1子目ほど問題行動が少ないと指摘する研究があります(*2)。
以上の点からわかるとおり、初めての子どもほど、親のお金と時間の面でアドバンテージがあるというわけです。
長男と結婚するデメリット
次に長男との結婚のデメリットですが、やはり義両親へのサポートの負担が挙げられます。長男ほど年老いた両親の面倒を率先してみる可能性があり、同居する割合も次男以下よりも高いと考えられます。
同居していれば、家事が長男の妻に集中する可能性があり、肉体的・精神的な負担につながるでしょう。近年では女性の就業率も向上しているため、長男の妻に家事負担が集中するという傾向は減っているかもしれませんが、結婚後に専業主婦となることが一般的であった時代ではいろいろと気苦労があったと予想されます。
以上、長男との結婚のメリットは学歴や経済面にあり、デメリットは義両親への支援の負担があると考えられます。はたしてどちらの影響が大きいのでしょうか。
長男との結婚によって女性の幸福度は低下する
図表1は夫が長男の場合と義両親と同居した場合の妻の幸福度の変化を示しています(*3)。図表1では、妻の幸福度を5段階で計測し、夫や妻の学歴や就業状態といった個人属性の影響をコントロールしました。
なお、分析には2000年から2018年までの日本版総合的社会調査(JGSS)というデータを使用しており、近年の日本の動向を反映しています。
図表1からわかるとおり、夫が長男の場合、妻の幸福度は低下しています。ただし、その影響は大きいとは言えません。
むしろ、義両親との同居のマイナスの影響が強く、夫が長男の場合の2.4倍です。
これらの結果から、「夫が長男であるかどうか」という点よりも、「義両親との同居」の方が妻の幸せには重要だと言えるでしょう。
ただし、夫が長男であるかどうかという点は、義両親との同居と関連しています。分析したデータでは、夫が長男の場合、義両親との同居割合は12%でしたが、次男以下の場合だと3%でした。つまり、夫が長男だと同居割合が跳ね上がる傾向にあるわけです。
以上の点を整理すると、①長男の夫と結婚→②義両親との同居割合上昇→③妻の幸福度低下というメカニズムがあると考えられます。
長男ほど年老いた両親の面倒を見る責任感が高い
長男ほど自分の両親と同居する割合が高いわけですが、その背景にはどのような要因が存在しているのでしょうか。
この点についても分析を行った結果、長男ほど「自分が親の面倒をみなければならない」と考える傾向が強いことがわかりました(*3)。
分析に使用したデータでは「年老いた両親の面倒を子どものうち誰が見るべきか」という質問があり、長男の既婚男性ほど「きょうだい全員で親の面倒を見る必要はなく、自分がみるべき」という考えを持っている割合が高くなっていたのです。
このような意識の差が親との同居に踏み切る背景にあると考えられます。
ちなみに、金銭面と生活面(掃除・料理・買い物・雑用)のどちらで親の支援を行うのかという点を見ると、長男ほど生活面で親の支援を行う傾向が強くなっていました。
これら生活面の支援には長男の妻も参加する可能性が高く、妻の負担を増加させていると考えられます。
長男との結婚による妻の満足度低下は続いている
長男との結婚にはさまざまな負担が伴うと考えられますが、この影響は近年でも続いているのでしょうか。
この点に関して、妻が1970年以降に生まれたかどうかで影響に違いが生まれるのかを検証してみました。
その結果、1970年以降に生まれた妻でも、長男との結婚によって幸福度は依然として低下しており、その影響は弱まっていませんでした。また、居住地域、家族生活、そして、家計の経済状況に関する満足度も低下していたのです(*3)。家計の経済状況に関する満足度の低下は、長男との結婚のメリット(学歴・収入が高い)がやや弱まっている可能性があることを示唆しています。
以上の結果から、比較的近年に長男と結婚した女性でも、幸福度や満足度が依然として低下する傾向にあると言えます。
きょうだい数の減少で「一人っ子長男」が増加
「長男重視」の傾向が低下しているはずなのに、なぜ長男との結婚によるマイナスの影響が続いているのでしょうか。
この原因の一つとして考えられるのが、少子化によるきょうだい数の減少で増加した「一人っ子長男」です。
図表2は妻が45~49歳の夫婦の子どもが一人である割合の推移を示しています。1977年には11%でしたが、2021年には19.4%にまで増加しています。
これは、近年になるほど「一人っ子長男」に出会う可能性が増加したことを意味します。また、年老いた義両親の面倒を見る負担が一人っ子の夫に集中する可能性も増加し、これが女性の満足度を引き続き押し下げる原因になったと予想されます。
少子化によるきょうだい数の低下が思わぬ形で長男との結婚のマイナスの影響を継続させた可能性があると言えるでしょう。
長男との結婚によって女性の幸福度は確かに低下しますが、規模で言えば義両親との同居の影響の方が大きいと言えます。
長男という立場上、年老いた両親の面倒を見たいという夫の気持ちも理解できます。
しかし、妻の立場をおもんぱかれば、必ずしも同居という選択肢を選ぶ必要はないかもしれません。
【参考文献】
(*1)Fujimoto, J., Meng, X., 2019. Curse or blessing: Investigating the education and income of firstborns and only boys, Journal of the Japanese and International Economies, 53, 1-20.
(*2)Averett, S.L., Argys, L.M. & Rees, D.I. 2011. Older siblings and adolescent risky behavior: does parenting play a role? Journal of Population Economics, 24, 957–978.
(*3)Sato, K 2022. Does the marriage with the man who is the eldest son bring happiness to women?: Evidence from Japan, PDRC Discussion Paper Series DP2022-004.