漫画家の水谷さるころさんは再婚した夫が怒りを爆発させ、時に子どもをたたくこともある状況に悩んでいた。夫に注意しても解決できず、「夫婦カウンセリング」に駆け込んだ顛末をコミックエッセイにまとめた。水谷さん夫婦のカウンセリングを担当し、漫画の監修もした山脇由貴子さんは「カウンセリングを提案するのは妻側が大半。男性は家庭の事情を打ち明けることを恥だと考え、抵抗のある人が多い」という――。

※本稿は、水谷さるころのコミックエッセイ『子どもにキレちゃう夫をなんとかしたい!』(幻冬舎)と監修・山脇由貴子によるコラムを再編集したものです。この漫画には男性が理不尽に怒る描写があります。苦手な方はご注意下さい。

相談のきっかけは夫の浮気や暴力、セックスレスなど

夫婦カウンセリングに来るきっかけは様々ですが、その理由としては、夫の浮気が少なくありません。1回だけの浮気もありますし、継続した浮気も。そして喧嘩が絶えない、逆に会話がない、暴力まではいかないけれど、時々夫がキレる、といった日常の悩みもあります(中には、暴力などの深刻なものもあります)。仲は良いのだけれど、セックスレスというご相談もあります。

また、水谷さんのお宅のように、夫が子どもに厳しすぎる、怒鳴る、時に暴力を振るう、というご相談や、受験に関してなどの子育て観が一致しない、というご夫婦もおいでになります。「夫が発達障害なのでは?」なんてご相談も最近は増えています。発達障害ならば、その対応を知りたい、という妻の希望でのカウンセリングです。

カウンセリングを提案するのは妻側が大半です。男性はカウンセリングに抵抗がある方が多いと言えます。それは夫婦や家族の悩みを他人に相談することは「恥」だと考える傾向があるからです。また、カウンセリングというのは病気の人が行く、あるいは離婚問題が深刻になってから行く、というイメージがあるからとも言えます。

夫婦仲がこじれた原因を当事者だけで探るのは難しい

一方、女性はこのまま夫婦で話し合いを続けても、感情的になるだけで解決出来ないだろう、と状況を客観的に見ています。ですので、第三者が入って話し合いをする必要がある、と考えるわけです。また、女性は友達や仕事仲間に夫婦間の問題を相談することがあるので、その場で友達や同僚からカウンセリングを勧められた、という方も多くいらっしゃいます。大半は、妻が夫にカウンセリングを提案し、説得して夫を連れてきます。また、初回は妻だけでカウンセリングに来て、どうやって夫を説得すればいいかを一緒に考える所から始める場合もあります。中には、占いに行ったけれど、やっぱり専門家の意見が欲しい、友達は話を聞いてくれるけれど、解決には至らないので……という理由で来る妻も。

いずれにせよ、夫婦間での話し合いというのは難しいもの。そして、現在起こっている問題の原因を当事者である夫婦だけで探るのはさらに難しいと言えます。お互いの非を指摘するばかりになって喧嘩になってしまい、話し合いが成立しない、という夫婦は多いです。解決を目指しているのに喧嘩の繰り返しになってしまう。それでは夫婦仲はさらに悪化してしまうので、カウンセリングが必要となるのです。

妻は夫の自分に対する不満を知りたい

意外に多いのが、「夫の本音が知りたい」という妻です。「私への不満はきっとあるはずだから、それを知りたい」というのも、夫婦カウンセリングのきっかけとなる場合が多いのです。

妻にストレートに不満を言えない夫は多いもの。なぜなら、喧嘩になるだけだと思っているからです。男性はお酒の席でネタとして妻への愚痴を言うことはあるものの、夫婦のことを友人や同僚にはあまり相談しないので、自分の中で抱え込んでいます。だからカウンセリングという場に来れば、「誰にも話したことがないのですが……」と妻への不満を打ち明けてくれます。一方からだけではなく、双方の不満を知る。これが夫婦カウンセリングで重要なことです。そして、夫婦カウンセリングに来る、という時点で夫婦は関係改善を望んでいるわけですから、すでに希望は見えているのです。

妻も夫も自分にとっては本当のことを主張している

夫婦カウンセリングは、初回はお二人から現在抱えている悩みを聞き、その後、別々に夫婦関係や相手に対して感じていることを聞きます。さらに生い立ちの聞き取り、心理テストをそれぞれ受けて頂き、そして再び夫婦一緒に結果の照らし合わせと解決に向けてのカウンセリングをします。では、夫婦揃ってカウンセリングを受ける意味とは何でしょうか。

どんな夫婦でも、それぞれの言い分は違うもの。夫婦喧嘩一つとっても、その原因について尋ねると全く違う答えが返ってきます。そのどちらが正しいかを判断することは出来ません。どちらも本当のことを話しているからです。例えば、妻の言い分は「夫は常に自分の方が正しいと主張して、私の言うことを聞いてくれない」。夫の側は「妻の意見も聞いているし、あくまで『この方がいいよ』と提案しているだけ」。こんなすれ違いはお互いの感じ方の違いによるものです。

どんな夫婦にも相手への不満は必ずあります。それをどちらか一方からだけ話を聞く、例えば妻が抱える夫への不満だけを聞いてしまうと、悪いのは夫だけのようになってしまいます。夫に来てもらって、妻の不満を伝えるだけでは、夫は妻への不満を募らせることになるでしょう。大事なのは、夫婦がカウンセリングを通して互いの不満を知ることです。日々の生活の中で口にすると喧嘩になってしまうような互いへの不満を、受け入れやすいように翻訳するのがカウンセリングだからです。

ワンオペ妻が夫に怒っていたの本当の理由

夫婦カウンセリングは、どちらが悪いかを決める場ではありません。夫婦仲を良くしてゆくことが目的です。その為にはまずカウンセラーが、互いにどんな不満があり、どうして不満を抱いているのか、その原因を探ります。どちらか一方に寄り添うのではなく、じっくり話を聞き、その上で、夫婦が揃った場面でそれぞれの生い立ち、現在のお互いの不満の原因を説明します。

例えば、家事育児に協力してくれない夫に怒りをぶつけ続けていたのは、仕事上の悩みを一人で抱え込み、家事育児も一人で完璧にこなそうとしてきたけれど限界に達し、誰にも相談出来ずに悩んでいた点に原因があること。だから夫には、実は怒っているのではなく「助けて」と言っていたということを夫が理解出来ると、「そうだったのか」と納得出来ます。

加えて妻は弱音を吐くのが苦手で、感情表現が下手であることもテスト結果として出ていると説明すると、夫は「それなら自分も頑張らなくては」という気持ちになれるわけです。つまり、生い立ちの聞き取りと心理テスト結果による分析を踏まえて、相手の不満の根っこを分かりやすく翻訳するのが夫婦カウンセリングなのです。

相手の本音を知って理解することが改善の第一歩

これが、妻や夫、一人だけでカウンセリングに来ても、自分の不満は言えてすっきりするかもしれませんが、相手の本音を知ることが出来ず、相手の不満の原因を理解することも出来ないので、夫婦仲を改善するきっかけをつかめないことになってしまうのです。また、夫婦双方の話を聞くだけで、お互いの本音や不満を相手に伝えないままカウンセリングを続けることは平行線にしかなりません。二人揃った場面で、互いが納得いくよう、カウンセラーが説明することが夫婦カウンセリングでは重要なのです。

相手の本音を知り、その原因を理解して、相手の気持ちを受け入れ、自分にも非があった時にはそれを認める。これが夫婦カウンセリングのベースになります。ですが、人の感じ方や考え方、つまり不満を抱く原因は、やはりそれぞれ違い、話を聞くだけでは十分な理解は出来ません。だからこそ、生い立ちを聞き、心理テストを夫婦それぞれで受けて頂き、自分では気づいていない自分を知り、それを相手にも知ってもらう。それにより、夫婦互いの理解がより深まり、改善に向けての方法が見いだせるのです。

なぜカウンセリングで夫婦の生い立ちを聞くのか

なぜカウンセリングで夫婦それぞれの生い立ちを聞くことが大事なのか。疑問に思う方もいると思います。でも実は生い立ちには、とても多くの情報が隠されています。

私たちの今の性格や人との付き合い方などは、生い立ちに大きく影響されています。つまりは親との関係、兄弟姉妹との関係、家族での過ごし方、学校での友人との過ごし方。それが私たちの考え方、感じ方、どんなことで傷つくか、どんなことが嬉しいかなどの性格の根幹を形成しているのです。

「私の生い立ちなんて平凡で、話すことなんて特にありません」と多くの方はそう言いますが、話し出してから私が「お母さんとはどんな会話をしていましたか?」などと質問すると、「あ、思い出した」と次々エピソードが出てきて、長い人だと2時間近くかかります。自分自身の人生の振り返りにもなり、「子どもの頃ってこんな風に思っていたんですね」と驚く方もいます。

中でも一番大事なのは、親との関係と言えます。お父さん、お母さんはどんな人だったか、放課後は誰と何をして過ごしたか、土日は家族でどんな風に過ごしたか、食事場面はどんな様子だったか。「そんな些細な」と思えるようなことが今の自分に大きな影響を与えていることは皆さんにとって驚きかもしれません。

幼少時に親から傷つけられた経験が影響する

人間というのは、生まれてからしばらくはほぼ親としか接しません。それが親戚や親の友達、保育園や幼稚園の先生、友達と広がっていき、同年代との関わりが中心となっていきます。人生のスタートからしばらくは親としか関わらないのですから、親との関係が現在の人間関係のべースとなっているのは当然なのです。

親からの影響はもちろん、良いものだけではありません。自分では気づいていなかったけれど、親から傷つけられた体験は誰にでもあるもの。思い出せるものも皆さんきっとあるはず。ではそれは今の自分にどんな影響を与えているのでしょうか。大人になった今では、もう残っていない、そう思っていても実はまだ傷として残っているかもしれません。

「夫婦とは家族とはこうあるべき」という思いのズレ

そして家族での過ごし方や両親の関係は「家族」「夫婦」のイメージのベースとなっています。気づかないうちに自分も親と同じように振舞っている人も、逆に親のようになりたくない、と抵抗する人もいます。それぞれが抱く「夫婦、家族としてこうありたい」「こうあるべきだろう」というイメージのずれは、夫婦仲を悪くする原因となり得るのです。生い立ちを比較してみると、「こんなに違うのか」と驚く夫婦は少なくありません。思い描いている夫婦像、家族像が違えば、相手に求めるものも違ってくるわけですから、そこから不満が生じるのも当然と言えます。ここに子育てに関する考え方が入ると、ずれはさらに大きくなります。

夫の前では親のことを悪く言えない妻も多い

漫画:水谷さるころ、監修・コラム:山脇由貴子『子どもにキレちゃう夫をなんとかしたい!』(幻冬舎)
漫画:水谷さるころ、監修・コラム:山脇由貴子『子どもにキレちゃう夫をなんとかしたい!』(幻冬舎)

勢いでなく慎重に考えて結婚した場合でも、互いの生い立ちをじっくり話し合った、という夫婦は決して多くありません。親との関係を話した、という夫婦はさらに少ないのではないでしょうか。女性だと、母親との関係が悪かった、父が怖かったなどの思いを抱えていても、「親のことを悪く言うなんて性格が悪い女と思われそうで、夫には言えなかった」という方が非常に多いです。

自分自身の生い立ちを知ることは自己理解につながり、夫婦が互いの生い立ちを理解することは、日々の感じ方や傷つき方への理解を深めます。すると、配慮しなければならないポイントも見えてきます。だからこそ、生い立ちを聞くことが重要なのです。