年間の売上目標は予定の3倍に修正
――3月に発売されたミドル・シニアの男性向けスキンケア「VARON(ヴァロン)」ですが、販売状況はどんな感じで推移していますか。
【西山】今年3月の記者発表では、年間の売上目標は3億円としていました。発売後約半年で20万本を出荷し、5カ月で目標を突破したため、目標を9億円に修正しました。
――実際に買われた方は、どういう方ですか。
【西山】年代でいうと、40代から70代の方が万遍なく買われているのが特徴かと思います。もちろん新聞広告を打つと60~70代のお客さまが増えますし、Webの広告を見て買われるのは40~50代の方が多いわけですが。
――開発の背景を教えてください。
【西山】もともと会社としてはかなり以前から、男性向けの化粧品を開発しようという案はありました。しかし検討しては中止する、という繰り返しでした。でも数年前に「具体的に考えるように」という指示が私に下りてきて、今回の「VARON」誕生にいたります。
当社製品の「セサミン」や「ロコモア」のお客さまのインタビューをする中で、中高年のお客さまには「人生最後の瞬間まで、生き生きと若々しくありたい。人とのつながりを持ち続けていきたい」という根源的な願いがあると感じていました。
でもみなさん、自分の外見が「ちょっと老けてきたな」と思うと、自信が持てなくなってしまう。たとえば「若い人が多い職場で自分だけ老けていて疎外感を感じた」とか、「Web会議の画面で見る自分の顔が老け込んでいて自信をなくした」とか、見た目の変化による気持ちの低下や自信の喪失があると気づきました。
50年手つかずの男性の肌がもつポテンシャル
【西山】そして実はスキンケアを必要としているのは、女性よりも男性のほうです。男性は女性にくらべ皮脂量が多いわりに水分量が少ない。Tゾーンはテカテカしているけれど、Uゾーンはカサカサだったりする。しかも男性は毎日ひげ剃りをします。これは肌を削っているようなものです。屋外でのスポーツやレジャーが好きな人は、紫外線にさらされますが日焼け止めを塗っている男性はあまりいません。そういったダメージが蓄積されているのが、ミドルやシニアの男性の肌の特徴であり、そんな男性に向けたスキンケアが「VARON」です。
メインコピーは「男の顔の印象は10日間で変えられる」。他社の男性用スキンケアは、「○○成分配合」とうたったり、イケメンのタレントによるイメージ広告をしたりしていますが、われわれは「顔全体の印象を変えられる」ところにこだわってプロモーションしました。
というのも、開発前にも何度もテストをして、結果的に10日間で効果を感じた方が90%以上いらしたんです。私は女性向けの化粧品を10年近く担当していますが、ここまで劇的な結果が出たことはありませんでした。つまり50年手付かずの男性の肌には、すごいポテンシャルがある。これで「10日間で顔の印象が変わる」と言い切ることに決めました。
有名人がCMに登場しない理由
【西山】男性のスキンケア商品には、「カッコよくなろう」とか「イケメンになってモテよう」というような世界観の広告が多いと思います。そこで表現されている若者のカッコよさは、顔の造形とか体形とか、画一的だと思うんです。でもミドルやシニアのカッコよさは、長年生きてきた経験や培ってきたものがにじみ出る瞬間にある。だから画一的なカッコよさに向かうのではなく、一人ひとりが自分の魅力に気づいて、それぞれのカッコよさを体現できる。そんな社会になるといいなという思いでこの商品をつくりました。
人生の後半を豊かにするというコンセプトは、老いを感じ始め、自信を失いかけた男性に受け入れられる。事前に試作をためしてもらう段階でそのことを実感していました。
ですからCMに出ているのも有名な人ではないですし、「VARON」の使用感を語ってもらっていますが、「こんなことを言ってください」と指示した台本もありません。初めてスキンケアというものを体験した人たちが、自分自身の変化に満足する姿をそのまま見せようとしています。
――男性がスキンケア用品を使うことに対する抵抗感はまだあると思います。それを払拭するために、何か工夫をしましたか。
【西山】まず、これ1本で簡単に手入れが済むオールインワンにしたこと。そしてボトルのデザインです。たとえばある日突然、旦那さんが洗面所に、キラキラしたボトルに入った化粧水と、美容液と、クリームを並べたら、それはご家族も抵抗がありますよね。
でもサントリーはお酒の会社ですし、男性にとってはすごく親しみのある会社です。ボトルのデザインも時計や車をイメージしたメタリックなものにし、「これ1本で済むならやってみようかな」と思ってもらえたのではないかと思います。
スキンケアとメイクを混同する男性たち
――開発の過程でどんな気づきや驚きがありましたか。
【西山】部内の女性メンバーからすると、「ここまで男性はスキンケアに対する知識がないのか」と驚きだったようです。たとえば「スキンケア」というと、おしろいをつけることだと思う方が多い。スキンケアとメイクを混同しているんですね。
それから「VARON」のボトルはポンプ式なので、手のひらに適量を出してから顔にのばして使います。ところがこれを直接、顔に垂らした方がいて、「目に入った」というご指摘があったんですよ。あとはサンプルをお渡ししたら、いきなりメガネの上から塗ろうとした方もいました。
試作を試したときに出る言葉も全く違っていて、女性であれば「ハリが……」とか「うるおいが……」といった言葉がでるのですが、そうした言葉は出ず、一番多かったのが「気持ちいい」ということでした。そして「肌が明るくなった」など顔の印象に関する感想が多かったですね。
そういう方に向けた商品にしなくてはいけないということは、強く思いました。
CM出演者選定の決め手
――そこまでとは思いませんでした(笑)。西山さんは顔の表情がよくなると印象が変わるということを、タレントではなく一般の方で実感をもって見せようとしたわけですが、出演者をどのように選びましたか。
【西山】CMに出演しているのは、一応、モデル登録をしている人たちなんですね。オーディションをするにあたり、まず全員に商品のサンプルを送り、使った感想を文章で書いてもらいました。そこで本当に効果を実感している人を7~8人選び、次にその方々に対して、「使った感想を言ってみてください」とお願いして、動画を撮影しました。そのときの表情や、にじみ出るものが視聴者の方に伝わるかどうかという観点で選びました。もちろんスキンケア商品ですから、最低限の肌の状態や清潔感なども確認しています。
とはいえ、リアルを強調するからといって、通販の健康食品のCMのようにユーザーの自宅で普段着のまま登場してもらうというのは厳しい。外見に関する商品ですから、「この商品を使うことによって毎日に自信が持てそう」とか、「これがあると気分が上がる」と思ってもらうのは、男女問わず大事なポイントです。直感的に「これ、ほしい」と思う気持ちや、商品を手にしたときの高揚感をもってもらいたい。ですからそこのバランスをとるのが非常に難しかったのですが、一般的な化粧品に比べれば、相当生活者寄りというか、親しみがあるというか、近い距離感のものができたと思います。
社内会議で収拾がつかなくなることも…
――西山さんよりも、おそらく社内の上層部の方のほうが、ターゲット年齢に近いですよね。企画を上に通すとき、「いや、俺はこうだ」「ターゲットの気持ちはこうだ」というように、逆にうんちくを言われたりしたのでは。
【西山】まさにそうでした(笑)。上層部のいる会議では、ほとんどの方がターゲット男性です。ですから女性向けの商品のときはあまり意見を言わないのに、「値段はもっと安いほうがいい」とか、「もっとカッコいい俳優を起用しよう」とか、活発な発言がありました(笑)。
もちろん意見を言ってもらえるのはありがたいことですし、そこで気づけたこともたくさんありましたが、収拾がつかなくなることもあります。そういうときは、「私は100人以上のお客さまの意見を聞きました。自信を持って、お客さまはこれを求めているといえます」と主張して納得してもらいました。
実は発売前に、社内でも「10日間チャレンジ」と題して役員レベルの人たちに商品を試してもらったんですよ。調査会社のインタビュー調査って、みなさん、こちらがうれしくなるようなことを言ってくれるでしょう。報酬ももらうし、答えたいと思っている人たちですから当たり前ですが。だからさきほど申し上げたように、100人以上調査して、効果を感じた方が90%いたというのも、私自身はあえて話半分で聞いていたんです。でも最後に、社内の偉い人たちに使ってもらったら、80~90%の人が良さを体感したという結果が出た。そのとき初めて、「あの厳しい人たちがこう言うということは、これは世の中でも受け入れてもらえるかもしれない」と確信できました。
取材を終えて 桶谷功より
VARONのCM「告白 47歳」篇で、使用者の男性が「恥ずかしー」と叫ぶシーンがありますが、やはり初心者の中高年男性にとって、スキンケアをするというのは照れくさいし恥ずかしいもの。その抵抗感を弱める意味で、女性イメージの強い化粧品メーカーではなく、ウイスキーなどで男性になじみのあるサントリーがその強みを活かし、スキンケアを初めて試した男性の実感に寄り添ったアプローチをしたのが大きかったのではないでしょうか。
使用実感を大切にし、タレントを使わずテスティモニアル方式(使用者の推奨)で訴求して、ここまで大成功。今後も、実直に地道にユーザーを獲得していってほしいと思います。しかし、2025年までの売上目標50億円は、サントリー全体の事業規模の中では微々たるもの。売れ行きが好調だと、ついビールのように大物タレントを起用して、マス広告で一気に売り上げを伸ばせ! なんて指示が上層部から出ないことを願うばかりです。