ニトリの「スマホ毛布」が売れている。毛布に腕を通す穴を空けるという斬新な発想はどこから生まれたのか。消費者インサイトに詳しい桶谷功さんが開発担当者に聞いた――。

9月の販売スタート後、すぐに火がついた

――毛布の穴から両手を出して、寝ながらスマホを操作できる「スマホ毛布」が話題です。売れ行きはいかがですか?

【小田貴洋さん(以降、小田)】たいへん好調です。2022年の9月から販売をスタートして、すぐに火がつきました。当初の売上計画の2倍以上になりましたね。特に反響の大きかった都市部では、「在庫が足りなくなるのでは」という心配の声も上がったほどです。

ニトリ グローバル商品本部 小田貴洋さん
撮影=プレジデントオンライン編集部
ニトリ グローバル商品本部 小田貴洋さん

――9月といえばまだ残暑の時期ですよね。どんなプロモーションをしたのですか。

【小田】毎年、秋冬ものはその頃から店頭に並びます。話題になった商品は手に入りづらくなることが多いので、確実に手に入れたい方がすぐ反応されたのではと考えています。

プロモーションについては、今回はスマホユーザーがターゲットですからSNSを活用しようと、Instagramの公式アカウントの「ニトリLIVE」で紹介しました。その時点ですごい反響がありました。

最高級の「ダブルスーパー」が最も人気

――実際に購入されたのは、どんな方ですか。

【小田】発売前は若い女性が多くなるのではと想定していました。一般的に女性のほうが寒がりだといわれていますし、若い人のほうがスマホをよく使う印象がありますから。しかし実際には40~50代の女性が多かったんです。ドラマ視聴などで比較的長時間スマホを見ている方が多いのではと考えています。

スマホ毛布はニトリのオリジナルの発熱素材である「Nウォーム」でできています。Nウォーム、Nウォームスーパー、Nウォームダブルスーパーの3種類がある中、ダブルスーパーが最も売れ行きがいい。いちばん高額ですが、これが最も温かくて肌触りもいいので支持をいただいているようです。

ボツになった「足だけ毛布」と「首元専用毛布」

――「スマホ毛布」というアイデアは、どなたがどういう状況で思いつかれたのでしょう。

【小田】私たち商品開発の人間の生活実感というか、暮らしのなかの「困りごと」から生まれました。寝ながらスマホを使っていると、肩や腕が寒い。「寝ている時体に毛布をかけたままスマホが使えたらいいよね」「じゃあ毛布に手を通せる穴を開けてみようか」という会話がきっかけです。

ニトリ「スマホ毛布」
ニトリ「スマホ毛布」。寝る時だけではない意外な使われ方もしているという。(写真提供=ニトリ)

もともと日本には「かいまき」という袖のついた夜具がありますし、弊社にはNウォームでできた「着る毛布」もあります。これらがヒントになりました。

ボツになってしまいましたが、「足だけ入れる毛布を作ってみようか」というアイデアもあったんですよ。「足だけ毛布」とか「首元専用毛布」とか、3つ4つのアイデアがあったなかで、「スマホ用」に絞り込んでいきました。

――社内で「困りごと」ベースの議論をするのは、たとえば定期的に会を開いたりして、社内でシステム化されているのですか?

【小田】はい、そういう会が社内にいくつかあります。寝る時だけに限らず、「キッチンで」とか、「リビングで」とか、シーンごとの小さな不平・不満・不便を集めて、「こんな商品があったらいいよね」というアイデアを出し合っています。社内だけでなく、お客様からの声を集める営業部隊もいて、そこから吸い上げられた情報は、私たち開発側に届きやすい仕組みになっているんですよ。

似鳥会長がニコッとした

【小田】ほかにも社内には、私たちから会長・社長向けにプレゼンをする会があります。いわゆる開発会議ですね。なかなか緊張する会ですが、そこで実際に会長や社長に見てもらい、場合によっては実際に試してもらって、「オッケー」と言われたらようやく具体的に動ける。そういう会があるんです。

「スマホ毛布」を会長・社長にプレゼンした時は、実際に寝てもらって、毛布から手を出して試してもらいました。会長も最初は「なんだ、これは」と思ったかもしれませんが、実際に腕を通したとたんニコッとして「なるほどね」と言われました(笑)。心の中でよっしゃと思いましたね。

調査データよりも従業員の生活実感を重視する

――その社長や会長へのプレゼンで、商品化が決まるんですか。

【小田】そうです。そこに至るまでに私の上司や他部門の責任者からの承認は下りていますので、最後のハードルになります。そのまま通ることはあまりなく、ここからさらに改良をかけることが多いですね。

ニトリ グローバル商品本部 小田貴洋さん(撮影=プレジデントオンライン編集部)
ニトリ グローバル商品本部 小田貴洋さん(撮影=プレジデントオンライン編集部)

ニトリでは社内にバイヤーチームがあって、彼らが主に店頭に並ぶものを決めています。ですから、いちばん初めにそこを説得する必要があります。逆に彼らから、「こういうものが欲しい」というアイデアが出ることもあります。いずれにせよ初期の段階からお互い一緒に作っていきます。

――いろいろな部署からアイデアが出るのは、従業員のみなさんの生活実感から来ているんですか。それとも消費者調査といわれるような、消費者を集めて意見を聞いたり、SNSを定期的に解析したりしているのですか。

【小田】スマホ毛布の場合は、従業員の生活実感が基になっていますね。もちろんスマートフォンの所有率とか、ユーザーの年代などのデータは参考にしましたが。

――データより自分たちが困っていること、自分たちの生活実感からの発想なんですね。確かに、お客様からクレームがあったとしても、「なんで毛布に穴が開いてないのよ」とか、「スマホしてて寒いんだよ」とは言ってくれませんからね。

【小田】そうなんです。消費者インサイトの部分ですが、それはお客様の口からなかなか出てくるものではありませんので。

横幅が普通の毛布より10センチ長い理由

――商品開発でこだわった点はどこですか?

【小田】穴の位置や大きさにはこだわりました。それから実はこの商品は、横幅が通常140センチのところを150センチにしてあります。最初は仰向けに寝ながら使う想定だったのですが、試作品を試した人から「腕を通したまま寝返りを打ったら横幅が足りなくて背中が寒かった」と言われたので、「発売前に気が付いて良かったね」と言いながら調整しました。

ほかにもラッキーなことはあって、いちばんラッキーだったのは「スマホ毛布」という言葉を使えたことです。他社さんの権利があると商品名に使えませんから。「スマホ」と「毛布」という二つの言葉が重なるだけで、なんとなく使い方まで想像できますよね。この商品名だったからこそ、SNSで「スマホ毛布」という言葉がどんどん広がっていき、発売直後から話題になったのだと思います。

店頭でこっそり聞く顧客の会話内容

――「スマホ毛布」のようなユニークな商品は、社内で企画を通すのが大変なのではないかと思うのですが、現場や若手の意見が通りやすいのでしょうか。

【小田】ニトリには「住まいの豊かさを世界の人々に提供する。」という企業理念があり、それに共感して入社する若手が多いんですね。ですから多くの従業員が「こんな商品を作りたい」とか「多くの方に買ってもらいたい」という考えで仕事をしているので、みんなでどんどんアイデアを出す基盤ができています。

さらに従業員ならだれでも「こんな商品があったらいい」というアイデアを提案できるコンテストがあり、実際に商品化された例がいくつもある。お客様の不便や不満を解消するものであれば、基本的にチャレンジさせてくれる会社だと思います。

――実際に商品を買って使っているお客様の声はきちんと追われていますか。

【小田】ええ、自分が作ったものがどう受け止められているかは、一個人としてもすごく興味があって、常に追っています。週に一度は店舗に行って、聞き耳を立てるわけではありませんが(笑)、ついお客様の会話を聞いてしまいます。店頭で商品を選ばれている方々の、「これとこれ、どっちがいい?」「どこが違うの?」といった会話が一番貴重な声です。

またSNSでは、横になった状態でスマホを見る時に使うだけではなく、起き上がってパソコンに向かって仕事をしたりテレビを見る時も暖かく過ごせるなど、自分たちが想定していなかった使い方も広まっていきました。

チャレンジして負った傷ならかまわない

――商品開発の失敗のご経験があれば聞かせてください。

【小田】いろいろありますが、商品に機能を付けすぎて失敗したことがありますね。あるとき、枕の生地自体にビタミンが配合された美容枕を開発しました。寝ながら髪や肌を保湿できるという商品なのですがなかなか売れず……。そもそも寝る前に化粧水やククリームを付ける方にはそれほど必要な機能ではなかったかもしれないし、だいたい、枕にはカバーをかけますよね(笑)。もちろんカバー付きで売ったのですが、そのまま使うのも抵抗があるらしく、結局カバーの上にカバーをしたりしてあまり意味がなかった。そんな機能があるということも、お客様には伝わりにくかったと思います。

――スマホ毛布はその点とてもわかりやすく、伝わりやすかったですね。ちなみにそういう失敗があったときは、何が間違っていたのかを分析しますか。

【小田】はい。売れなかったものはその理由を分析して次につなげます。お客様が本当に求めるニーズを絞りこむことで、より売れる商品にしていくことができると思います。

そのためには、失敗できる風土が必要です。よく上司から言われたのが、「前向きにチャレンジして負った傷ならかまわない。後ろを向いて負った傷は絶対ダメだ」ということです。何もチャレンジせず、あとで「やっておけば良かった」という後悔からは何も生まれない、という言葉は染みついています。

――だから次々にアイデアを出せるんですね。よくわかりました。本日はありがとうございました。

聞き手・桶谷功より
消費者のインサイトをつかまえるには、SNSの分析や消費者インタビューなど、さまざまな方法があります。しかしニトリでは従業員の生活実感からアイデアを出し、顧客の不平・不満・不便を解決する商品を開発している。おそらく調査結果の数字よりも、顧客の声や生活者としての実感を重視しているのでしょう。それは似鳥会長はじめ上層部が、大企業になった今でも、生活者としての実感を大切にしていることが大きいと思います。今後もニトリの新商品が楽しみです。