サラリーマンにとって、出世を目指すことは幸せにつながるのか。経済コラムニストの大江英樹さんは「出世することに自分の人生を賭けるのはその人の自由ですが、かなり率の悪いギャンブルといってよいでしょう。そしてポジションを得られても、その地位にいられるのは長くて10年。そのあとに30年の人生があるのです」という――。

※本稿は、大江英樹、大江加代『定年後夫婦のリアル』(日本実業出版社)の一部を再編集したものです。

キャリアアップの概念
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役員になれないなら会社生活は早く成仏させよう

私は企業の中で50代の社員の方向けに「定年前セミナー」でお話しする機会が多くあります。

そこで私は、参加している皆さんに対して毎回こう言います。

「皆さんはこれから絶対役員にはなれないのですから、早く成仏するようにしましょう」

こう言うと、「え、こいつは一体、何を言っているのだ!」という表情の方もいますが、なかには苦笑いをする人もいます。

会社生活において「成仏する」というのは一体どういうことかというと、それは「会社の中での地位や立場にいつまでもこだわるのではなく、早く気持ちを切り替える」ということなのです。

なぜそんなことを言うのかというと、ほとんどのサラリーマンは「成仏」しないと幸せになれないからです。

今から30年以上前の1989年に、私は一冊の本に出会いました。

当時の私の年齢は37歳、いわばサラリーマンとしては働き盛りで最も脂が乗りきっていた年齢です。ところが、この本は当時の私にとってショッキングな内容でした。そこに書いてあったことは、それまで自分が考えていたこととは、まったく別の次元の話だったからです。

仕事を楽しむ「オフィスプレーヤー」

その本の名前は『オフィスプレーヤーへの道』。当時電通のプロデューサーをされていた藤岡和賀夫さんという方が書かれた本です。

オフィスプレーヤーとは何かというと、ひと言で言えば“仕事を楽しんでいる人”という意味で、仕事を義務としてやっている“オフィスワーカー”とは逆の概念です。

言い換えると、仕事自体を娯楽化することの効用について書かれた本でした。

例えば、ゴルフプレーヤーとかテニスプレーヤーという言い方をしますが、彼らは別に遊んでいるわけではなく、プロの仕事としてゴルフやテニスをやっています。

でも、大前提は彼らがそれを好きだからやっているということです。だからゴルフプレーヤーではあっても、決してゴルフワーカーではないということです。

その内容に私は大いに興味を持ったことから、今でもそういう働き方が私の仕事信条ですが、その本題とは別にとても興味を持った話題があったのです。

「出世する」というのはどういうことか

それは「サラリーマンにとって出世するとは一体どういうことか?」という問いかけです。

藤岡さんはその答えをとても明確に示していました。それは「社長になることだ」というのです。社長になれないのであれば、副社長で会社生活を終わろうが、平社員で終わろうが、たいして差はない。

よく考えてみると、サラリーマンの職位の中で、恐らく最も大きな差があるのは社長と副社長でしょう。これは天と地ほど違うといってもよいと思います。

事実、歴代社長の名前は社史にも残り、後の時代になっても記憶にあるでしょうが、上場企業であっても相当関係の深い人でない限り、副社長の名前なんか誰も覚えていません。

だとすれば出世とは社長になることで、なれないのなら意味がないのはそのとおりかもしれない──、よく考えてみると当たり前のこの事実が、私にとってはちょっとした驚きでした。

高層階にあるオフィスの窓際のデスク
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サラリーマンは負け犬でかまわない

もし、社長になれる可能性があるなら、家族も犠牲にし、すべての友を捨てても、それに賭ける価値はあるかもしれません。

とはいえ、社長になれるかどうかは「実力がすべて」というわけではありません。運もかなり左右します。

だとすれば最終的に「出世」といえる“社長になること”に自分の人生を賭けるのはその人の自由ですが、かなり率の悪いギャンブルといってよいでしょう。ましてや役員や部長になるのが目標というのであれば、なんだかちょっと寂しい気がします。

もちろん「出世をあきらめなさい」ということではありません。会社に入ってから40代ぐらいまでは大いに出世を狙って頑張るべきです。社長になれなかったとしても、自身が精一杯頑張って役員や部長の地位を得ることができれば、それはそれで素晴らしいことだと思います。

でも、現実には、そうなれない人のほうが圧倒的に多いのです。出世しなければ負け犬だというのであれば、多くの人はそうですが、私は「サラリーマンは負け犬で一向にかまわない」と思います。

私もサラリーマン時代は課長止まりでしたし、同じ会社にいて44歳で会社を辞めた妻は課長にもなっていないのです。負け犬かどうかということでいえば、我々夫婦は、どちらかといえば「その他大勢の負け犬だった」といってもよいでしょう。

それでも今は二人とも、それぞれ得意の分野で楽しく仕事をしています。

出世できても、その地位でいられるのは10年もない

20歳前後で会社へ入ったとして、定年までの期間は約40年、自分が目指す部長なり役員なりになれたとしても、恐らくその期間は10年もあればよいほうでしょう。

でも、50歳を迎えて自分が考える出世ができていないのなら、そこで気持ちを切り替えるべきです。仮に90歳まで生きればそこから40年、80歳まででも30年という時間があります。だから、もうそこで成仏すべきなのです。そうしないと、そこからの30~40年を幸せにおくれなくなってしまいます。

たかだか10年かそこいらの期間しか過ごせない地位を目指して何十年も頑張ってきた過去は、もう取り戻すことはできません。でも、まだここから30~40年もの人生があると考えるなら、次のフェーズに向かって気持ちを切り替え、準備をしていくことは十分可能です。それをすべきだと思います。

オフィスで会議中のグループと立ち話中のグループ
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“成仏”した後のつながりは貴重

私自身も50歳の時に“成仏”しました。もちろん会社員でいる間は仕事に対するロイヤリティは持っていましたが、会社に対するロイヤリティは次第に薄れていくようになりました。

でも、そのおかげでいつまでも会社にしがみつくことなく、会社の外での人とのつながりが増えていきました。勤めていた会社で一緒に仕事していた人で現在も仕事でつながっている人は一人もいませんが、成仏した後につながった外部の人とは、今でもしっかりと一緒に仕事をさせていただいています。

「好き」を仕事にする難しさ【妻・加代の視点】

誰しも好きなことはいろいろあると思うのですが、好きと思えることと、仕事、それも収入をいただける仕事の間にはギャップがあります。

私自身、長年勤めた会社を退社した後、「好き」と思えることを仕事にしようとしたものの、ギャップを乗り越えられず、苦しい経験をしました。

私が昔から好きなことに、「食べる」「料理を作る」「野菜」があります。会社員時代は、趣味も兼ねて、野菜ソムリエの教室に通い、初級レベルのジュニア野菜ソムリエの資格も取得していました。

色とりどりの野菜と豆類
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そして、勤務先を退職すると決めた当時は、夫との会社を立ち上げるだけでなく、こうした「食に関わる仕事」で自分の居場所をつくることを目指していたのです。いまは確定拠出年金アナリストの仕事がメインですから、意外に思われたかもしれませんね。

今思えば、長期ビジョンはあっても、具体的な策に乏しい船出でした。

資格をとっても仕事につながらないという現実

まずは何か資格があったほうがよいだろうと考えた私は、野菜ソムリエの上級資格を取得すべく、勉強を始めました。野菜の伝来から栄養、肥料や農業・健康に関する政策まで、幅広い分野の知識を身につけるのはとても楽しかったです。

ただ、資格を取得する過程で直面した現実があります。それは、「どうやら自分が上級資格をとったところで、仕事にはつながらないようだな」ということです。

当時、野菜ソムリエは、芸能人やスポーツ選手と結婚した女性が取得したことで、メディアに頻繁に取り上げられ、認知度が高まりつつある状況でした。話題性は抜群ですし、「野菜について一定レベル以上の知識を持っている人」というお墨付きを得られることは間違いありません。

しかしながら、野菜ソムリエは、弁護士や税理士、社会保険労務士といった士業のように、「その資格がないと仕事ができない」というわけではないのです。

もし私が芸能人であれば、野菜ソムリエの資格を持っていることによって、野菜や料理関係の番組出演の依頼が増えたかもしれません。あるいは、料理教室の先生や飲食店オーナーであれば、講師としての価値やお店のブランド価値が上がるのかもしれません。

現実の私は、元証券会社勤務の主婦であり、単に「野菜ソムリエ資格を持っている」だけでは、直接的に仕事につながることはまずないのです。

体当たりの職探しで学んだこと

資格取得後、食のセレクトショップとして知られ、カフェ事業も手がけるディーン・アンド・デルーカの面接を受けたり、人気のパン屋さんでもパート勤務で働かせてもらいましたが、希望していた作る側ではなく、販売する側でしか関わることが認められませんでした。

野菜ソムリエの資格はあったとしても、私は作る側のプロ(職人)になるための修業をしていません。「1時間に100本のニンジンを均一な幅で素早く千切りにし、それを8時間続けられる持久力がある」といった、現場で求められている能力が、残念ながらないのです。

そのほか、地元の女性たちが資金を持ち寄って立ち上げた、無農薬の果物や野菜を使ったジャム作りの会社は、「空きがないので雇えない」という回答でした。介護施設での食事作りも、「管理栄養士の資格を持っていることが好ましい」と言われて断られました。

オフィスでの話し合い
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実際に職探しをし、体当たりをしていくと、いろいろな現実を知ることができました。食の世界には多様な仕事があること、現場で求められるスキルの内容、収入になる仕事・ならない仕事、そして業界のダークな部分なども。そうしたことも知らずに、机上の空論で「食に関わる仕事をしよう」としていたのですから、実に恥ずかしい話です。

「自分の強み」は周りの人に気づかせてもらった

「資格は役に立たない」と書きましたが、その一方で、野菜ソムリエの資格取得の過程で得たものもありました。一つは、同じものに興味・関心をもつ仲間、もう一つは「プレゼンテーションが自分の強みである」という発見です。

後者は、資格試験に野菜の魅力を伝えるプレゼンテーションがあり、同期から「上手だ」と褒められたのです。プレゼンは前職の業務の一つであり、自分の強みとは思いませんでした。回数を重ね鍛錬しているうちに、「あなたの武器」と呼ばれるものになっていたようです。

その後、野菜ソムリエの先輩の紹介で、市の食育講座に登壇する仕事をいただきました。野菜の魅力を自分なりの解釈でお伝えしたところたいへん好評で、大きな充実感を得たと同時に、これが野菜ソムリエとして報酬がいただけた最初の仕事になりました。さらに、その食育講座の参加者からの推薦で、ある上場企業でランチタイムに野菜セミナーをさせていただいたりもしました。

とはいえ、こうした依頼はコンスタントに舞い込むわけではありません。つくづく感じました。「やりたい」という熱意だけではダメで、「必要とされること」「できること」が重ならないと収入を得る仕事にはならないのだと。

確定拠出年金アナリストに

(この先どうしたものか……)と悩んでいたある時、前職で確定拠出年金の仕事をご一緒した方々から、「時間があるなら確定拠出年金の仕事をしませんか?」と立て続けに声をかけられました。

2001年にスタートした確定拠出年金制度は、順調に普及しているにもかかわらず、儲かるビジネスではなかったので、専門家になる人が少なかったのです。

声をかけられて、ふと思いました。たしかに、このジャンルで10年以上の現場経験がある人は、そうはいない。「私だからできること」がある世界だと気づかされたのです。

そもそも会社勤めから退いた私たち夫婦が立ち上げた会社のミッション(=やりたいこと)は、「サラリーマンがリタイアした後に本当の〈自由〉を得て幸せな生活を送れるよう支援すること」です。確定拠出年金の仕事は、まさしく一致します。「やりたいこと」「必要とされること」「できること」が三つ重なっているのです。

今では自分の肩書きも「確定拠出年金アナリスト」となり、iDeCoとして話題の個人型確定拠出年金をはじめ、関連する分野のセミナーや執筆をするようになりました。

必要とされ、できることは仕事になりますし、それが自分のやりたいことであれば楽しい。無理をせずともエネルギーが何倍にもなって出てくるので、結果よいアウトプットにつながり、ありがたいことに仕事も増えていくという好循環につながっています。

そして、食に関わることは「収入をいただく仕事」としてではなく、趣味として深めています。

安定収入をもちながら次へのアクションを

読者の皆さんが、「好き」に近いことを仕事にしたいのであれば、安定的な収入があるうちに、「どんなことが、どんな形で収入を得られるのか」などのリサーチを徹底的にしてください。それも、会社という居場所があるうちにです。収入のない状態になってから不採用と断られ続けると、私のように自分のすべてを否定されたような気持ちに陥るかもしれないからです。

大江英樹、大江加代『定年後夫婦のリアル』(日本実業出版社)
大江英樹、大江加代『定年後夫婦のリアル』(日本実業出版社)

最近は副業を認める会社も増えてきましたし、「プロボノ」といって自分のスキルを登録し、休日や夜の時間を使って地方企業やボランティア団体にノウハウを提供する仕組みなども整ってきています。現在の仕事に軸足を置きつつ外の世界で自分の能力を試すことが容易になりました。

本業があれば、想像と違っていたり合わなかったときのダメージも軽く、「少し角度を変えて関わる」といった方向転換も容易にできます。そうすることでチャンスを拡げ、「好き」を仕事にする確率も高まります。現役の間に次のステップへの準備をぜひ始めてみてください。