世の中の変化についていけないと思ったらどうすればいいか。経営学者の入山章栄さんは「変化が怖いと感じるのは当たり前です。でも日常的に変化を取り入れることで、変化に慣れることができます」という――。

※本稿は、さわぐちけいすけ、入山章栄『経営理論をガチであてはめてみたら自分のちょっとした努力って間違ってなかった』(日経BP)の一部を再編集したものです。

新聞の見出しには「変化」の文字
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「コツコツ変化に励む人」が大きく飛躍する

会社を辞め、フリーライターとして独立して頑張ってきた女性がいます。ある意味で大胆な転身ですが、でもここまで彼女を見てきた僕は、さほど驚きませんでした。彼女のいいところは地味に変化を積み重ねていること、すなわち変化を習慣化できていることなんです。

これを説明する経営学の視点が、「ルーティン」(Routine)です。経営学では、「組織が繰り返し行う習慣・行動パターン」のことを指します。ペンシルベニア大学の著名教授ネルソン・ウィンターなどの世界的な学者が提示してきました。

人の認知には限界があります。逆に言えば、毎回すべてを「どうやってやるんだろう」と考えて行動するほど、十分なキャパシティーは私たちの脳にはない。だからこそ、ある程度の行動はルーティン化・習慣化して、深く考えずにやってしまうことが大事というのがこの考え方です。

何を習慣化するかが重要

でも逆に言えば、これは「どの習慣をルーティン化するかを上手に選ぶことが重要」ということですよね。例えば、毎日全く変わらない行動をルーティン化もできますが、それではその人の成長は望めません。つまり、もしみなさんがこれからも変わりたい、成長したいなら、「変化そのものをルーティン化」すればいいわけです。実際、企業でも優れた会社というのは、マンネリ化したルーティンではなく、常に変化・進化することをルーティン化しています。

人にとって、変化を阻むのは「怖い」という感情です。当たり前ですが、人は変化が怖い。でもだからこそ、それをルーティン化して日ごろから慣れておけばいいのです。僕はよく「西洋医学と東洋医学の違い」と言っているのですが、誰でも、弱り切った冷え冷えの体に大きな手術をすると聞いたら、怖いですよね。同じように、今まで変化に慣れていないのに、いきなり「明日から10km走る!」「全く違う業界に転職!」となったら怖くて当然です。

だとしたら、採るべきは東洋医学的アプローチ。とにかく小さな変化でいいから、それを毎日繰り返せば、変化に慣れます。それどころか、変化がむしろ好きになるかもしれない。そして体がポカポカしてきたら、転職とか、さらにもっと大きな変化にチャレンジすればいい。

今日の帰り道からできる新習慣

僕の友人で、シリコンバレーでも活躍する著名なベンチャーキャピタリストの伊佐山元さんを、早稲田大学ビジネススクールの授業に講師で呼んだことがあります。そこで社会人大学院生から「どうしたら、伊佐山さんのようになれるんですか」と訊かれて答えた彼の一言が、ふるっていました。それは、「君、今日これから家まで帰るでしょ。降りる駅を1つ変えなよ」というものだったんです。

駅の改札を通る人たち
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大きな変化は誰でも怖いですが、1つ手前の駅で降りるくらいは誰でもできるでしょう。でもそうやって自分に小さな変化を与えれば、「こんなお店があるんだ」「ここを曲がっても家に帰れるんだ」などと、発見があるはず。日々小さな変化を経験してルーティン化すれば、やがて漢方薬が効いてポカポカするように、変化に慣れてくるわけです。そしていつかは伊佐山さんのように、大きなチャレンジができるかもしれません。

ちなみに僕の他のオススメは、「週に1度、なじみのないジャンルの本を読む」「月に1度、新しいスマホアプリを使う」などです。まずは、こんなものでもいいんですよ。ぜひなじみのない分野の本を、月に1度でも、読んでみてはどうでしょうか。そんな感じで、この本をお友達に紹介してくれてもうれしいです!

常識は幻想にすぎない

次に紹介するのはIT企業から伝統のある大企業に出向してきた女性の話です。彼女にとって、新しい職場は「謎の常識」だらけだったようです。常識を覆すべく上司に提案してみましたが、やはり最初は断られます。でもその女性が素晴らしいのは、今度は水面下でコツコツと啓蒙活動をしていったことです。やがて、それが上司も動かします。

経営学では彼女のような人を、インスティテューショナル・アントレプレナー(Institutional Entrepreneur)と呼びます。イェール大学の世界的な社会学者であるポール・ディマジオがある論文で言及して以来、注目を浴びている概念です(*1)

聞き慣れない言葉ですが、そんなに難しいものではありません。ポイントは、「常識」です。常識とは我々の思考をラクにするための幻想にすぎません。ただ、同じ業界や職場にいる人は同質化する傾向があるので、放っておくとよく分からない常識だらけになるのです。それを「おかしくないですか」「時代に合ってないですよね」などと示しながら変革していくのが、インスティテューショナル・アントレプレナーです。

*1 DiMaggio, P. 1988. Interest and agency in institutional theory, in Institutional Patterns and Culture. L. Zucker (ed.), Cambridge, MA: Ballinger Publishing Company: 3–22.

地味にコツコツやる人こそが、職場の常識を変える

でも、既存の常識は周囲が思い込んでいる幻想ですから、それを変えていくのは、そもそもとても困難なのです。みなさんのなかにも、職場の何かの常識を変えようとして周りの賛同が得られず、「なぜみんなは変わろうとしないの⁉」とイライラした経験がある方もいるかもしれません。でもそれは周囲からしたら、「長年やっていることだから」「みんなやっていることだから」という当たり前すぎる常識なので、変えるという発想がないわけです。

どうやったら、この常識を変えられるのでしょうか。もちろん社長であればやりやすいわけですが、みなさんの多くは社長ではありません。そこで大事なのは、単純ではありますが、「とにかくコツコツと変革活動を続けて、次第に仲間を巻き込み、ムーブメントをつくっていくこと」です。ムーブメントも、経営学の研究範囲なのです。

実際、「変革に重要なのは、スーパーヒーローではなく、日々の地道な行動の積み重ねである」という研究結果が示されているんですよ。

僕の周りでそれを実現した代表格の1つは、元パナソニック社員の濱松誠さんが起こしたムーブメントです。「組織の壁を乗り越え、パナソニックをよくしたい」という思いから、濱松さんは2012年に会社横断の有志の会「One Panasonic」を設立しました。さまざまなイベントを開くうち、活動はやがて経営層を巻き込んだものにまでなりました。さらに今度は、他の大企業の同世代と2016年に、大企業の若手をつなぐ「One Japan」を発足。One Japanはいまや大きなムーブメントになっています。

プロジェクターの横に立ち、プレゼンする女性
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社会レベルでムーブメントをつくってきたのが、病児保育事業を手掛ける認定NPO法人フローレンス代表の駒崎弘樹さん。駒崎さんは内閣府の「子ども・子育て会議」に委員として参加するなど、政策提言活動を地道に展開。政治家とも密に交流します。その結果、小規模認可保育所が国の認可事業となるきっかけをつくりました。地道な行動により、「子どもの預け先がないから働けない」という母親たちの世界の常識を、見事に壊したわけですね。

楽しくやることが何よりも大事

もう一点、このような活動での僕からのオススメは、「とにかく楽しくやること」です。楽しくやるのはとても大事です。

さわぐちけいすけ、入山章栄『経営理論をガチであてはめてみたら自分のちょっとした努力って間違ってなかった』(日経BP)
さわぐちけいすけ、入山章栄『経営理論をガチであてはめてみたら自分のちょっとした努力って間違ってなかった』(日経BP)

歯を食いしばり、血まなこになって「常識は幻想です!」と叫んでも人は近寄ってきません。楽しく続けていれば、「なんだか面白そうなことをしているな」と気になった周りの人たちが、自然に集まります。賛同者の輪が広がってくると、やがてどこかのタイミングで潮目が変わるときが来ます。そして最初は反対していた人も、「実は私もずっと同じことを考えてたんだよ」などと言い出したりするのです(笑)。

これまでの世の中も、コツコツと変革を続けた人がやがて多くの人を巻き込んで、変革のムーブメントを生んできました。社会変革のような大きなものでなくても、まずはみなさんの職場の周りなどで、変な常識をコツコツと変えてみてください。