保険料納付義務を5年延長する案
政府が国民年金の保険料納付義務の期間を5年延長し、65歳未満にする検討に着手したことが大きな話題になっている。国民年金保険料は月1万6590円。それをさらに60歳から64歳までの5年間(60カ月)払い続けることになる。
国民年金保険料は会社員の厚生年金保険料と違い、収入の多寡に関係なく一律に支払う“人頭税”だと批判されてきた。実際に55~59歳の保険料納付率は80%であるが、25~29歳の納付率は62.1%で若い人ほど未納者も多い(2021年度)。
国民年金保険料の支払い義務のある第1号被保険者数は1431万人もいる。その多くは商店主などの自営業者であるが、その中には近年増加しているフードデリバリー配達員や宅配便運転手などクラウドワーカーのフリーランス専業者も含まれる。会社員に比べて収入が多いとはいえないフリーランスが60歳以降5年間も保険料を払い続けることは生活にも響くだろう。
定年退職後の生活設計が大幅に狂う
会社員だった人も影響を受ける。60歳定年企業が圧倒的に多い。希望すれば65歳まで再雇用で働くことができる法律もあるが、定年で退職する人が13%いる(2021年)。この中には自分の趣味など仕事以外にやりたかったことに打ち込みたい人、あるいは老親の介護や病気などの事情で再雇用を諦めた人もいるだろう。
そうした人たちが生活費の当てにしているのは貯蓄や退職金、あるいは公的年金の繰り上げ受給だろう。公的年金の満額支給は65歳からであるが、減額されるが60歳から繰り上げ受給ができる。国民年金に相当する老齢基礎年金は月6万4816円(年77万7792円)。60歳から受給すると24%減額されて約5万円になる。しかし国民年金保険料の支払い義務が64歳まで延長されると、繰り上げ受給開始も延長される可能性が高いだろう。
そうなると繰り上げ受給できずに保険料を支払うことになり、定年退職後の生活設計が大幅に狂うことになる。会社員にとって保険料納付義務の延長は「悠々自適の生活などはやめて働きなさい」と言っているに等しい。
納付を延長しなくても年金財源を確保する手はある
今回の64歳までの納付義務の延長の政府の目的は「少子高齢化に伴う年金の給付水準を抑制し、年金財源の確保」にあるとする。しかし延長することなく年金財源を確保する手立てはある。国民保険料納付義務を免除されている専業主婦など配偶者に扶養されている第3号被保険者から保険料を徴収することだ。現在、第3号被保険者は763万人もいる(2021年)。
折しもこの10月から従業員101人以上500人以下の企業で働くパート・アルバイトの社会保険(厚生年金・健康保険)への加入が義務化された。すでに501人以上の企業は2016年10月から義務化されている。新たに適用されるのは①週所定労働時間20時間以上、②月収8.8万円以上(年収106万円以上)、③雇用期間2カ月以上見込み――の人たちだ。
101人以上の企業で働く主婦パートにとって、従来は年収130万円を超えると社会保険への加入義務が生じる130万円のカベがあったが、今度は106万円とハードルが高くなる。社会保険加入者が増えることは年金財源の確保にも貢献し、よいことだ。しかし、またしても国民年金保険料の納付義務のない第3号被保険者にとどまるために、就労調整する人がいる。
社会保険に加入しないように調整する人が加入派を上回る
リクルートジョブズリサーチセンターの調査では、年収130万円未満で働くパート女性に今回の社会保険加入拡大への対応について聞いている(「2022年10月社会保険適用拡大に関する調査」9月28日)。それによると「社会保険(厚生年金・健康保険)に加入しないよう、所定労働時間を短縮する」と回答した人が28.6%、「加入しないよう現在の勤務先を辞めて転職する」が1.3%。計29.9%が加入しないと答え、「加入する」と答えた22.6%を上回っている。
加入しない理由で最も多かった理由は「健康保険の扶養から外れるから」で26.1%、次いで「手取り収入が減少するから」(25.8%)、「配偶者が配偶者控除(税制上の優遇)を受けられなくなるから」(17.2%)となっている。
就労調整のせいで、ほかの労働者の賃金が上がらない
実は所得や労働時間を限度内にとどめる就労調整は社会的にも問題視されてきた経緯がある。社会保険加入者を「501人以上」に決めた当時の厚生労働省の年金部会(2019年9月27日)で民間有識者の委員はこう述べている。
「第3号被保険者が近くのスーパーで働き始めると、単身者やシングルマザーなどの自身で生計を立てざるをえない方々の賃金水準とか労働条件に悪影響を与えるばかりか、近隣の商店街の経営にも悪影響を及ぼしかねないということになるのではないか」と指摘している(議事録)。
つまり、第3号被保険者が就業調整をするために賃金が上がりにくい構造になり、他の働き手の賃金も低いままに据え置かれ、地域経済にも悪影響を与えると言っている。そして「これはもはや一定程度正義の問題なのだろうと思います。社会保険は世界第4位の質を誇ると言われております。日本の労働市場への悪影響を排除するということ、これが喫緊の課題だと思っております」と問題提起している(議事録)。
40年前は会社員の妻も保険料を払っていた
第3号被保険者制度は1985年の年金制度改正で導入されたものだ。それ以前は会社員の妻も任意で年金保険料を払って国民年金に加入していた。当時は約7割の主婦が国民年金に加入していたが、残りの3割は加入しておらず、将来、無年金状態になることが危惧された。本来なら強制加入させるべきだが、当時の政府は約7割の国民年金加入者も含めて全員の保険料負担を免除する第3号被保険者制度を導入した。当時は今と違って年金財政にもゆとりがあったし、政府としては、外で働く夫を支える妻の“内助の功”に報いたいという思いもあった。
だが、制度が導入されたのはくしくも男女雇用機会均等法の成立と時期が重なる。女性が働きやすくなるような制度を整備する一方で、女性を家に閉じこめておくような年金制度を設けるという矛盾を当初から内包していた。
その矛盾が時代の変化とともにあらわになっていく。夫婦共に正社員という共働き世帯が増加し、専業主婦世帯が減少していく。加えて、未婚者など単身者やシングルマザーも増加していく。一方、専業主婦でありながら働きに出る主婦パートも増加していくが、第3号被保険者の適用範囲内に年収を抑えようとする「就労調整」が顕在化していくようになると、共働き世帯や単身者から不公平だとの批判が沸き起こるようになったのは言うまでもない。
働く意欲を阻害しない社会保険制度へ
社会保険適用拡大のベースになった厚生労働省の有識者の報告書(「働き方の多様化を踏まえた社会保障の対応に関する懇談会」2019年9月20日)でも、社会保険加入のあり方についてこう述べていた。
「まず、男性が主に働き、女性は専業主婦という特定の世帯構成や、フルタイム労働者としての終身雇用といった特定の働き方を過度に前提としない制度へと転換していくべきである。(中略)
ライフスタイルに対する考え方が多様化する中、生涯未婚の者や、離婚の経験を持つ者、一人親で家族的責任を果たしている就労者もいる。(中略)
社会保険制度は、こうしたライフスタイルの多様性を前提とした上で、働き方や生き方の選択によって不公平が生じず、広く働く者にふさわしい保障が提供されるような制度を目指していく必要がある。加えて、個人の働く意欲を阻害せず、むしろ更なる活躍を後押しするような社会保険制度としていくべきであり、特に、社会保険制度上の運用基準を理由として就業調整が行われるような構造は、早急に解消していかなければならない」
自営業者や定年退職者に負担を強いるよりも先にすべきこと
社会保険は働き方や生き方に公平中立な制度であるべきだとし、国民年金保険料の納付免除になる第3号被保険者制度の見直しを提言している。にもかかわらず今日まで手がつけられていないのは明らかに政治の無策であり、怠慢である。
そして冒頭の国民年金保険料支払い義務の65歳未満までの5年間の延長である。会社員に比べて収入が多いとはいえない自営業者やフリーランス、定年退職者に負担を強いるよりも、現在、763万人いる第3号被保険者制度を廃止し、保険料を支払うようにする。そうすれば働く人を含めて社会・経済にも大きく寄与するはずである。