人生の後半で大事にすべきことは何だろうか。筑波大学大学院ビジネスサイエンス系教授の平井孝志さんは「前半生で培ってきた経験を活かしつつ、好きか/嫌いかで物事を判断していけばいい」という――。

※本稿は、平井孝志『人生は図で考える 後半生の時間を最大化する思考法』(朝日新聞出版)の一部を再編集したものです。

自分軸のものさしが必要である

「もし今日が人生最後の日だとしたら、今やろうとしていることは本当にやりたいことだろうか?(If today were the last day of my life, would I want to do what I am about to do today?)」

スティーブ・ジョブズの大変有名なフレーズです。2005年、スタンフォード大学でのコメンスメント・スピーチ(卒業祝賀スピーチ)の一節ですが、「自問自答せよ」という彼の真意が表れています。

自問自答せよ。ジョブズが与えてくれた呼びかけに、私たちはどのように応えればいいのでしょう。いったい何を基準にして、何が本当にやりたいことか見極めるべきでしょうか。本稿ではそれについて考えてみます。

企業にも人にも「経路依存性」があります。どちらも他とは異なる環境下で成長し、それぞれの経路依存性を経て、「オンリー・ワン」の存在になっています。ゆえに、人それぞれの基準も千差万別であり、一律に当てはまるような「正しい/間違い」の判断軸はありません。正解か不正解かの○×人生は、前半生で十分です。

相転移を経た後半生で、大切にすべき軸とは何でしょうか。

明らかなのは、他人の軸ではないということ。あくまでも自分の軸であり、そのためには自分にとって何が価値あることなのか、それを測るものさしが要るということです。

自分の好き嫌いを大事にするライク・ディスライク思考

どんなものさしか。

それは「好きか/嫌いか」である、と私は断言します。単純に、ライク(like)か、ディスライク(dislike)かで判断すればいい。なぜなら、あなたの好悪はあなたの歩いてきた道そのものでもあるからです。

愛と憎しみのメーター
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これがライク・ディスライク思考です。言い換えれば、「自分らしさの発揮」でもあります。大事なことなので繰り返しますが、他人の軸とは他人の好悪であり、あくまでも他人のもの。どうにもならないものなのです。それに引きずられる必要はまったくありません。自分自身の好き嫌いを大事に、信念を持って好きなことを選択し続ければいいのです。自分に嘘をつく必要がなくなる。それが後半生の醍醐味です。

好きなことにチャレンジすべき

山歩きでもいいし、釣りでもいい。車やバイクが趣味ならば、仲間とドライブやツーリングに出かけるのもいいし、忙しくてこれまで着手できずにいた部屋の模様替えでもいいでしょう。あるいは、海外赴任の経験があり英語が得意なら、近所の子どもに英会話を教える選択もあるでしょう。地元にUターンして、地域貢献の役割に就くのも後半生にふさわしい生き方の1つです。

前半生で培ってきた経験を活かしつつ、楽しみながら本当に好きなことにじっくりとチャレンジするべきです。決して、世の中に認められるとか、見返りを期待するとかではなく、自分自身の「好きか/嫌いか」に忠実に従うべきです。それでも矩をこえずに生きていけるのが、後半生のありがたさでもあるのです。

愛媛県の亀盛山。 カメガモリの山は日本の300の有名な山です。
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因果関係が曖昧だからこそ個性が生まれる

私を例にしますと、好きなことは「温泉旅行」「ゴルフ」「ものまね番組・ドッキリ番組を観ること」「SF小説・物理の本を読む」あたりです。もう少し世の中に役立ちそうなことを、と言われれば、「教えること」です。自分が面白いと思うこと(経営学、思考術、物理)を人に教えることが大好きです。

『人生は図で考える 後半生の時間を最大化する思考法』
『人生は図で考える 後半生の時間を最大化する思考法』

家族と温泉旅行に行ったり、仲間とゴルフをしたり、ものまねやドッキリ番組を観ている時間は、掛け値なしに楽しいものです。

しかし、「なぜ、好きなの?」とかしこまって聞かれても、ハタと困ります。なぜなら、「ヨガではなく、なぜ温泉なのか?」「お笑い番組ではなく、なぜものまね番組なのか?」を論理的に説明することが自分でも難しいからです。

経営戦略論にも「因果関係の曖昧さ」というものがあり、それは重要な概念の一つです。企業にとって「持続的な競争優位を導く源」とも言われています。具体的には、「改善力」「新事業開発力」「機動力」「組織力」といった力を「なぜ持てるのか?」について、その企業ですらうまく説明できない状況を指します。トヨタ、アマゾン、キーエンスといった組織がこれに当てはまるのですが、本人たちですら説明できないのですから、他社がそれを模倣しようとしても困難であるのは言うまでもありません。だからこそ「模倣困難性」が生じ、競争優位の維持につながるとも解釈されています。要するに因果関係が曖昧なものは、それゆえに企業の個性となり、最も大切にすべきものとなるのです。

人にもそれは当てはまります。個性とは、自分でもなぜそれがそうであるのか理路整然と理由を説明できないものがほとんどです。つまるところ、因果関係がない。言い換えれば他人のものさしで測れないものが、その人自身の“個性”なのです。

本当に好きなものには理由がない

もうお気づきですね。これが答えです。

他人のものさしでは測れない「好き」を見つけることが、後半生の道標になってくれます。他者の評価や世間の賞賛といったものさしを一切合切捨て去り、「なぜ好きなのか」なんて説明できないような心から好きなものを大切にして尊重すること。それを習慣にすれば、自ずと後半生の道が拓けてきます。

そのときもう一度、振り返ってみてください。

「本当に好きなものには理由がない」という私の実感に、あなたもきっと同意してくれるはずです。

図表1をご覧ください。私の「好きか/嫌いか」と、明確な理由の有無の田の字です。

そこからはあまりアクティブではない、こぢんまりとした地元での生活が見えてきます。

さあ、図解タイムです。

紙の上に田の字を書いて、思いつくことを書き出してください。後半生、どんなことに、どんな姿勢で時間を使うべきかの初めの一歩が見えてきます。自分に嘘をつく必要はありません。不確定な心配や怖れも、紙の上では不要です。後半生は、自分自身が決める時間割から始まります。