※本稿は、畔柳圭佑『記憶はスキル』(クロスメディア・パブリッシング)の一部を加筆再編集したものです。
「テスト」は成果を測るためだけにあらず
なにか学習をしたり覚えたりするときには、よくテストをしますよね。どれくらい覚えられたのか、理解したのかを測るために実施されるのがテストです。
でも、テストの効果はそれだけではありません。実は、テストをすること自体が、記憶を定着させることに一役買うのです。これはとても重要なことで、大きな効果を持つにもかかわらず、あまり認識されていないのではないでしょうか。
2011年にジェフリー・カーピック氏によって発表され、サイエンス誌に掲載された論文を紹介しましょう。
概念図をつくるより記憶に残る勉強法
この実験では、科学の文章を学習の対象として、4つの方法で学習したのち、1週間後にテストをおこないました。テストは、学習の対象であるもとの文章にそのまま載っているものを問う問題(グラフA)と推論が必要な問題(グラフB)があり、スコアを比較するとともに、学習後の学習者自身による評価(グラフC)も調査しています。
学習の方法は次の4通りです。
1.一定の期間で読むだけ
2.繰り返し読む
3.読む+概念図をつくる学習
4.読む+テストを受ける学習
結果は、テストによって学習をしたグループが、もとの文章にそのまま載っているものを問う問題、推論が必要な問題ともに高いスコアを獲得しました。正答率を比較すると、「繰り返し読む」、「概念図をつくる」といった学習をしたグループが40~50%だったのに対して、テストによって学習をしたグループは60~70%と大きな開きが出ました。
この4つの学習方法のなかでは、概念図をつくることが最も能動的な活動なので、効果が高い学習方法だと思った人が多いのではないでしょうか。しかし、結果はテストによって学習したグループが最も正答率が高いという意外なものでした。
「紙で書いて覚える」は効率が悪い
テストが学習に効果的であることも重要ですが、加えてとても興味深いのが、学習者自身の評価です。
テストによって学習をしたグループは自己評価が低く、ほかの学習方法をしたグループのほうが「記憶できている」と答えた人が多かったのです。しかし実際は、最も記憶ができていたのがテストによる学習をしたグループでした。
自分では「記憶できていない」と思っていても、実際には記憶ができているケースがあることが、この実験結果からわかります。
逆に、1回だけ読んだグループは、70%近くが「文章の内容が頭に入った」と認識していますが、テストでの正答率は30%にも満たない結果となりました。
このように自己認識と実際に記憶できている度合いには開きがあるので、注意しなければなりません。
テストが学習効果を高めるのは、漢字を覚えるときも同じです。
これまでの漢字の練習というと、見本を見ながら何度も写して練習するものでした。10回も20回も書き写すというのは、時間もかかるし手も疲れる。そういう大変さがあるから、達成感は得られます。
しかし残念ながら、効率よく記憶に残る方法ではありません。それよりも、1文字書いたら紙を替えるといった方法で、テストをしながら覚えるほうが効果があります。
ヒントから導き出すと定着しやすくなる
次に紹介するのは、自分で能動的に記憶をアウトプットすることが効果的だという知見です。これを「産出効果」といいます。「能動的なアウトプット」は、ヒントにもとづいて自分で答えを出すことだと考えるとよいでしょう。
たとえば英単語を記憶したいとき、英単語を声に出して音読したり文字をなぞったりするよりも、英単語のなかの文字がいくつか隠されている単語を見て、それが完全になるように文字を補完するほうが、覚えられます。
対象を声に出して読むこと自体が能動的なアウトプットだと思うかもしれませんが、完全な状態のものを読みあげるのと、不完全なものを与えられて自分で考えて完成させるのとでは、長期記憶への定着しやすさがちがうのです。
産出効果は、ノーマン・スラメッカという研究者が1978年に発表しました。古い研究ではありますが、今でもとても有益な知見です。
この実験は、2つペアになった単語のリストが与えられ、1つ目の単語が提示され、対応する2つ目の単語を覚えるというもので、2つの学習方法でテストの結果を比較します。
グループ1(GENERATE)は、
HOT-C_ _ _ 〈対義語〉
というように、1つ目の単語との関係性(対義語、同義語など)と先頭の文字がヒントとして出されるので、2つ目の単語の答えを自分で考えて産出し、それを記憶します。
グループ2(READ)は、ペアの単語とその関係性が提示されるので、それを読んで学習します。
テストでは、1つ目の単語が提示されるので、ペアとなる単語を答えます。
答えを自分で生成するグループ1は、多くのカテゴリーで80%から高いもので90%近い正答率を出しています。一方、READグループは70%前後の正答率でした。両者の差は平均すると15%ほどでした。
産出効果を引き出すうまいヒントの作り方
同じ学習時間で結果に15%の差がつくのは、かなり大きな差です。
この産出効果を活用するときにキーとなるのがヒントのつくりかたです。実際の学習で利用する場合は、どのようにヒントをつくったらよいのでしょうか。
英単語では、単語の最初の文字や文字数をヒントにできます。歴史上の人物を記憶するのも同じように、名前の文字数や漢字のイメージなどをヒントにします。漢字を覚える場合は、部首や書き始めの位置をヒントにするのがおすすめです。
また、自分に関係する事柄だと記憶しやすいので、自分に関連する情報を思い出すためのヒントとして入れるのも効果があります。
なお、少ないヒントで答えを産出したほうが、効果は大きくなります。
余裕があれば2つぐらいヒントをつくっておき、まずは少ないヒントで、それでもわからなければヒントを追加するという方法がおすすめです。
ヒントは、個別に紙に書いておくほか、赤字で書き込み、赤いシートで見えなくしておいて、わからない場合にひとつずつヒントを見るやり方が考えられます。
注意すべきなのは、英単語のように一度に記憶したいものが多数ある場合、ヒント同士を共通のものや似たものにしないことです。
「apple」という単語と「action」という単語を覚えたいときに、ヒントが両方とも「aから始まる」だと混同してしまい、うまく覚えられないことがあります。
同時に記憶したいものは、それぞれちがったヒントを考えるようにしましょう。
先頭に出てくるものほど覚えやすい
次に紹介する「系列位置効果」は、記憶するべきものがいくつかリストとして与えられた場合、リストの最初と最後をよく記憶しているというものです。
15個の単語が読み上げられ、その後どんな単語があったかを答えるという実験では、1番目の単語は70%近くの人が答えることができましたが、3つ目以降になると40%程度にまで落ちます。単語リストの最後のほうも正答率が上がりますが、時間をあけるとほかの単語と変わらない正答率になります。
リストの最後のほうの単語は単純に短期記憶として残っているだけであり、時間が経つと、先頭付近の単語を記憶しやすい効果のみが残ります。
「単語帳のページの一番上の単語はなんだか覚えやすいな」と感じることがあれば、系列位置効果によるものかもしれません。
私も学生のころ、単語帳を買ってきた直後は新鮮な気持ちで取り組むのに、ページが進んで覚える単語数が増えてくると、だんだん印象が薄くなって覚えられなかったことを思い出します。覚えられないから、また最初から覚えるの繰り返し。結局、最初のほうの単語しか覚えていないことがありました。
先頭に出てくるものは覚えやすいと知っていれば、英単語を覚えるときにも、毎日同じ順番で確認することを避けられます。逆にどうしても覚えられないものは、系列位置効果を逆手にとって、毎日はじめに確認すればよいのです。
聴覚を活用する
記憶の種類のところで感覚記憶を紹介しました。感覚記憶のなかでも、視覚の記憶はほんの一瞬、1秒以下で消失してしまいます。一方、聴覚の記憶は意識しなくても2〜5秒程度は維持できることがわかっています。
目で追って読んでも覚えられない場合は、声に出して読み上げたり録音したものを聴いたりと、聴覚を使って別の刺激を与える。これも記憶を促すうえで有効です。
実験ではまず、単語のリストを「大声で読み上げる」「読み上げる」「黙読する」の3つの条件で記憶しました。その後、単語が提示され、記憶したリストにその単語があったか判断する再認課題をおこないました。
大声での読み上げを指示された単語は78%が記憶されていました。単なる読み上げは66%、黙読は51%という結果でした。
大声で読み上げるだけで、黙読と比較して26%もよい結果となりました。
ただ、ここで気をつけないといけないのは、音のみでインプットしたものはすぐに忘れてしまうという実験結果も多くあるということです。
自分で読み上げるケースでは問題ありませんが、音を聴くだけで記憶しようとするのは非効率なのです。必ず視覚情報との組み合わせで活用するようにしてください。