まさかの赤点に動揺
これまで2回にわたって職場での感情マネジメントについてお話ししてきました。今回は視点を変えて、どうすれば家庭でのショッキングな出来事にも平常心で対応できるかを考えてみようと思います。
たとえばですが、お子さんが算数のテストで30点を取ってきたとしましょう。あなたならどう反応するでしょうか。つい厳しい言葉をぶつけてしまったあまりに、ケンカになってしまった……。このような悩みはよく耳に入ってきます。いくら子どもに勉強をさせようとしても、なかなか思いどおりにはいかないことが多いですよね。ましてや、日本では中学受験を経験するお子さんが多いとも聞いています。
子どもの成績に一喜一憂して自分のメンタルも乱高下してしまったり、つい同級生と比較して怒ってしまったり。子どもの将来を思って良い成績を取らせたいと考えるのが親心ですが、親の力ではどうにもできないところが非常に難しく、また、コントロールしようとすればするほど子どもとの関係が悪化してしまい、結果的にはお互いに苦しくなってしまいます。
一方的な関係性が生む歪み
ここで、あるワーキングマザーの成功体験をご紹介しましょう。
その女性は、わたしたちが特定非営利活動法人エティックと共同で2016年から実施している、社会起業家向けのセルフマネジメントプログラムの参加者でした。
社会起業家の皆さんは素晴らしい意図と情熱を持ち、エネルギッシュに社会課題の解決に向けて活動されている一方で、自分の状態には無自覚だったり、自分の行動が周りにいる家族や同僚にどのような影響を与えているかを意識していなかったりします。このため、常に疲れていたり、組織内の関係性を悪化させてしまったりすることがあります。このように事業がサステナブルな状態ではないことを鑑みて、より良い結果を得られるようにプログラムをスタートさせました。社会起業家の皆さんの思慮深さが功を奏し、これまでにいくつもの素晴らしい成功体験を生み出してきました。
さて、その女性は二人のお子さんにいつも勉強するようしつこく言い聞かせていましたが、子どもたち自身のモチベーションは上がらずじまいで悩んでいました。
なぜ子どもたちは彼女の言うことを聞かず、勉強してくれないのか。プログラムを通じて彼女が見いだしたのは、親子関係の改善点でした。彼女は、子どもたちに対して一方的な関係性しか求めていなかったことに気づいたのです。彼女が子どもたちにやってほしいことを伝えるばかりで、これまで一度も子どもたちが何を望んでいるかを聞いていなかったことに気づいたのだそうです。
自分が言われたら嫌なことを子どもに言っていた
そこでアプローチを変えてみたところ、13歳の娘はフランス映画にハマっていて、10歳の息子はロック音楽が大好きなのだとわかりました。同時に、彼女はこれまで子どもたちの世界を共有してこなかったことを改めて痛感したそうです。
それからは子どもたちと一緒に映画を観たり、音楽を聴いたり、感想を話し合ったりするうちに、少しずつ子どもたちとの関係性が変わっていったそうです。彼女から子どもたちへと一方的に注がれていたエネルギーの流れが変わり始めました。それと同時に、親子間に相互的な関係性が生まれたのです。
さらに彼女は、「子どもたちに何を、どんな言葉で伝えていたのかを思い返してみて、自分がもし誰かに同じことを言われたらどう思うかを考えてみたんです。そうしたら、自分だってそんなことを言われたらやる気が出ないに決まってる! ということに気づいたんです」と話してくれました。とてもパワフルで、美しい気づきですね。
子どもが20歳になった時にどんな関係でいたいか
わたしにも幼い息子がいます。彼が生まれる前、友人たちからもらった子育てアドバイスの中で最も貴重だったのは、「あなたの元にやってくる赤ちゃんを一端の人間として迎えてあげて、赤ちゃんの好み、赤ちゃんが望んでいること、赤ちゃんが必要としていることをちゃんと認識してあげて」というものでした。生まれたばかりの赤ちゃんは非力ですし、うまくコミュニケーションを取れません。それでも親の思いどおりに扱っていいわけではなく、ひとりの人間として尊重されるべきだ、というのです。
これがわたしたち夫婦の子育てにおいての鍵となりました。したがって、息子が誕生する前に、親になるということについて夫婦で話し合い、子育てに関するあらゆる思い込みを整理した上で、子育てのインテンション(意図)を明確にしました。
具体的には、息子が20歳になった時にどのような関係でいたいかを考えました。20歳という年齢ならば、すでに独立していてもおかしくありませんし、親に付き合うか、付き合わないかは彼自身が選択することです。ならば、20歳の息子がオヤジであるわたしにいろいろと相談したい、一緒に旅行に行きたいと思うような良好な間柄であってほしいと願ったのです。さらに、この将来像を目指す上で、今わたしが息子にできること、言うことはなんだろう? と考えるようにしました。
ですから、息子が何かをしでかして、怒りが込み上げてきた時には、自分自身に問うようにしています。今どんな言葉を投げかけたら、15年後、20年後の良好な関係が築けるだろうか? と。
もちろん常に正しい判断を下せるわけではありません。この自問自答によって感情を抑えることができたりも、できなかったりもします。それでも、失敗するよりは成功することの方が多いという自信はあります。
それでもキレそうになる時にどうするか
とはいえ、瞬間的な感情の動きを止めることはできません。どうにも感情を抑えきれない場合は、まずは深呼吸してください。これが一番シンプルです。一息ついてから、今すべきこと、言うべきことを改めて考えてみてください。
そもそもそんな余裕がない場合は、ひょっとしたら疲れがたまりすぎているのかもしれません。十分な睡眠を取って、体を大切にしているでしょうか?
日本のビジネスパーソンには“overachiever”(過度にがんばりすぎる人)が多いような気がします。職場でも家庭でも「私がやらなければ」と強い責任感を持ってがんばりすぎるあまりに、疲弊してしまうリスクが大きいと感じています。疲れていると、感情が爆発しやすくなるので要注意です。
自分自身のためにエネルギーを使う
さらに、これは特に女性に顕著だと思うのですが、どんなに才能豊かで、どんなに聡明で、どんなに輝かしい功績の数々を残してきている人でも、自分の力を確信できずに権限を主張することをためらう傾向が強いように思います。ちなみに、これはアメリカでも顕著です。
たとえば、同じマンションに深夜に大音量で音楽を鳴らしている隣人がいるとしましょう。苦情を言う代わりに、音を小さくしてくれるよう丁寧にお願いしていませんか。あるいは、子どもが野菜嫌いだからといって、食べてくれるよう懇願してはいないでしょうか。
自分が安眠を得る権利、または親として子どもに栄養バランスの取れた食事を提供する責任をないがしろにして、あえて下手に出てしまったり、過剰に謙遜してしまうのです。これは職場においても同じことが起きている場合が多く、他人へ配慮するあまりに自分のエネルギーを優先的に他者へと向けてしまいます。すると、自分のために残されているエネルギーが微々たるものとなってしまうのです。
以前の教え子に外資系企業で働く女性弁護士がいたのですが、彼女は典型的なワーカホリックでした。会社のためにエネルギーのすべてを使い果たしてしまっていたため、プログラムが始まった当時は50歳代にお見受けしていました。
ところが、プログラムが進むにつれて、彼女はどんどん若返っていきました。それまでの彼女は、持てる限りのエネルギーをすべて会社に注ぎ込んでいました。それをやめて、徐々に自分のエネルギーを自分自身に配分するようになってから、彼女はより若く、より魅力的に輝き始めたのです。彼女の年齢は実際30歳代半ばでした。彼女の目覚ましい変容ぶりに、わたしたちはただ驚くばかりでした。
実際、女性・男性を問わず、プログラムを通じてどんどん魅力を増していく人はそう珍しくありません。セルフマネジメントスキルの体得は、一種の非侵襲性の美容整形手術かも、とよく冗談で言っているくらいです。
無意識のうちに自分をないがしろにしていないか
家族に、配偶者に、または仕事の取引先に配慮するあまりに、自分自身に使うエネルギーが枯渇してしまっている状態は、マインドレス──すなわち無意識のうちに何もかも習慣化されてしまっている可能性があります。それにまず気づくことで、現状のままでいいのか、それとも違う結果を出したいのかという選択肢が生まれます。もっと自分のためにエネルギーを確保するという選択を意識的に行うことで、自分の中に余白を持てるようになり、感情に流されにくくなります。
また、選択肢を増やし、自分のためにエネルギーを確保する選択を意識的に行っていくことは、おのずと自分自身の権限を尊重し、自信を持つことにもつながります。なぜなら、今選択したアクションが、自分が本当に望んでいる結果と一致するからです。大切に思っているはずの子どもたちに向かって怒りを爆発させ、怒鳴り散らしてしまうと、誰の得にもなりません。別の選択肢が必ずあるはずなのです。
学校へ行く準備をせずにレゴで遊ぶ息子
わたし自身、完璧な親ではありません。キレることもあります。特に、朝の忙しい時間帯に息子がなかなか支度をせずにレゴで遊んでいる時などは、本当にキレそうになりました。このパターンが毎朝繰り返されていくうちに、イライラも次第に募っていきました。
ある朝わたしは興味深くなり、息子にやさしい口調で訊いてみました。なぜ学校へ行く準備もせずに、レゴで遊んでいるのかを。すると息子は、「昨晩夢で見たものをレゴで再現しているんだ」と教えてくれました。
……なんと壮大なのでしょうか。息子の世界は、わたしが想像していたよりももっとずっと大きなものだったのです。とても大きな感動を覚えた瞬間でした。わたしの思い込みがいかに世界を狭めているかを思い知った瞬間でもありました。
「わかった」とわたしは息子に言いました。「夢の世界を作ろうとしているのは、わかった。それはいいと思う。でも、まずは朝ごはんを食べて、着替えて、歯を磨いてからにしようか? それ全部をやるには、どうすればいいかな?」。それ以降は、息子自身に問題解決のミッションを与えることで、なんとかうまく回せるようになりました。
寛容な世界観を持つことの大切さ
これはなにも子どもに限られたことではありません。自分以外の人の内面の世界を体験し、その人の価値観や大切にしていることを共有することは、あらゆる状況において有効です。気むずかしい上司や、反りの合わない同僚ならばなおさらのこと。彼らの世界は、きっと自分が思っていたよりもずっと大きくて複雑なものだと気づくでしょう。
それがわかると、コミュニケーション手段も変わってきます。その人の世界に興味が湧いて、自然に質問したくなるかもしれません。彼らがどのように感じて、なにを求めているのかを少しずつ理解できるようになってくるかもしれません。
子どもは、こうだ。あの人は、ああに違いない。そう決めつけてしまう前に、彼らの世界をのぞいてみましょう。そうすることで、一種の寛容さが生まれます。寛容さは、新たな選択肢を生みます。
一人でも多くの人に、この選択肢の多様さを感じてほしいと思います。そして、選択肢の多様さによって希望と成長がもたらされますよう、切に願っています。
プレジデント社では2022年9月から11月にジェレミー・ハンター氏を講師とした女性リーダーのための<感情マネジメント講座>を開講します。前編と後編に分けての開催となり、後編は、前編修了者、もしくはジェレミー・ハンター氏の講座の受講経験者が対象です。詳細は下記をご参照ください。
『自分を知り、結果を変える ~女性リーダーのための<感情マネジメント>講座~』