※本稿は、大貫憲介・榎本まみ『私、夫が嫌いです モラ夫バスターが教える“なぜかツライ”関係から抜け出す方法』(日本法令)の一部を再編集したものです。
“毒バイス”で我慢してしまう被害妻たち
被害妻たちは、離婚を考え始めてもなかなか決断できない。「私が我慢すればいい」「まだまだ頑張れる」と考えて、結婚生活を続けることが多い。
周りからも「我慢しなさい」「夫を立てていればよい」「(夫を)手のひらで転がして」などとアドバイスを受ける。このようなアドバイスは、妻の「不幸」な状態をいわば「放置」するに等しく、妻の悩みを解決することはない。
つまり、妻は周りからも現状維持を諭され、モラ被害が深刻化していく。私はこのようなアドバイスを「毒バイス」と呼んでいる。
離婚に憧れながらも、離婚を決断できないでいる妻は多い。しかし、既に述べたとおり、不幸を放置すると自らの心身の健康を損ない、取り返しのつかない結果になることもある。
まずは、自分自身を味方につけよう。そして、自らの「幸せ」の実現を考えよう。自分自身のことは、自分の心が一番よく知っていることである。
「この程度ではモラハラとはいえませんよね?」
モラ被害が深刻なほど、当然被害妻の悩みは深い。そして被害妻たちは、心の底では「離婚したい」と願って法律相談に訪れる。
モラ被害の弁護経験より、表情、物腰、話し方などによって、モラ被害をある程度推測できる。そこで、「随分とモラハラを受けてきましたね」と聞くと、妻たちは驚いた顔で「わかりますか?」と聞き返す。そして、日々ディスられ、怒られていることをポツポツと語り出し、「この程度ではモラハラとはいえませんよね?」と私に同意を求める。
「いや、モラハラです」と断定しても、「軽いほうですよね?」と食い下がる。妻たちは、まるでモラハラを否定して、「まだまだ頑張れる」と言ってほしいのではないかと錯覚しそうなほどである。しかも、こういうパターンほどモラ被害は深刻なことが多い。
妻たちの「離婚できない理由」
そこで「離婚をお望みですか」と水を向けると、被害妻たちは小さく頷くが、その後、数々の「離婚できない理由」を述べ始める。まるで「脳内モラ夫」に喋らされているかのようだ。
【被害妻の「離婚できない理由」】
① 「怒らせる私が(も)悪い」「私も反撃しており、モラハラはお互い様」「私の家事、料理は不十分」など、「私も悪い」ので「離婚できない」。
② 次に、子どもたちのことである。「子には父が必要」「パパに懐いている、パパが大好き」「(離婚したら)進学費用が心配」など、子どもたちのために「我慢する」。
③ 妻自身の両親が反対している。父親、母親から、「それくらい我慢しなさい」「子どものことを考えろ」などと諭され、離婚への決意が鈍くなる。
④ 夫を怒らせたくない。「離婚したいなどと言ったら怒り出すに違いない」と考えて、怖くて思考が停止してしまう。
⑤ 「この結婚を失敗にしたくない」「結婚した以上、離婚してはいけない」「離婚は負け」など、離婚=自分自身を否定する選択ととらえてしまって選択できない。
これらの「離婚できない理由」は、おそらくどれも正しくない。しかも、法律相談に訪れる被害妻たちは、「正しくない」とどこかでは感じ取っている(だからこそ、離婚を希望して法律相談にきている)。だが、周りからの毒バイス、自らの心に刷り込まれているモラ文化、そして脳内モラ夫などが、「離婚できない理由」を被害妻たちの心の中で言い立てるのだ。
いわば、「離婚したい」自分と「離婚できない」自分との葛藤がある。おそらく読者の中にも、そのような葛藤に悩む妻たちが多くいるはずだ。
「俺を怒らせるお前が悪い」
モラ夫は、「俺を怒らせるお前が悪い」と妻をディスり、家事や「妻」としての不足をあげつらう。日常的にディスられ、不足を指摘され続けると、妻は「私が(も)悪い」と思い込んでしまう。つまり洗脳である。
モラ夫の狙いは、妻に対して優越性を確保し、支配することだ。そのために妻をディスったり、不足を指摘するのであって、妻の落ち度の有無、程度は本質的な問題ではない。つまり、モラ夫は妻に落ち度があってもなくてもディスる。
モラ夫に“地雷”は存在しない
あるモラ夫は、リビングや台所を点検し、隅に埃があると一瞬嬉しそうな顔した後、妻の不足を指摘した。家事の不足が見つからないときは、冷蔵庫のてっぺんを指でなぞり、「この埃は何かな?」などと質問モラを繰り出す。
ほかにも、料理中の妻を監視し、食材を床にこぼしたのを見つけると飛んできて「何やってんだ!」と怒鳴るモラ夫もいる。スーパーのレシートを点検し、一定額(500円や1000円が多い)を超えた食材について、「これは何だ⁉」と怖い顔で詰問するモラ夫もいる。ある被害妻は、顆粒状の片栗粉(普通の片栗粉の約2倍の価格)を購入したことを執拗にディスられた。
よく、「地雷を踏んでモラ夫を怒らせてしまう」という表現をすることがある。しかし、これはモラ夫の本質を理解した表現ではない。
仮に、表面的には妻が「地雷を踏んで」怒らせたように見えても、実際には「地雷」はどこにもない。あえて地雷を使って比喩的に表現するならば、モラ夫自身が地雷であり、被害妻の言動にかかわらず、勝手に爆発するのである。
「怒る基準」はころころ変わる
また、それぞれのモラ夫に「怒る基準」があり、妻がその基準を守ろうとすると、モラ夫はそれに気づき、基準自体を変えて怒り出す。被害妻の支援者のなかには、これをダブルバインド(相矛盾する2つの基準)と呼ぶ方もいる。しかし、これは正確ではない。そもそも、「怒る基準」はモラ夫にとって重要なことではなく、「怒る基準」を考えてもモラハラは防げない。モラ夫は「怒りたいから怒る」「支配するために怒る」のであって、怒る理由は後付けであり、だからこそそのときどきで「基準」が変わるのである。
そのうちモラ夫は怒る理由を考えることもしなくなる。そして突然怒り出し、「俺が怒っている理由がわかるか⁉」「お前自身のどこがいけないか考えろ!」などと、「怒る理由」の説明自体を被害妻に押し付けてくる。
しかも、これらの質問には「正解」はない。被害妻がどのように答えようと、「わかっていない」「よく考えろ」とさらに怒りが続き、執拗な説教が続く。
何を答えてもダメなので黙っていると、「まじめに考えろ」「正面から答えろ」「俺に逆らうのか」などと言って迫ってくる。多くの事案で、これらの質問は説教モラ地獄への入り口である。
なお、万一、家事に不足があるとしても、それが怒る理由になるわけがない。掃除や料理が不十分であれば、夫の分担を増やせば解決するのではないだろうか。夫婦とは互いに助け合って生活するパートナーであり、妻は家政婦ではない。
モラ夫は治らない
離婚を決断する直前になってもなお、「昔の優しい彼に戻るのではないか」との淡い期待を抱いて、決断できない妻は多い。
出産や生活の安定などの何らかのきっかけ、妻が自分の不足を直す、あるいはモラ夫が改心するなどにより、「昔の優しい彼」に戻ることはあるのだろうか。
答えは、否である。
経験からいえるのは、一度モラスイッチが入ると元には戻らないということだ。そもそも、結婚前や新婚当時の「優しさ」は作られた優しさであり、本来のものではない。
妻をディスり、不足を指摘し続けるのは、妻に対して優越的地位にいると信じているからであり、モラ文化が刷り込まれているからである。人格の基礎部分に刷り込まれた価値観、人生観を書きかえることは著しく困難であり、「昔の優しい彼に戻る」ことは、ほぼ絶望的である。
すなわち、理論的にはモラ夫は治り得るが、実際には治らないと考えるしかない。
更生は期待しないほうがいい
モラ夫の更生は期待しないほうがよい。私はモラ夫本人や被害妻から相談され、モラ夫の更生支援を引き受けることもある。その実務経験に基づいて説明しよう。
まず、モラ夫が更生するための最低限の条件は、次の3つである。
① モラ夫自身が自らの加害者性を自覚し、それを治そうとする強い意思を持ち、努力をすること(妻の努力ではモラ夫は治らない)。
② モラ夫自身が自らを謙虚に見つめ直すこと。ただし、自分だけでこれを実行するのはほぼ不可能なので、専門家の適切な支援を受けること。
③ このような努力を少なくとも数年間は続け、基本的人格に刷り込まれたモラ文化による価値観、人生観を修正し、男女は本質的に平等であるとの価値観で上書きすること。
ところで、昨今はモラ夫の更生を目指すプログラムもいくつか見られる。しかし、座学で講演を何時間聞いても、コミュニケーションスキルを学んでも、モラ夫は更正できない。
根本的な原因である価値観、人生観の上書きが必要不可欠である。
なお、たとえ土下座しても、「心を入れ替えた」と言っても、涙を流して「俺を信じてくれ」と懇願するに至っても、モラ夫が更生したとはいえない。長期間にわたる適切な努力をしない限り、モラ夫の本質は変わらないからだ。
モラ夫の3形態
もしモラ夫がコミュニケーションスキルを学び、「怒らない」ようになったとしても、しばらくすると、次の3つの形態いずれかのモラ夫になることが多い。
イ 「怒り」の表現を利用しない、ソフトモラ夫になる
ウ 上記の偽装すら面倒になって、元のモラ夫に戻る