夫のモラハラ被害を受けている女性たちが、なかなか離婚しないのはなぜなのか。弁護士の大貫憲介さんは「夫のモラハラに悩む妻は、我慢強い人が多い。そして夫のモラハラに洗脳され、『夫がモラハラをするのは自分に非があるから』と考えてさらに我慢を重ねている」という――。(第2回/全3回)

※本稿は、大貫憲介・榎本まみ『私、夫が嫌いです モラ夫バスターが教える“なぜかツライ”関係から抜け出す方法』(日本法令)の一部を再編集したものです。

被害妻の共通点

被害妻たちの最大の特徴は、「我慢強さ」である。夫から日々ディスられ、揶揄され続けたら辛くなるのは当然である。常に貶められれば、自己評価も低下していく。夫が突然不機嫌のかたまりになり、自分をガン無視したり睨みつけたりしたら、気持ちが暗くなる。壁を殴られたり、ドアをバタンと閉められたり、物を投げられたら、怖く思うのが当然だ。

それでも被害妻たちは、すぐには離婚を決断しない。「私さえ我慢したら、結婚生活が続けられる」と考える。子どものいない夫婦の場合は、いつか結婚前の優しかった彼に戻るかもしれない、この結婚を失敗に終わらせたくないとの想いが妻を思いとどまらせる。

また、そもそもモラ被害の認識がないことも多い。女性たちもモラ文化の下で育っているので、夫の横暴さを受け入れてしまっている。「モラハラ」という言葉は知っていても、特別な虐待行為だけがモラハラであると考え、自分の夫のモラハラを見過ごしてしまう。愛着障害、発達障害、人格障害、精神疾患がモラハラの原因との誤った見解により、自分の夫は「正常」なのでモラ夫ではないと結論づけてしまう。

大貫憲介・榎本まみ『私、夫が嫌いです モラ夫バスターが教える“なぜかツライ”関係から抜け出す方法』(日本法令)より(漫画=榎本まみ)
大貫憲介・榎本まみ『私、夫が嫌いです モラ夫バスターが教える“なぜかツライ”関係から抜け出す方法』(日本法令)より(漫画=榎本まみ)

「私も悪いから」とモラハラを否定

モラ夫は日常的に妻の不足を言い立てるので、被害妻は自責の念が強いことが多い。例えば、法律相談に来た女性の話を聞いて、私が「彼はモラ夫ですね」と言う。すると相談者自身が「私が(も)悪い」と言い、自分の家事の不足など、妻として至らない点を強調して、夫がモラ夫であることを否定する。そうした女性は決して少なくない。

しかし平等なパートナーであれば、上から目線で日々、妻を非難したりしないはずである。万一、妻の家事が不足であれば、パートナーである夫がそれをカバーすればよい。夫婦は非難し合うのではなく、助け合って生活するべきではないか。

多くの被害妻は、モラ被害に気がついてもなお、被害から抜け出すことに躊躇する。そして、自分自身を納得させるため、様々な理由を思いつく。典型的なものを例示しよう。

被害妻の言い分 離婚しないのは…
① 自分も言い返したり反撃しているから、お互い様であり、自分もモラ妻かもしれない
② 夫は別居や離婚を許してくれない
③ 怖くて別居や離婚を言い出せない
④ 別居・離婚後の生活を経済的に成り立たせる自信がない
⑤ 実家などに迷惑をかけたくない
⑥ 子どもには父親も必要
⑦ 自分はもっと頑張れる
大貫憲介・榎本まみ『私、夫が嫌いです モラ夫バスターが教える“なぜかツライ”関係から抜け出す方法』(日本法令)より(漫画=榎本まみ)
大貫憲介・榎本まみ『私、夫が嫌いです モラ夫バスターが教える“なぜかツライ”関係から抜け出す方法』(日本法令)より(漫画=榎本まみ)

「弁が立つ」「ソトヅラがよい」は“モラトーク”のせい

ほとんどの被害妻たちは、「夫は弁が立つ」「ソトヅラがよいのでモラ夫に見えない」と述べる。私は「私が担当した被害妻たちは、ほぼすべてがそう言います。ですが、本当に弁の立つモラ夫に出会ったことはないです。それに、ほとんどのモラ夫はモラ夫丸出しです」と説明する。

それでも被害妻たちは、「自分の夫は違う」「特別に弁が立つ」と言い張る。私は今度こそ「弁の立つ」モラ夫や「ソトヅラのよい」モラ夫に出会えるかもしれないと、密かに期待する。しかし、ことごとくその期待は裏切られてきた。

では、なぜ被害妻たちは「夫は弁が立つ」「ソトヅラがよい」と思うのだろうか。

実際、被害妻たちのほとんどはモラ夫と言い争いをしても勝てない。しかし、その理由は彼の弁が立つからではない。モラトーク(=モラ夫の話法)にはルールがなく、言い負かすためにはどんなことでも言い立てるからである。一方で被害妻たちは、モラ夫から様々な制約を課せられており、有効な反撃ができない状態に置かれている。

以下、モラトークの典型例を見ていこう。

大貫憲介・榎本まみ『私、夫が嫌いです モラ夫バスターが教える“なぜかツライ”関係から抜け出す方法』(日本法令)より(漫画=榎本まみ)
大貫憲介・榎本まみ『私、夫が嫌いです モラ夫バスターが教える“なぜかツライ”関係から抜け出す方法』(日本法令)より(漫画=榎本まみ)

典型的な「モラトーク」

モラトーク・その① 相手の言い分を奪う
妻が「疲れた」と言うと、「俺も疲れている」「俺のほうが疲れている」と言い出して、妻の言い分を認めない。

大貫憲介・榎本まみ『私、夫が嫌いです モラ夫バスターが教える“なぜかツライ”関係から抜け出す方法』(日本法令)より(漫画=榎本まみ)
大貫憲介・榎本まみ『私、夫が嫌いです モラ夫バスターが教える“なぜかツライ”関係から抜け出す方法』(日本法令)より(漫画=榎本まみ)

モラトーク・その② 責任を押し付ける
「俺を怒らせるお前が悪い」などと言って、自分が怒ったことを妻に責任転嫁する。モラ度が進むと、夫が車を運転していて道に迷ったとき、妻にナビを頼んでいたわけでもないのに、「(道順をしっかり見ずに)ボケっとしていたお前が悪い」と突然責任を押し付けてきたりすることもある。

モラトーク・その③ 妻の努力不足を糾弾する
妻が家計費の不足を訴えると、「もっと安いスーパーを探せるだろ」などと言って、努力不足を糾弾する。冷蔵庫を点検して、しなびた野菜を見つけては、「これは何かな?」などと質問モラ(=嫌味な質問をして、殊更に妻の自責の念を刺激して、妻を貶めるモラ)を繰り出すこともある。

モラトーク・その④ 言ってもいないことを、勝手に付け足して反論する
外出時に「歩き疲れた」と言うと、「せっかく出かけたのに、楽しくないと言うのか」などと勝手に言い分を付け足して、それに対して反論し、怒る。

モラトーク・その⑤ いきなり言うな
被害妻が勇気を振り絞ってモラ夫に注文をつけると、モラ夫は、「そんなこと、いきなり言われてもわからない」と怒り出す。しかも、実際には決して「初めて」や「いきなり」でなかったとしても、モラ夫は「いきなり言われた」と言い立てることがある。

モラトーク・その⑥ 理解させないお前が悪い
モラ夫自身に都合の悪いことは、「意味がわからない」などと言って理解を拒絶する。そして、「理解させないお前が悪い」と責任を転嫁する。

詭弁と屁理屈ばかり

大貫憲介・榎本まみ『私、夫が嫌いです モラ夫バスターが教える“なぜかツライ”関係から抜け出す方法』(日本法令)より(漫画=榎本まみ)
大貫憲介・榎本まみ『私、夫が嫌いです モラ夫バスターが教える“なぜかツライ”関係から抜け出す方法』(日本法令)より(漫画=榎本まみ)

モラトーク・その⑦ 理解できないお前が悪い
被害妻がモラ夫の言い分を理解できないと、「理解できないお前が悪い」「理解力がない」などと批判する。たとえ自らの言い分や言い方が支離滅裂で非論理的でも、問題は妻の理解力にあると言い張る。

モラトーク・その⑧ 「普通」で押し切る
自らの価値観を「普通」として、「ここは普通、お前が謝るところだろ」などと謝罪させたりする。モラ夫の言う「普通」は、しばしば世間の一般常識からかけ離れることもあるが、それでもモラ夫は「普通」と言い張る。

モラトーク・その⑨ 俺に言わせれば、それは間違っている
これは、どんな独善的な結論とも結合する万能の屁理屈である。「普通」というには余りにも独断的な言い分や偏見であるとき、妻の反論に言い返せないときには、このように「俺様基準」を持ち出す。

はっきり言おう。以上のモラトークのどれもが、詭弁きべんあるいは屁理屈である。ところが、モラ夫の立論の根拠を疑うと、モラ夫は「俺の言うことを疑うのか」「何様のつもりか」などと怒り出すので、妻は迂闊には疑えない。他方、妻の主張については、「証拠」「エビデンス」などを求めるので、妻は証拠がないと自分の主張を言い出せなくなる。

このように、モラ夫にはルールがなく、言いたい放題である。他方、被害妻は反論を封じ込まれているので、被害妻がモラ夫に言い負かされるのは、当然のことなのだ。

洗脳が抵抗力を奪う

大貫憲介・榎本まみ『私、夫が嫌いです モラ夫バスターが教える“なぜかツライ”関係から抜け出す方法』(日本法令)より(漫画=榎本まみ)
大貫憲介・榎本まみ『私、夫が嫌いです モラ夫バスターが教える“なぜかツライ”関係から抜け出す方法』(日本法令)より(漫画=榎本まみ)

日本の女性たちの多くはモラ文化の中で育てられ、幼少時には親の許可、結婚すると夫の許可を得るように躾けられている。妻(女性)は我慢するものと教え込まれ、結婚後も我慢強い。あるいは、モラハラの激しい家庭で育つと、夫婦像、結婚像が歪み、そもそもモラハラに気がつかない。

モラハラの概念も相当広がってきてはいるが、支援側の「モラハラは、精神的DV、精神的虐待」とのキャンペーンが仇となって、はっきり虐待といえるほどでないとモラハラではないとの誤解も蔓延している。

ちなみに、この誤解は法テラスや家庭裁判所などにも存在する。実は、一見ソフトな、あるいは虐待とまではいえないように思えるモラハラであっても、それが日常的に繰り返し行われることで強い毒性を持ち、被害妻の心身に深刻な影響を及ぼす。だが、このようなソフトモラは、「精神的虐待」とまではいえないとして、見過ごされることになる。日常的繰り返しによる強い毒性は、より目に見えにくいのだ。

そして子どもができると、「3歳児神話」(子どもが3歳までは母親が育児に専念すべきという主張)や「離婚家庭の子は不幸」などの思いに縛られ、被害妻は「私さえ我慢すれば」と自分の心を殺していく。

多くの被害妻は、モラ夫と同居している間は、自らの心身が蝕まれていることに気がつかないことが多い。そして、日々非難され、罵倒され続けると、「自分が悪い」と思い込み始める。つまり洗脳である。

被害妻は、至らない自分をどうにかしようと努力する。ところが、モラ夫は「俺を怒らせるお前が悪い」と非難するので、被害妻はモラ夫が怒らないようにと先回りして、自らの言動を規制するようになる。だが、モラ夫は怒りたいときに怒るのだ。ゆえに、被害妻からすると「どこに地雷が埋まっているかわからない」状態になり、怯えながら日々を送ることになる。

「優しかった彼」が豹変してしまう

日本社会のモラ文化は根が深く、容易には変わらないように見える。他方、変化の兆しも見受けられる。

大貫憲介・榎本まみ『私、夫が嫌いです モラ夫バスターが教える“なぜかツライ”関係から抜け出す方法 』(日本法令)
大貫憲介・榎本まみ『私、夫が嫌いです モラ夫バスターが教える“なぜかツライ”関係から抜け出す方法』(日本法令)

生涯未婚率が上昇し、少子高齢化が進み、「結婚は幸福」との前提が崩れ始めている。「よほど気が合うとか、いい人でない限り、結婚は考えない」という若者が増えているのは、いまさら指摘するまでもないだろう。

ある男性は、交際していた頃はとても優しく、リベラルを装っていた。ところが新婚旅行の飛行機の中で、「今日から俺が主人だからな」と宣言し、妻に対して突如いばるようになった。妻は新婚旅行を終えて帰国後、離婚のために私の事務所を訪れた。入籍、同居、結婚式などは、モラスイッチが入る典型的な出来事である。妻は交際時の彼との違いに驚き、逃げ出すことがある。成田離婚、スピード離婚と呼ばれる類型である。

一般的には、男女の些細な行き違いが離婚にまで発展したかのように説明されたり、妻の我慢が足りないかのように言われることもある。しかし、離婚相談を受ける弁護士としては、少なくとも法律相談に来る成田離婚(スピード離婚)は、到底「些細な行き違い」などではない。交際時には優しかった彼が、結婚式を挙げた途端、「命令し、服従を求めるご主人様」として立ち塞がったなら、逃げ出すことは決して不合理とはいえない。

モラ結婚から逃げ出すのは、若い女性だけではない。「子には父親が必要」「離婚は経済的に心配」といった思いから我慢してきた熟年女性が、子どもが育ち上がるのを待って離婚する事例は決して少なくない。

密かに離婚に憧れつつ踏み切れないでいるという方を含めれば、日本の多くの女性は、心の中では夫を既に切り捨てているのかもしれない。