※本稿は、大貫憲介・榎本まみ『私、夫が嫌いです モラ夫バスターが教える“なぜかツライ”関係から抜け出す方法』(日本法令)の一部を再編集したものです。
“モラスイッチ”は、いつ入るのか
離婚弁護士としての経験上、モラスイッチが入る時期として多いと感じるのは、「結婚」「同居開始」「挙式・新婚旅行」「妊娠・出産」「マイホームの取得」「就職・役職への昇進」などである。
ある被害妻は、新婚旅行の飛行機の中で、夫が「今日から俺が主人だ」と宣言し、横柄になったと証言した。別の妻は、挙式後、同居を開始したその日から、夫が命令するようになったという。
結婚しただけでスイッチが入るモラ夫がいる一方、昇進をきっかけにスイッチが入るモラ夫もいる。ある男性は50代目前に部長に昇進し、モラスイッチが入った。彼は私に対し、「男としての自信がつき、昇進以降、妻に対して横暴になってしまった」と告白した。
モラスイッチが入る時期は、それぞれの男性により違いがあるが、共通点もある。すなわち「一家のあるじ」「一人前の男」になったと本人が判断したときに、モラスイッチが入る。
モラ夫にとって、男が「結婚し、一人前になる」こと、「家長になる」こと、そして一人前の「威厳のある男として振る舞い、家長として妻子を指導、監督する」ことは、モラ夫たちがその人格の基礎に内在化させている社会的・文化的規範群(モラ文化)に照らして当然のことであり、そこに反省するべき点はない。モラ夫は、自らがモラ夫であることを「悪い」とはまったく考えていない。この視点に立つと、モラ夫たちの不可解な言動や意識が理解できる。すなわち、次のような言い分だ。
モラ夫にとっては理にかなっている
言い分・その① 「俺は悪くない、アイツがモラ妻だ」
「あなたのしていることはモラハラだ」という指摘を妻がしたとして、その指摘自体が言いがかりであり、「モラハラ」だ。そして、そのようなことを言う妻こそが「モラ妻」である。
言い分・その② 「指導してやっている、怒らせる妻が悪い」
支配者(家長)である自分が妻を指導するのは、夫として当然のことだ。家長である以上、従属する妻子に多少厳しく言うことも許される。自分が厳しく指導するのは、妻に不足があるからだ。自分は指導している(躾けている)だけで、決して「怒っていない」が、もしも怒っているととらえられるなら、それは「俺を怒らせる」妻に責任がある。
言い分・その③ 「妻がおかしい、騙されている」
自分はよかれと思って指導しているのであって、その指導が「怖い」「辛い」のは、妻側に問題がある。それでもモラハラを訴えて、離婚調停や裁判に進むとしたら、「アイツ(妻)の頭がおかしい」か「(引き離し)弁護士が騙している」かのいずれかだ。
言い分・その④ 「よくしてやっている、謝るなら許してやってもいい」
今までの結婚生活も「よくしてやっている(た)」のであって、まったく批判されるいわれはない。それでも自分は寛大であるから、家を出て別居し、離婚を求めている妻が許しを請うのであれば、「許してやる」から帰って来てもよい。
これらのモラ夫の発言は、これまでの多くの離婚案件に関わるなかで、私が日々聞いてきたセリフである。「家長」となったモラ夫が、妻に対して家長(優越者ないし支配者)として振る舞うことは、モラ文化に照らせばごく自然なことであり、モラ夫にとってはどこにも不自然さや不当さはないことがおわかりいただけたであろう。
脳内麻薬による「モラハラ依存」
人間関係の諸問題を解決するにあたり、「怒り」は最も安易かつ効果的な方法である。多くの場合、誰かが怒れば、怒られた相手は一歩下がって丁寧に応対をするだろう。
怒りは、見る限りでは感情の爆発として表れるため、怒りの発動も感情的だと考えられているかもしれない。しかし、実はそうではない。
例えば、中年男性が列に割り込まれたとしよう。割り込んだのが女子高生であれば、彼は躊躇なく怒ることができる。しかし、割り込んだのが暴力団員風の見た目が怖い男性であれば、怖くて怒れない。すなわち、怒りを発動するかどうかは状況次第であり、人は状況を判断したうえで怒りを発動するかどうか、決めているのである。
そして、怒りに対しては「報酬」が与えられることが多い。それは相手の「謝罪」や「丁寧な応対」などであり、脳内麻薬の分泌であったりする。
「やめられなくなる」メカニズム
モラ夫は、妻に対して怒る。自らは支配者で妻が従属者であるから、怒りで相手を支配し、制御するのは容易なことだからだ。被害妻は怒られると、モラ夫に譲り、反省し、謝罪する。つまりモラ夫からすれば、怒りに対して直ちに報酬が与えられる。
怒るとドーパミンなどの脳内麻薬が分泌され、快感や多幸感を得る。妻の謝罪により、さらに脳内麻薬の分泌が促される。報酬、快感、多幸感を得て、モラ夫は怒りやモラハラ自体に依存するようになる。ちなみに、たった一度の体験で、生涯消えることのない依存症が生ずることもあるという。
こうなったモラ夫は、妻をディスり、怒り、怒鳴ることをやめられなくなる。そして、妻を怒る理由を探し始める。妻がミスをするなど、怒る理由を見つけると、モラ夫は一瞬「嬉しそうな顔」をするという。怒っているときのモラ夫は、エネルギッシュで、楽しんでいるようにも見える。いわゆる「イッてしまっている」目をしていると多くの被害妻は証言する。
ここまでくると、モラハラがシフトアップすることはあっても、その逆はない。このレベルのモラハラを更正するためには、専門家による支援を必要とする。
妻の洗脳とモラハラ増長の悪循環
日本の女性も、当然、モラ文化の中で育つ。父や夫を家長とする社会的・文化的規範が、女性たちの人格の基礎にも取り込まれているはずである。そのため、ほとんどの女性は、結婚する際に夫の姓を選択することを当然視し、夫を「主人」と呼ぶ。「従順」「我慢」「子どものため」を女性・妻・母である自分が拠って立つ基礎的な価値観としている女性も多いだろう。
そこへ「主人」であるモラ夫が、妻としての不足を言い立てる。従順な妻は、反省し、謝罪する。それがさらにモラ夫を増長させる。
妻が夫の支配的な言動に弱音を吐くと、周囲から「男は立てていればよい」「長男だと思いなさい」などとアドバイスされ、女性は従順でいることが求められてきた。むしろ、「我慢が足りない」「博打もせずに働いて、いい旦那様なのに」などと、もっぱら妻の我慢不足、努力不足が指摘されてきたのだ。
モラ夫は、家事、育児、その他のあらゆることにおいて妻の不足を見つけては批判し、不機嫌になり、文句を言い立てる。たとえそれが理不尽なものであっても、妻の反論は通用しない。この点を、多くの妻は「うちの主人は弁が立つ」と説明する。しかし、実際には弁が立つわけではない。「妻はモラ夫を言い負かすことができない」というのが真相である。
なぜ言い負かすことができないか。一言でいうと、モラ夫にはルールも遠慮もなく、卑怯な論法を使うからである。モラ夫は平気で嘘をつき、事実を捻じ曲げる。その一方で、妻がモラ夫の言っていることを否定したり、疑ったりすると激しく怒る。そのため、妻は心理的にモラ夫に逆らえなくなる。
別れたくないモラ夫たち
モラ度(=モラハラの程度)が高まっていくと、妻や子どもたちにとって、家庭は極めて居心地の悪い場所になっていく。やがて、「婚姻破綻」と法的に評価される直前の状態へ進む。そして妻は離婚を意識し始め、周囲に相談したり、弁護士に相談に行ったりし始める。
夫が妻の不足を日々探しては非難してくるので、妻は「自分は女性として、妻として不十分である」との認識を強くしていく。ところが、夫は妻に対するモラハラに依存している(モラハラにより多幸感を得るので、やめられない状態)ため、妻はモラ夫にとって必要不可欠な存在でもある。そのため、妻から離婚を突きつけられた多くのモラ夫たちは、「妻はダメな女性(妻)であり、俺がいないと生きていけない」などと言い張り、離婚に反対する。
なお、モラ夫は育児に関しては、妻(女)のするべきことと考えているためか、「子どもをよく育ててくれたことには感謝している」「妻としてはダメだが、母としてはよくやっている」と肯定的評価であることも多い。
妻に対するモラハラが高じていくと、多くのモラ夫は「離婚するぞ」と妻を脅すようになる。離婚問題で相談に来た妻は、「主人は離婚に同意しています」と説明する。詳しく確認をすると、妻をディスった後や説教の最後に、「離婚だ! 出てけ!」などといつも言うとのことだ。これを真に受ける妻が少なくないが、ほとんどの場合、これは単なる脅しである。
怯える妻、「よい夫」に擬態する夫
この段階に至ると、多くの妻は夫に対して恐れを抱き、怯えきっていることが多い。夫の帰宅時間が近づくと動悸が激しくなったり、玄関の鍵が開くガチャ音で口から心臓が飛び出しそうになる。ここまで被害が進行していなくても、ストレスから心身症になったり、うつ症状や適応障害を抱えるなどしている被害妻は多い。
妻は夫に対して、嫌悪感、違和感、恐怖などのネガティブな思いを抱きつつも、日々我慢する。そして、モラ夫に怒られないようにと気を遣って振る舞うのだ。他方、モラ夫は対外的には「よい夫」「優しい夫」に擬態しているので、周囲からは「優しい旦那さん」と見られていることも多い。そのため、表面的には仲のよい夫婦に見えたりする。しかし、妻がその我慢の限界を超えると、家庭内別居へと進むことになる。
暴力的になる「モラ末期」の夫
そして、モラ末期(=モラハラの程度が高じ、認知が著しく歪んだ状態)に達した夫は次のような状態になる。
② 怒鳴る頻度が高くなり、いつでも不機嫌。
③ 妻への支配を強めるため、暴力的になる。壁を叩く、ドアを乱暴に閉める、物に当たるなどする。暴力を制御できず、妻に手を上げる者もいる。
こうなると、離婚していなくても、家庭は実質的には崩壊しており、夫婦間の精神的な絆も失われていることが多い。セックスレスになっている夫婦も多いが、モラ夫の攻撃に耐えきれず「不同意性交」を甘受している事例も多い。
家庭崩壊後のモラ夫と被害妻
以上、モラ結婚では、外見上、関係が維持されていても、実質的には家庭崩壊していることが多い。平和で幸福な家庭はもはや存在せず、妻にとって我慢の日々でしかない。
ところが、モラ夫は被害妻の「我慢」に気づかず、「夫婦仲はよい」「幸福な家庭」などと思っていることも決して珍しくない。実際、妻から離婚案件の依頼を受けた弁護士が電話をすると、モラ夫は「別居の前日まで夫婦仲はよかった」「お前が離婚を煽ったのか」などと言い出す。
そして、夫婦関係が崩壊しても、別居し離婚を突きつけられても、多くのモラ夫は妻に執着する。離婚調停の場に至っても、「話し合えばわかる」「やり直せる」などと主張する。
他方で、子どもたちの学費負担を考えたり、この結婚を失敗にしたくない、自分から離婚を言い出すのが怖い、激しい非難や付きまといを受けるのでは等々の思いから、離婚に向けての初めの一歩を踏み出せない被害妻も多い。