自分の内面に目を向ける
わたしはロサンゼルスにあるドラッカー・スクールで、経営学者ピーター・F・ドラッカーの「自分をマネジメントできなければ人をマネジメントすることなどできない」という思想をベースに、リーダーたちが自分自身を発展させるセルフマネジメントスキルを教えています。
ここで言う「マネジメント」とは、管理する方法というよりは、人生で起こりうるさまざまな出来事にうまく対処していくスキルだと言えます。そして「セルフマネジメント」とは、自分の内面的な状態に気づき、理解するスキルを身につけることによって、刻一刻と変化する状況の中で自分の望む結果を出すことを指しています。
セルフマネジメントは、まず自分のマインドレスな状態に気づくことから始まります。
“マインドレス”な状態とは
実は、人のほとんどの行動は無意識のうちに行われているのをご存じでしょうか。何かが起こった時、わたしたちは無意識に反応し、無意識に行動を起こしてしまっていることが圧倒的に多いのです。
これは必ずしも悪いことではありません。むしろ、人間の普通の状態です。なぜなら、わたしたちが知覚できる情報量には限界があるからです。脳はエネルギーを効率的に使うため、特定のパターンに沿って無意識に行動することで、エネルギーを節約しています。
ただし、このような一種の自動操縦システムによって行動していると、自分の内面的な状況と、それらがどのような結果を生み出しているかに気づけないことが多くなってしまいます。
職場で一番苦手な同僚から電話がかかってきた
例えば、こんな経験はないでしょうか。
電話がかかってきたので相手先を確認してみると、なんと職場で一番苦手な同僚からでした。とたんに嫌な気分になり、その嫌悪感は応対する声のトーンで相手先にも伝わってしまいます。すると相手も不機嫌になり、双方で不機嫌を募らせる結果となってしまいました。
または、仕事のストレスに耐えかねたある晩、ワインのボトルを開けてしまったとしましょう。一杯、また一杯と飲み進めていくうちにもっと欲しくなってしまい、気がつくとワインボトルは空に──。結果として、翌朝には猛烈な二日酔いに苦しむことになってしまいました。
いずれの場合も、無意識のうちに感情が表出し、その感情に突き動かされるままに行動した先には、望ましくない結果が待ち受けていました。
この感情の表出にうまく対処できるスキルを磨いて、行動をより望ましい結果につなげることこそが、セルフマネジメントの第一歩です。
感情的な反応にはパターンがある
自発的に、そして無秩序に湧き出る感情に、わたしたちは翻弄されがちです。しかし、実は、感情的な反応にはパターンがあるのです。
自分の内面から湧き上がってくる感情を、どのようにコントロールすればいいのか? ――それにはまず、このパターンを理解することが重要です。そうすることで、徐々に自分の内面で何が起こっているのかを把握できるようになります。そして、自分の内面を理解することで、行動の選択肢を広げ、自分にとって新たな価値を創造しないことに対してエネルギーの無駄遣いをしなくても済むようになります。
では、感情的な反応がどのように展開していくのかを具体的に見ていきましょう。
まず、何かが起きます。すると、それに対してあなたが抱くリアクションは、快、不快、またはそのどちらでもないかです。快く感じた場合はもっと欲しいと思いますし、不快に感じた場合はそれを拒絶したり、遠ざけようとします。
自分の反応を確かめる「メールエクササイズ」
誰にも後回しにしがちな仕事はあります。後回しにするのは、遠ざけようとしているからにほかなりません。その仕事が「不快」な身体感覚を呼び起こすため、無意識にそこから逃れようとしているのです。先述した苦手な相手からの電話は、その一例です。
逆に、好きな人からメッセージが届いたら、すぐにでも返信したいものですよね。実際にわたしのセミナーでは、メールの受信トレーを見ながら快・不快・ニュートラルかを精査してもらうエクササイズを行っています。受信したメールの差出人と件名を確認していく上で、あなたはどのようなメールに関心が向くでしょうか? また、どのようなメールから目を背けたいと思うでしょうか?
まずは快・不快・ニュートラルの3つのうち、どの反応をしているかに気づいてください。そして、その反応が自分の中でどのような行動を作り出しているかを観察してください。
ここでの注意点は、必ずしも「快」の反応を示さなくても良いということです。快・不快・ニュートラル、そのうちどの反応をしているかに気づくだけでいいのです。その反応を止めようとはしないでください。反応を止めることは、できないのですから。
反応を「手放す」
できることは、どのように反応しているかに気づいた上で、その反応を手放すことです。
快、または不快な反応は、過去の体験から培われた思い込みや先入観に関連しています。先ほどの不快な電話は、以前一緒に仕事をした際にさんざん苦労させられた相手からだったのかもしれません。過去に不快な思いをしたからこそ、その体験が前もってプログラムされ、今度もきっと大変な思いをさせられるに違いないと身構えてしまいます。このような先入観が、不快な反応と結びついているのです。
では、不快な反応に気づいた上で、その不快な反応を生み出している過去のストーリーを手放したらどうなるでしょうか?
ストーリーを手放すことで、感情的な反応が変わってくるかもしれません。そして、そこから生まれる行動と、その行動によって導かれる結果も変わってくるかもしれません。
例えば、苦手な人からきたメールやチャットほど早く返事をする、という新しい選択肢を選んだとしたら、結果はどう変わるでしょうか。後回しにしがちな仕事ほど間髪入れずにこなしていけば、得られる成果がより大きなものとなり、やがて感情的な反応も不快からニュートラルへ、ニュートラルから快へと変貌を遂げるかもしれません。
行動の選択肢を増やし、今までとは違う行動を取ってみることは、より良い結果を生み出せる可能性を秘めています。もちろん、これには時間も練習も必要です。
自分が何を望んでいるのかを知る
そして、セルフマネジメントにおいて一番大切なのは「自分が何を望んでいるか」を知ることです。今の結果に満足しているのなら、今のままでいることももちろん選択肢のひとつです。
けれども、もし今とは違う結果を望んでいるのなら、行動の選択肢を増やし、望んでいる結果に到達できるまで実験を繰り返してみてはどうでしょうか。自分の人生を舞台に、どのような行動がどのような結果を生むのか、いろいろと試してみるのです。うまくいかなくても、別の機会に別の選択肢を試してみてください。数多く実験すればするほど、その中に最適解が含まれている可能性が高まります。
あなたは、苦手な同僚に対してどのような関係を望んでいるでしょうか。良好な関係を持つことを望んでいるのなら、次に電話がかかってきた時に「優先して対応する」という今までとは違う行動を取れるかもしれません。その新しい選択肢は、新しい結果を生みます。さらに、あなたの行動は相手にとっても新しい選択肢を生み出し、新しい結果を生み出すかもしれません。
原則として、「世界を変えたければ、まず自分を変えよ」。
感情的な反応はお互いに影響し合い、つながっています。あなたが苦手だった同僚に対して新しい行動を示すことで、相手の行動も変わるかもしれません。そうすれば、お互いにとってより良い結果がもたらされるはずです。