ジェンダー問題は女性の問題と捉える人は多い。しかし立命館大学教授の筒井淳也さんは「ジェンダー格差は女性に不利に働くだけでなく、男性に『孤独感』という深刻な不利益をもたらす」という――。
夕日を見つめる男性のシルエット
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男性の孤独・孤立リスク

「男女共同参画白書」令和4年版は、昭和の時代と比べて世帯構造が大きく変化していることを明らかにしました。調査結果からは、サラリーマンの夫と専業主婦の妻と子ども、または3世代同居といった家庭が減り、男女ともにすべての年齢層で単独世帯が増加していることがわかります。

白書はこうした変化に対して「もはや昭和ではない」と指摘し、現代の世帯構造に合った新たな政策が必要だとしています。その点については同感ですが、私はほかにも2つの点が気になりました。

ひとつは、世帯構造の変化に関連した「孤独感」の調査結果です。ここからは、単身男性が孤独感を抱えがちになっている現状を読み取ることができます。孤独感は、年齢別に見ると男女ともに20〜30代で、配偶者の有無別で見ると男女ともに未婚者と離別者で大きくなっています。

また、同居人の有無別で見ると「同居人なしの単身男性」が特に孤独感が大きくなっていました。同居人なしというタイプの中で孤独感を抱えている人は、女性は30代に多いのですが、男性では50代が多くなっています。

「男性相談窓口」の必要性を指摘

さらに、60歳以上の単身世帯の男性では、近所の人とのつきあいが「あいさつをする程度」が半数以上で、「つきあいはほとんどない」とする割合も高いことがわかりました。自殺要因に「孤独感」がある者も女性より男性のほうが多く、20代〜80代以上の各年齢層で、おおむね同じぐらいの人数になっています。

こうした調査結果から、白書は男性が地域社会で孤独・孤立に陥るリスクが増大していると結論づけています。そして、地方自治体などで男性相談窓口を整備していくことが重要だと提言しました。白書が、こうした「男性の孤独感」に踏み込んだのは、とても意義のあることだと思います。

性別分業が男性にもたらす不利益

近年はジェンダー平等が盛んに議論されています。それ自体はいいことなのですが、議論の中心はどうしても、女性がどんな不利益を被っているか、それを解消するにはどうすべきかといった点に絞られがちです。

私は、ジェンダー平等を阻んでいる障壁の中でいちばん問題視されるべきなのは「性別分業」だと思っています。これが男女間の賃金格差や地位の格差を生み、ライフスタイルにおける女性の選択肢も狭めてきました。

しかし、性別分業によって不利益を被っているのは女性だけではありません。男性もまた違う不利益を被っており、そのひとつが「孤独感」なのです。

男性は、仕事と家族以外の交友関係が女性より少ないと言われています。働いていて家族がいれば、仕事上のつきあいや家族との交流があります。しかし、定年を迎えて、しかも子が巣立って配偶者までいなくなると、とたんに孤立してしまう男性が少なくありません。

一般的に、女性は地域との交流や子どもの学校を通した交流などがあり、それを維持するのも男性に比べて得意だといえます。近所の人と、立ち話や世間話などを通じて交友関係を積み重ねていく人も多くいます。こうした関係は仕事や配偶者を失った後も続くので、それゆえ女性は年を取っても孤独を感じにくいのではないかと思われます。

仕事と家族以外の交流を持てなかった男性が、両方を失ったら…

しかし、男性は仕事上のつきあいなどのお膳立てがない状態で、ゼロから友人をつくるのが苦手です。加えて、性別分業の下では人生の大半の時間を仕事にとられるわけですから、交流範囲も職場と家族に限られてしまいます。しかもこの2つは、いずれも年を取るとともに失われやすいものです。これが、男性が孤独・孤立に陥りやすい要因ではないでしょうか。

このように、男性の孤独感の背景には性別分業があり、それは女性だけでなく男性にも不利に働いているのです。「ジェンダー格差は女性の話であって自分には関係ない」と思っている男性もいるでしょうが、決してそうではありません。ゆくゆくはご自身の孤独感につながっていく可能性があるのです。

性別分業が解消されず、男性が職場と家族だけにコミットするような社会のままでは、男性の孤独感もまた解消されないでしょう。仕事と家族以外の交流関係を持てないまま過ごしてきた男性が、年を取ってから両方を失ったらどうなるか。ジェンダー格差は社会においてさまざまな表れ方をするのだと、ぜひ知っておいていただきたいと思います。

単身者にとってのジェンダー平等とは

白書でもうひとつ気になった点は、家庭におけるジェンダー問題を語る際、置き去りにされている人がいるのではないかということです。例えば「イクメン」という言葉を聞くと、配偶者のいる男性を思い浮かべる人がほとんどでしょう。現実的にはシングルファーザーもいるのに、です。

家庭においては、ジェンダー格差は解決していくべきさまざまな問題のひとつでしかありません。真に解決すべきなのは「ケア」の問題だと思います。子どもや高齢者など家族の中でケアが必要な人を「依存者」だとしましょう。依存者を誰がケアするかと考えたとき、ジェンダー問題においては、夫婦が平等に分担すべきだという意味で「ジェンダー平等」という言葉が使われています。

しかし、これから生涯未婚率はますます高まるでしょうし、シングルマザーやシングルファーザーも増えていくでしょう。こうした人たちは、自身が担っている子どもや親のケアを、ジェンダー問題で語られてもピンとこないはずです。というのは、依存者のケアを担ってくれる配偶者がいないからです。

白書が明らかにした通り、家族の形は多様化しています。今後、ジェンダー問題は配偶者がいない人のこともきちんと考えて語る必要があると思います。それぞれの家庭においてどんな状態をジェンダー平等と言うのか、個別に見ていく姿勢も必要でしょう。

今回の白書では、恋愛観・結婚観の変化や配偶者控除に関する話題が注目されましたが、男性の孤独感に関する問題と、単身者やひとり親家庭におけるケアの問題はまだあまり議論されていません。

いずれも、世帯構造の変化に伴って、これから大きな社会問題になっていく可能性があります。この機会に、皆さんにもぜひ問題意識を持っていただけたらと思います。