新入社員の価値観は大きく変化している。ジャーナリストの溝上憲文さんは「2、3年前からZ世代仕様の人材教育体制を組む企業がでてきた。早く一人前になりたいと焦りを見せる新人がいる一方で、ほどほどでいいと考える若手も増えている。この二極化に現場は混乱している」という――。
新入社員の女性
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リーダーになりたい新入社員、過去最低

Z世代と呼ばれる1996年以降に生まれた大卒の人たちが2019年から新入社員として働き始めている。彼ら・彼女たちは携帯を持ち始めたのがスマホで、情報収集やコミュニケーションの手段としてインターネットやSNSを駆使する世代と言われる。

ただしZ世代はSNSを通じて小・中・高・大学の横のつながりは幅広いが、上下の人間関係のコミュニケーションに不得手な人も多いと言われる。もう1つの見逃すことのできない変化が、働くことに対する意識の変化だ。

リクルートマネジメントソリューションズの「新入社員意識調査2022」(2022年6月29日発表)によると、「定年まで現在の会社で勤めたい」人は11.0%。「どちらかと言えば勤めたい」を含めても32.0%。「現在の会社で勤め続けることにこだわらない・どちらかと言えばこだわらない」人が57.5%に上っている。

また、ラーニングエージェンシーが実施した「新入社員意識調査レポート」(22年3月31日~4月13日)によると「将来会社で担いたい役割」の質問では「専門性を極め、プロフェッショナルとしての道を進みたい」が31.6%と最も高く、一方「組織を率いるリーダーとなり、マネジメントを行いたい」は23.5%。2014年の調査開始以来、過去最低の低さになった。「仕事を通じて成し遂げたいこと」の質問では最も多かったのは「安定した生活を送りたい」(64.5%)、続いて「自分を成長させたい」(60.6%)だった。今年は前年と順位が逆転し「安定した生活を送りたい」が5.2ポイントも増加し、トップになった。

多少ゆとりのある小さな幸せを維持したい

ここで見てとれるのは「就社」から「就職」意識への変化、加えて自己実現へのこだわり、つまりオンリーワン意識への変化だ。平成の経済停滞期に幼少期から中・高生時代を過ごし、会社という自分を守ってくれるシェルターに対する信頼性が低下する一方、個人として知識やスキルを磨き、それを活かして多少のゆとりのある小さな幸せを維持できる人生を送りたいという思いだ。

その思いに不安感や危機感を増幅させたのがコロナ禍だ。22年卒の人たちは大学3年になった直後の20年4月初旬に緊急事態宣言が発出され生活は一変。大学から閉め出された学生の講義はオンラインに切り替わり、オンライン就活を強いられた。人とリアルで接する機会が極端に減る中で、感染拡大の影響に伴い、旅行・観光、アパレル、百貨店・小売、飲食、航空産業などの壊滅的な打撃や非正規切りの横行など、メデイアなどからのネガティブな情報を浴び続けた。

気づいたらゆでガエルになっている「ゆるブラック」企業

文化放送キャリアパートナーズ就職情報研究所の平野恵子所長は「世の中が大きく変わることを目の当たりにし、変化に対応できないと結局、食べてはいけないといった不安感や危機感を強く抱いた学生が多い。会社を選ぶときの見方も変化し、裕福な生活より、ほどほどでやっていける働き方でよいと思う学生がいる一方で、自分自身が実力をつけて成長しなければと、成長できる環境を求めるなど、個々人の安全戦略として危機感の発露する形態が多様になっている」と指摘する。

ビジネスコンセプト、スキルアップ
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実はコロナ禍で増幅された不安感や危機感の発現形態として、成長志向の強い「ゆるブラック」嫌いも顕著になっている。「ゆるブラック」とは、残業やストレスのないホワイトな労働環境を与えられ、実力を養う経験やストレッチもなく、成長実感も持てずにゆでガエルにされてしまう企業のことだ。一方、“ほどほど”の安定志向の人も共存し、こうしたある意味で二極化したZ世代の育成に苦慮している企業も少なくない。

Z世代仕様の新人教育体制

2、3年前からZ世代仕様ともいえる新人育成体制を敷いている企業も多い。管理職研修などで「若手社員とのコミュニケーション講座」を開いたり、リスニングやコーチング教育を行うなど新人に相当気を遣っている。さらに“上司ガチャ”を極力減らすために、新人の配属先のOJTの指導役や上司とのマッチングにも配慮している。

サービス業の人事部長は「適性検査の結果を参考にして『この新入社員は消極的な性格なので、気性が激しい上司だと問題が起きそうだから』と判断し、配置しないようにしている。あるいはこの新人だったら耐えられるかなと、日頃の上司の指導のやり方や性格を見て、新人との相性を見て決めている。以前に比べて今は格段に気を遣っている」と語る。

しかしそれでも上司ガチャ問題は発生する。建設関連会社では、誰からも慕われている現場の管理職の下に新人を3人配置した。3人に担当させていた仕事で新人の一人がミスをしたことで作業が滞り、管理職が3人を叱りつけたが、新人の1人から人事部に「どうして私が叱られなければいけないのか」と文句を言ってきたという。

同社の人事部長は「管理職に聞くと、1人だけを傷つけまいと連帯責任にしたつもりだったらしい。今の新人は人に叱られたという経験がない。とくに優秀な大学出身者に多い傾向がある。優秀だからこそ失敗や挫折が少なく、ましてや自分に責任はないのに集団で叱られることの理不尽さを強く感じるのだろう。注意や指導の仕方もかなり気を遣わないといけなくなっている」と語る。

なぜ幼稚園児のような雑用をさせるんですか

自ずと新人の指導も基礎から丁寧に教える必要がある。とくに人とリアルで接した経験が少ない新人だけにじっくりと育成する必要もある。完全試合を達成したプロ3年目のロッテの佐々木朗希選手の人材育成法も話題になっている。1年目は1軍の試合には出ず、体づくりに専念し、2年目もフル出場しないで経験を積ませるなど育成計画に基づいてじっくりと育成し、3年目で快挙を成し遂げた。こうした“じっくり育成法”を企業も学ぶべきという声も多い。

ところが成長志向の「ゆるブラック」嫌いにはがまんできない人もいる。前出のサービス業の人事部長はこう語る。

「会社としては育成計画に基づいて各現場で指導しているが、新人の中には『僕は即戦力です。早く実践で使ってください』と言う人もいる。中には『どうしてこんな幼稚園児みたいな雑用をさせるんですか』と、上司に文句を言う新人もいる。仕事ができる、できないは別にして、早く仕事をさせてくださいと、どこか焦っているタイプが一定数いる。逆に優秀だが、やさしく教えないといけない新人もいるので、いちいち対応しても切りがないし、新人の見極めが本当に難しい」

工具の名前も知らないのに「早く一人前になりたい」

会社としては新人の機嫌を損ねて早期離職につながることを心配しているが、かといって新人に合わせるのも大変だ。

前出の建設関連会社の人事部長も「現場の責任者が新人にスパナを持ってこいと言っても、全然違うものを持ってきたりする。大学の工学部を出ても道具の名前すら知らないと嘆いていたが、それでいて早く一人前になりたいという志向が強い。気を遣うのが面倒なので多めに採用し、早く辞めるのが3割いてもしょうがないではないかという現場責任者もいる」と語る。

一般的に新入社員については、1~2年目は先輩や上司の下で育成し、3年目に独り立ちの経験をさせ、4年目に一人前になると考えている企業が多いのではないか。しかし新入社員の意識は違う。産労総合研究所の「2020年3月卒業予定者の採用・就職に関するアンケート」によると、「入社後どのくらいの期間で一人前になれると予想しているか」の質問では、約半年以内が1割、約1年が17%、約2年が15%、約3年が34%となっている。つまり1年仕事を経験すれば2年目に1人前になると考えている新人が4分の1も存在する。

この人たちが「ゆるブラック」嫌いであるかどうかはわからない。とにかく早く成長して一人前になり、安定したキャリアを築きたいというZ世代の焦りのようなものを感じる。