政府が来月から、企業に対して賃金の男女差を開示するよう義務付ける方針を示した。日本の男女の賃金格差はほかの先進国と比べても大きいが、この原因についてコラムニストの河崎環さんは「なぜ日本の女性が賃金の低い仕事を選択せざるをえないかを知らず『それは女性がゆるい職業や働き方を望むから』と誤解している人が多い」という――。
職業における機会と男女不平等の概念
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ダントツに大きい日本の男女の賃金格差

今年7月の女性活躍法改正で、301人以上を常時雇用する企業(約1万7650社)に対し、男女の賃金差の公表が義務化される。具体的な賃金額ではなく、男性の賃金水準(中央値など)に対する女性の賃金水準の割合を算出し、正規・非正規ともに各社ホームページに開示することが想定されているようだ。

東京新聞の記事を引くと、例えば国別では、男性賃金の中央値を100とした時のOECD平均値は88.4、フランス88.2、ドイツ86.1、米国82.3に続いて日本は77.5とひときわ低い数字を示している。日本に大きな男女賃金格差と、社会や文化に染み込んだ日本特有の女性差別が存在しているとの不名誉は、諸外国の知るところでもある。

今回、岸田政権は「新しい資本主義」の文脈で男女賃金格差の公表義務化を固めた。これは投資界のグローバルスタンダードである企業価値の可視化やサステナブル指向経営への要請に応えるものだが、2022年の今に至るまで経済苦境を盾に賃金面の改革に大きな抵抗を見せてきた日本企業が、いよいよ男女賃金格差に手をつけることになる。突き詰めるならば、日本社会全体が世界にもまれな日本人女性の忍耐強さに長らく甘え続け、放置してきた男女の社会的格差という、日本の真の病巣へメスを入れなければならなくなるのだ。

誰が「無償のケア労働」を担っているのか

「男女の賃金格差」と聞いて、ああまたその話題かとつまらなそうに顔をしかめる人々は、十中八九「自分の赤ん坊や親のおむつを替えながら人生の意味を考えたことがない」人たちだ。

育児や介護は無償のケア労働の最たるもの。経済的にカウントされない、目に見えない労働で自分の力と時間を利他的に割いた経験のある人間ならば、日本の厳然たる事実である男女賃金格差問題の核は「この国で無償のケア労働の多くを家庭で担っているのが女性であること」にあると体感している。日本女性の労働力と時間は、無償のケア労働へ「よき母、妻、娘として」「社会的良識として」吸い上げられているからだ。

先進国と名乗るにはあまりに由々しき男女の賃金格差が、日本に生じる理由はシンプルに3つ。賃金の比較的高い「業界」「管理職レベル」「正社員という働き方」に女性の数が著しく少ないことだ。

それはなぜなのか、考えてみたことがあるだろうか。「常識として」言っておくが、小学校から大学までの学力レベルでは、男子平均より女子平均の方が軒並み高いのである。

15歳男女の学力レベルを測る国際的な学習到達度調査PISA2018の結果に示唆される通り、日本は数学、科学では男子がやや優位だが、読解力では大幅に女子が引き離している。文章を読むにせよ空気を読むにせよ、読解力はすべての科目の読み書きと社会的態度の基礎ゆえ、一部の理数系科目を除いて女子は男子よりも素点に内申点を加味した学校生活全般の評価が優位になる傾向があり、多くの教師や塾講師や親が、女子の内申点が高いので男子が高校受験で苦戦していると嘆く。そんな現状を経験則として知っている医大が、わざわざ女子敬遠のために女子学生の得点を一律減点していたほどだ。

※編集部註:初出時、男女の学力について説明不足がありましたので加筆しました(6月13日12時00分追記)

「それは女性が選んだからでしょ?」

旧安倍政権が女性活躍推進を口にし始めたころ、男女の賃金格差について書いたら、「それはそもそも女性がゆるい職業や働き方を望むからでしょ? ゆるく働きたいけど給料は欲しいなんて、女はずるいよね」と、どこかの男性読者からいわゆる「クソリプ」を頂戴した。

なぜ日本の女性が「ゆるく」働くことを望まずとも選択せざるを得ないか、このクソリプの主は想像もできないようだった。女たちは望んでない。納得もしていない。「女はこれをするべき」と社会に用意された生き方や役割の選択肢が他にないのだと、なぜ理解できない? あきれるほどの無知をあっけらかんと披露してくるこの人物は、周りを観察し本質を見通す力のない残念な人なのだな~、仕事(も家事も当然)できないんだろうな~、しかも周りの女たちには完全に諦められ放棄されているのだろうな~、とあわれんだ。

だが、そんな残念な反応が普通に散見されたのが、7~8年前のこと。ジェンダーギャップ指数が「150数カ国中120位あたりのビックリ低空飛行、先進国中でダントツの最低!」と毎年言われ続け、UAEより韓国より中国より低いの何のと聞かされ、意識させられ続けて8年、さて、あれから日本はどれだけ女性活躍が進み、状況は変わったただろうか。

変わっていないのである。びっくりのあまりアゴが外れる。

働いていない女性など、ひとりもいない

世間では、当事者の女性の間ですら「働く女性(ワーキングウーマン)」という言葉がまかり通っているが、わざわざ「働く男性」とは言わないところに、重大な偏見が隠れている。

この場合の「働く」は報酬をもらう労働だけを指していて、無償の家事労働やケア労働を無とみなしているからだ。

世界が男性優位にできあがっている現実を圧倒的なデータ量によって暴き、英国「サンデー・タイムズ」ナンバーワンベストセラーとなったキャロライン・クリアド=ペレスの『存在しない女たち』(神崎朗子・訳/河出書房新社)は「働いていない女性などひとりも存在しない。存在するのは、報酬をもらえずに働く女性だ」と指摘する。

 世界的に見ても、無償労働の75%は女性が担っており、女性が毎日3~6時間を費やしているのに対し、男性は平均30分~2時間にすぎない。(中略)男性による無償労働時間が最も長い国(デンマーク)の男性たちでさえ、女性による無償労働時間が最も短い国(ノルウェー)の女性たちに比べれば、無償労働時間は短い。

女性の雇用労働における就労率が増えても、それに応じて男性の無償労働が増えたかといえば、そうではない。つまり、たんに女性の全体的な労働時間が増えたのだ

男性が無償労働をより多く行う場合でも、無償労働の大部分を占めている日常の家事をこなすのではなく、子どもの世話など楽しめることだけをやる場合が多い。(中略)また男性は、もっと個人的で、煩雑で、精神的な疲労をともなう高齢者の世話には、ほとんど手を出さない。(中略)要するに、世界中どこでもほぼ例外なく、女性は男性よりも長く働いているのだ。(同書より)

この本で、データは証明する。女性は男性よりも長く働いているのだ。「無償で」

部屋を清掃する女性
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女性の無償労働の上に成立するキャリア

そのような無償労働は女性の仕事であるべきだ、それが良識だとする社会的な圧力は、イスラム諸国や、インドを含むアジア諸国でことに強い。したがって世界経済フォーラムが毎年発表するジェンダーギャップ指数ランキングにはイスラム、アジア諸国の「劣等生ぶり」が正直に反映されているのだが、その中でも「先進国でございます」と澄ました顔をしている日本の順位がひときわ低くあり続けるのだから、病状のひどさもわかるというものだ。

女性たちが低賃金の仕事に移るのを『選択』だという人もいる。だが、育児も家事も放棄する以外、現実的な選択肢がほかにいっさいないにもかかわらず、選択と呼ぶのはおかしいだろう。ともかく、アメリカの50年間の国勢調査データで明らかになったことは、大勢の女性たちが働いている職種は、賃金が安くなると同時に『立派な』職種ではなくなる。すなわち、女性たちが低賃金の職種を選んでいるわけではなく、低賃金の職種には女性しか集まらなくなってしまうのだ。(同書より)

先ほどの「クソリプ」にあった「そもそも女性がゆるい職業や働き方を望むからでしょ?」との言がどれほど「世間知らず」であるか、いま彼が恥の感情に全身さいなまれて泣いていることを心底から願う。立派な会社名や肩書(雇われているあなたにとっては一時的に与えられているものにすぎないのに)をドヤ顔で誇る男性が、そもそもフルタイムで有給の仕事についていられるのは、人生や家族につきものの当然のいろいろを誰かにやってもらっているからである。

自分が汚したトイレを掃除しているのは誰か

子育て専業主婦であったボトムラインからこの立場へふらりとやってきた、得体も知れず無礼な物書きの私は、偉いらしい男性たちが「僕ってこんなに偉いんですよ」という顔をするたびに、腹の中ではこう思っている。

「でもアンタが今履いてるパンツって、奥さんだかオカンだかが洗って干して畳んでしまってくれたのを引っ張り出して履いてきたんやろ? アンタが今朝下手くそに飛び散らかしたトイレも、今ごろ奥さんだかオカンだかがきれいにしてくれてるんやろ? アンタの子どもや親のおむつは、奥さんだかオカンだかが毎度替えてきれいに拭いて、捨てるとこまできっちりやってくれはるんやろ? そんで家帰ったらご飯までできてんの? それで偉くもなかったら、アンタ何してんねんて話やなぁ、頑張りや~」

自分のパンツを自分で洗わない人間、自分の汚したトイレを自分で掃除しない人間の自慢話を、私はいいとこ半分も聞いていない。日本の男女賃金格差に入ったメスが、彼らの狭く濁った視界をもスカッと切り開くことを大いに期待している。