ついついイラっとしてしまった時、「大人げなかった…」と反省したり、「我慢しなきゃ」とグっと堪えたりする人は多いだろう。しかし、自衛隊メンタル教官である下園壮太さんは「理性的にふるまえば振舞うほど、怒りは暴発する」という――。

※本稿は、下園壮太『自衛隊メンタル教官が教える イライラ・怒りをとる技術』(朝日新書)の一部を再編集したものです。

オフィスで強調した従業員に叫んで怒っている実業家
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「上司に嫌味を言われてブチッ」今日あったイライラを浄化する方法

いよいよ具体的なイライラを浄化する方法に入る前に、怒りの感情をあなたの命を守る「警備隊長」として表現してみましょう。ここで、あなたの心の中に、いろんな感情の小人がいることをイメージしてみてください。愛、友情、不安、恐怖、喜び、嫉妬……。それぞれの小人は、原始人的価値観ですが、宿主であるあなたの生と性を守り、より豊かに生かそうとしてくれます。さて、怒りとは「敵に反撃、威嚇する」ための感情。怒りの小人とは、あなたを敵の攻撃から守るための「警備隊長」なのです。警備隊長は宿主の危機にはすぐに駆けつけ、戦闘態勢を整えます。

さて、今日あったイライラを浄化するにはどうすればよいのでしょうか? まず、怒りの相手がその場にいない、など、心理的に安心できる場所を確保します。そして呼吸法などをしてリラックスしながら、今日のイライラ事象を、あえて思い出します。

「あいつはひどいやつだ!」などと、警備隊長の報告をすべて、聞くようにしてください。

例えば、仕事の打ち合わせで上司に嫌みなひとことを言われて、ブチッとキレて言い返してしまった、としましょう。その場では謝り、受け身は取りました。その後はおだやかに過ごし、うちに帰って、一人で振り返っているところです。

「なんて嫌みな奴!」「みんなのいる前で、しかも笑いものにするなんてサイテーだ」「前夜から考えて、提案した意見だったのに」など、警備隊長の言い分や感じていることをすべて、聞くようにします。この時点では決して反論せず、一つひとつに、「そうだよね」と心の中で同意しながら、すべての意見や不満を聞くように努力します。

一通り聞けたら、次は、相手がどうしてそんなことをしたのか、次にどんなことをしそうかを、きちんと想像します。

「社長に俺の悪口を言う?」嫌味な上司の次の一手を考察せよ

敵の悪意や攻撃をきちんと推察するのは、戦いではとても需要なことなのです。

「俺のことをおとしめようとしている?」「俺のことがうらやましいからか?」「俺が前に上司のことをちゃかしたからか、あれを恨んでる?」などと、理由を想像し、それならば次はどうしてくる……と考察してみます。「もう一度絡んでくる?」「社長に俺の悪口を言う?」「次の現場で俺に恥をかかせる?」。ドラマのように考察してみてください。このとき、理性でこの考察をストップさせない(理性的思考をいったん保留する)ことがコツです。

例えば、理性が参加してきて、「上司はそんな人じゃないよ」「そんなことをしても上司の得にはならないし」とか、「そんなに邪悪なことを考えなくてもいいんじゃないか」「もっと大人として寛大に受け止めれば」「終わったことだし、もう忘れれば……」などと警備隊長の思考を止めようとします。

確かに、本当にそう思えれば、怒りも収まるでしょう。でも、警備隊長はまだ、そう思えないのです。警備隊長は、政治家や民衆が和平を唱えていても、万が一に襲ってくる敵に備える役割なのです。きちんと当面の防衛計画ができないとどうしても落ち着かない。ですからここは、努力して、警備隊長の思い過ごし的な想像につき合ってあげてください。

「嫌味な上司にお茶をブチまけてやる」敵撃退法のシミュレーションを

敵の意図や攻撃を想像したら(しつつ)、それらの攻撃にどう対応していくかを考えます。その際、その対応の流れを具体的に映像としてイメージします。

まず、今回の出来事を思い出し、そのときどう対応すればよかったか、あるいは、同じことが起こったとき、どう対処するかを考えます。おそらく、考えようとしなくても、すでに考えているので、それを止めず、最後まで進めればいいのです。

感情の使用言語は、イメージです。できれば、敵を撃退するところまでイメージでシミュレーションを続けてください。「これは邪悪な思考だ、自分は相手を痛めつけるひどい人間だ」などと自制せずに、相手を徹底的にやり込めてください。念のため重ねて言いますが、頭のイメージの中で、です。「感情のケアと現実問題対処は別」です。そこまできちんとシミュレーションしてはじめて、警備隊長が落ち着けるのです。

先ほどの上司に嫌みを言われた事例では、その場で上司を言葉の限りに罵る、お茶をブチまけ会議室を出て行く。退社届を置いて、いきなり荷物をまとめて出て行く。すっかり慌てた上司が泣きながら追いかけてきて、あなたに平身低頭して謝る、などです。映画でも作るつもりで、怒りを思い切り吐きだすシーンをできるだけ具体的にイメージするのです。

シミュレーションの中で、敵も反撃してくるでしょう。それに対してもこちらがきちんと応戦していきます。とにかく、勝てないまでも、少なくとも負けないところまで想像しましょう。

一方で、あまりにもひどく相手を痛めつけるイメージより、「上手にいなす、かわす、win-winに持ってくる」などの結末が好きな人もいます。自分に合う解決イメージで結構です。

いずれにしても、ポイントは中途半端に終わらせないこと。これは「良い対応策が出るまで」という意味ではありません。考えられるだけ考えさせる、ということです。

警備隊長は、それこそ命がけで準備したい。敵を完全に倒すような作戦やイメージはできないかもしれません。しかし、少なくともその作業をさせてあげる、それが大切です。その状態で何もない時間が経過すれば、警備隊長の警戒は少しずつゆるんでいきます。また、シミュレーションをしているときは、怒りが一時的に3段階に進むので、暴発しやすい状態でもあります。実際に行動(相手を挑発する行動、SNSやメールを出すなど)に移さないためにも、必ず相手がいない環境で、できるだけ体をゆるめて、シミュレーションをするように注意しましょう。

もし、行動をしたくなったら、まずは大きく深呼吸し、肩の力を抜きます。

怒りの思考から、体のほうに視点を向けます。そして少し落ち着いたら、「今は現実行動を吟味しているのではなく、感情をケアしている。現実行動は、後できちんと考えよう」と、行動したい衝動を保留します。

対応シミュレーションは理性をぶっ飛ばせ!

前項でも指摘しましたが、警備隊長がシミュレーションする作業を、どうしても理性が止めてしまい、中途半端に終わることが多いのです。中途半端だと、警備隊長の大声が収まらず、次のプロセス、現実的な問題解決を考えるときも、冷静に思考が回らず、結局自分が落ち着けるような案が浮かばない。そうなると、また、警備隊長が未完のシミュレーションをしたくなるため、理性の言う「邪悪妄想」がまた始まってしまいます。

背景のレンガの壁にネオンサイン
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忘れたいのにいつまでも出てくる邪悪で情けない思考は、警備隊長のシミュレーションを理性がきちんとさせてあげないから起きるのです。

こうなりやすいのは、理性が、警備隊長の暴走を恐れるからです。通常、理性は、次の3つの視点で、警備隊長の計画を中断させようとします。

理性の声①「そんな不安、現実には起こらない」

理性は、警備隊長が恐れる事態を「そんなことありえない」と否定します。あったとしても、確率は小さい。無視していい。それよりもっと確率の高い現実的な予測への対策を詰めればいい、と言うでしょう。でも、「もし、あったらどうする」と考える係が警備隊長なのです。不安という感情も、万が一の危険を避けるために、小さい確率でも大きく感じさせます。例えば、コロナにかかって死ぬ確率は、数字的にはかなり小さいですが、私たちのイメージでは、その危険が非常に間近に感じられます。不安はつらいですが、だからこそ、コロナを避ける行動がとれるのです。同じように、怒りも小さい確率の危険に対し、完全に備えたいのです。

理性の声②「どうせ考えても無駄…」

考えても、いい案が思いつかない、無駄だからやめてしまおうという理性の声。確かに敵の攻撃にすべて対応できる完全な作戦を作れればいいのですが、現実的には難しい。だからと言って「考えない」というのは、まったくリスクに備えないことになる。ですから、考えることが重要なのです。考え続けているうちに、時間が経って脅威が収まってくる。それでいいのです。

理性の声③「思い出したらやらかしてしまうかも…」

思い出すと苦しい。だから止めたい。しかも、敵の悪意を考えていればいるほど不安になり、行動に移したくなる。せっかく我慢して外的エスカレーションを避けたのに、ダメにしてしまう、という理性の危惧です。

実際に、思い返しをして、それで感情的なメールを出してしまいトラブルを大きくしたという事例もあります。

だからこそ、それができにくい安全な環境で行うことが大切です。また、衝動が大きくなったら、呼吸したり、体を動かしたり、イメージを使って過剰に発動する感情を落ち着ける作業を練習しておく必要があります。そして少し冷静になったら、「感情のケアと現実問題対処は別」ということを思い出しましょう。

目を離せば怒りは続く…敵はしっかり監視すべし

対応シミュレーション作業と同時(同じぐらいの時期)に進むのが、敵の監視です。戦場においても、敵から目を離すことが一番危険なことなのです。敵がどこにいて、何をしようとしているのか、「KEEP CONTACT(敵と接触し、目を離すな)」は、私が自衛隊幹部時代に、実戦豊富な米軍の将校から何度も聞かされた言葉です。

嫌なことがあったとき、相手のことが頭から離れないだけでなく、相手に関する情報を第三者やネットから集めたくなるのは、実は自然な行為なのです。

もし、翌日でも遭遇することがあれば、嫌な人ですから、できるだけ距離は取りたいものの、目の端々でずっと監視してしまうのも原始人的には正しい反応なのです。きちんと監視できていれば、敵の情報を当面の防御プランに反映できます。

また、この監視を続けているからこそ、「しばらく注目しているが、どうも敵は攻撃してこなさそう」ということがわかり、怒りが収まっていくのです。これが怒りが収まる適正プロセスです。

ところが、「忘れる対処」(我慢して、なかったことにする、あえて無視する)をしていると、この情報収集をしないことになってしまいます。たとえある程度の時間が経っても、「もしかしたら、敵は着々と悪意を増幅し、攻撃準備を整えているだけかもしれない。なのに自分はそれを確認していない」と、心の奥底の警戒心を解けない状態が続きます。

「仕事帰りの一杯」敵の悪口を吹き込め!

これまでの作業を進めながら、警備隊長が落ち着くために行うべき、もう1つの重要な作業があります。それが「味方工作」です。

平たく言うと、相手の悪口や愚痴を他者に言うこと。

下園壮太『自衛隊メンタル教官が教える イライラ・怒りをとる技術』(朝日新書)
下園壮太『自衛隊メンタル教官が教える イライラ・怒りをとる技術』(朝日新書)

世の中には、「人の悪口を言ってはならない」「愚痴をこぼしてはならない」といった価値観もあります。確かに、悪口は耳にするのも嫌だし、愚痴ばかり言っている自分にも幻滅する部分があります。また、悪口が回りまわって相手に伝わり、外的エスカレーションが生じる場合もある。だから、「悪口は言わない」という戒めがあるのです。

ただ、これは、人が作った倫理の規範。その証拠に、多くの人が何か不当な扱いを受けたとき、周囲に「こんな扱いをされた」と訴え、ときには怒りの声を上げ、クレームをつけます。そちらのほうが自然だからです。

また、原始人で考えてみましょう。

原始人の戦いは、命の取り合い。武器が発達していない時代は、人間の数が勝敗を左右します。今後、大きな戦いに発展しそうだというとき、味方をたくさん作らなければ、警備隊長は安心できないのです。

味方を作るには、「自分はいかに不当に攻撃されたか」「相手はいかに邪悪か」「今後どんなひどいことをしてきそうなのか」などを話し、同情を得ます。同時に良いアドバイスや情報を得るのです。

だから、「この無念さ、くやしさ、痛さをわかってほしい」と思い、多くの人に訴えることは、決して恥ずかしいことではないのです。ほかの人にことの顛末を聞いてもらったり、愚痴を聞いてもらったりする行為は、無意味ではなく、心にとって大変効果のあることなのです。本当に味方になってくれる人が現れると、警備隊長の心は、スーッと落ち着けるのです。

心の武装解除が進むでしょう。「仕事帰りの一杯」は、昭和のサラリーマン的だと揶揄されることもあるようですが、それなりの必要性と効果があったのです。

「愚痴」は相手を選んで

補足ですが、愚痴を言う相手は、信頼できる、口が堅い人を選びましょう。

原始人の戦闘的に見ても、愚痴は逆に言うと「弱み」情報でもあります。愚痴を言う相手を間違えると、こちらの弱みを敵に伝えられ、一気に戦況が悪くなります。あなたの周りには、敵に通じるスパイがいるかもしれません。愚痴や悪口は控えろ、という処世術は、このあたりからもきています。

テーブルの上にコーヒーのカップを保持している女性と男
写真=iStock.com/fizkes
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日ごろから、愚痴を言い合える信頼できる人間関係を築いておきたいものです。ただ、それが難しいのも現代の特徴。その場合は、プロのカウンセラーを活用することも考えてください。カウンセリングスキルは優劣が大きくても、「秘密を他言しない」ということは、ほとんどのカウンセラーが守ってくれるはずです。