日本の男性の幸福度が低下している。拓殖大学准教授の佐藤一磨さんは「女性の幸福度は変化がないため、男女の幸福度の格差は広がる一方です。とくに高齢未婚男性と子育て世代の男性の幸福度の低下が顕著です」という――。
過労のビジネスマン
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男女の幸福度はどのように変化してきたのか

女性の幸福度はどのように推移してきたのか。男性と比べて幸福度は高いのか、それとも低いのか。

幸福度については、経済学者も高い関心を寄せ、これまでさまざまな分析が行われてきました。それらの分析を見ると、国や年代による違いがあり、興味深い結果が出ています。

今回は「男女の幸福度の推移」に関する研究について紹介していきたいと思います。

アメリカでは女性の幸福度が低下している

ミシガン大学のスティーブンソン教授とウォルファース教授は、アメリカでは1970年代以降、男性の幸福度があまり大きな変化は見られないことに対して、女性の幸福度が低下傾向にあることを明らかにしました(*1)

アメリカでは直近の数十年間で女性を取り巻く環境が改善してきているため、この「女性の幸福度が低下している」という結果は、驚きとともに多くの注目が集まりました。

このような女性を取り巻く環境と幸福度が逆行する状況は、「幸福度のパラドックス」と呼ばれています。

(*1)Stevenson, B., & Wolfers, J. (2009). The Paradox of Declining Female Happiness. American Economic Journal: Economic Policy, 1(2), 190–225.

日本では女性の幸福度が低下していない

アメリカでは女性の幸福度が低下傾向にあるわけですが、日本ではどうなのでしょうか。

この点に関する日本の研究を見ると、「女性の幸福度は低下していない」という結論を得ています。

通勤する女性
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例えば、2000年から2010年までの日本の男女の幸福度の推移を分析した国際医療福祉大学の光山奈保子准教授と国際協力機構緒方貞子平和開発研究所の清水谷諭上席研究員の研究は、「女性の幸福度が緩やかに上昇している」と指摘しています(*2)。これについては、以前の記事で詳しく論じました。

また、2003年から2018年までの日本の男女の幸福度の推移について分析した研究を見ると、「日本の女性の幸福度はこの間大きく変化していない」という結論を得ています(*3)

2つの研究の結果に若干の違いはありますが、日本では2000年代以降、女性の幸福度が低下傾向にはないと言えるでしょう。

この結果はアメリカとは異なっています。おそらく、日米間で女性の幸福度のトレンドに違いがあると考えられます。

(*2)Mitsuyama, N., & Shimizutani, S. (2019). Male and Female Happiness in Japan during the 2000s: Trends During Era of Promotion of Active Participation by Women in Society. The Japanese Economic Review, 70(2), 189–209.
(*3)佐藤一磨(2022)「2000年代前半から2010年代後半にかけて女性の幸福度はどのように推移したのか」PDRC Discussion Paper Series, DP2022-001

日本では男性の幸福度が低下している

それでは次に日本の男性の幸福度はどのように推移したのでしょうか。

実は女性と違って、男性の幸福度は大きな変化を経験しています。

2003年から2018年までの期間の変化を分析すると、「明確な低下傾向」が確認されたのです(*3)。日本ではもともと男性の幸福度の平均値が女性よりも低いという傾向が確認されていましたが、男性の幸福度の低下によって、男女差が拡大しています。

実際に幸福度の男女差の経年変化を見たのが図表1です。この図では、年齢、学歴、世帯所得、家族構成といった個人属性の影響をコントロールしたうえで、幸福度の男女差の推移を見ています。

【図表1】幸福度の男女差の経年変化

この図の見方はシンプルで、値が大きくなるほど幸福度の男女差が拡大することを示しています。

2003年を基準とすると、折れ線グラフは緩やかな右上がりとなっているため、幸福度の男女差がやや拡大傾向にあると言えるでしょう。

幸福度の男女差が拡大したグループ

2003年から2018年までの間で、幸福度の男女差は拡大傾向にあるわけですが、すべての男女間で等しくその影響を受けているのかというと、そうではありません。

細かくグルーピングしていけば、男女差が大きく拡大したグループとあまり拡大しなかったグループに分けることができます。

実際に年齢、学歴、配偶状態、子どもの有無でグループ分けすると、特に男女差が拡大したのは「35~49歳、大卒、未婚、子どもありの場合」でした(*3)

その主な原因はいずれも「男性の幸福度の低下」でした。

高齢未婚男性と子育て期の男性の幸福度が顕著に低下

「未婚者」と「子どもあり」の男性について、さらに詳しく見ていきましょう。なぜならば、年齢によって直面する状況が異なってくるためです。

例えば、比較的若い未婚者であれば、お金や時間を自分の裁量で使うことができ、必ずしも幸福度が低下する状況にはない可能性があります。これに対して、高齢の未婚者の場合、特に男性において社会的に孤立するケースがあるため、幸福度の低下が大きい恐れがあります。

また、子どもがいる場合、子育て期では金銭的・肉体的負担が大きいですが、子どもが巣立った後は逆に子どもからの支援が得られるケースもあるため、プラスの側面が大きくなる可能性があります。

このように、年齢層によって未婚者と子持ちの人々の直面する状況は違ってきます。この点を確認するために、未婚者と子持ちの人々を50歳未満と50歳以上の2つのグループに分け、幸福度の推移を分析しました。

その結果、幸福度の低下が特に顕著だったのは、「50歳以上の高齢未婚男性」と「49歳以下の子持ち男性」だとわかりました(*3)

高齢未婚男性と子育て期の男性の幸福度が特に低下し、その結果、男女間の幸福度の差が拡大したのです。

高齢未婚男性と子育て期の男性の幸福度が低下した理由

高齢未婚男性と子育て期の男性の幸福度が低下した原因には、いくつかの可能性が考えられます。

まず、高齢未婚男性ですが、家族と住むのではなく、独居の場合が多いと予想されます。そして、独居高齢者は社会的な孤独に陥りやすく、幸福度も低下しやすいと指摘されています(*4)

次に子育て期の男性ですが、2つの可能性が考えられます。

1つ目は、低経済成長率を背景とした所得の伸びの鈍化や非正規雇用の増加を受け、世帯の経済状況が悪化し、子どもを養育する負担が重くなっている可能性です。

所得が順調に伸びるわけではない現代の日本の状況下において、子育ての金銭的負担がのしかかり、幸福度を押し下げている可能性があります。

2つ目は、共働き世帯の増加によって若年層を中心に子育て負担が増加し、仕事と家庭の両立負担が増え、その結果として幸福度が低下した可能性です。

仕事をがんばらなければならないけれど、家事・育児負担も増えている。これまで女性が抱えてきた負担を男性も徐々に担うようになり、それが幸福度を押し下げている可能性があるのです。

この点に関連して、日本に根強く残る性別役割分業意識も男性の幸福度低下の原因の一つになっている可能性があります。

日本では他の先進国よりも「夫が大黒柱として稼ぐべし」という考えが強く、仕事を頑張るプレッシャーが大きいと言えます。これは育児に積極的な男性への風当たりの強さにつながり、子育て期の男性の負担感やストレスを増大させていると考えられます。

(*4) Matsuura, T., & Ma, X. (2021). Living Arrangements and Subjective Well-being of the Elderly in China and Japan. Journal of Happiness Studies.

男性の幸福度低下は今後も続く可能性がある

これまで見てきたように、2003年から2018年までの日本の幸福度の変化において、「男性の幸福度の低下」が目立っています。

中でも注目されるのが高齢未婚男性と子育て期の男性です。未婚率の上昇と共働き世帯の上昇が続いているため、今後もこれらの男性の数が増加すると予想されます。

これは男性の幸福度の低下に拍車をかける恐れがあるため、今後その動向を注視する必要があると言えるでしょう。