子育てや新人の育成で、悩みの種になるのが「叱り方」です。臨床心理士で公認心理師の村中直人さんは「まわりからは『きちんと叱れ』『叱らず育てろ』と、相反する圧力がかかる。いずれのメッセージからも、『叱る』という行為が過大評価されていることがわかる」と指摘します――。(第1回/全3回)

※本稿は、村中直人『〈叱る依存〉がとまらない』(紀伊國屋書店)の一部を再編集したものです。

小学生を叱る女性
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叱らないと叱られる

「叱る」について考える一番初めの入り口として、まずは「叱る」が社会で強く求められている現状からお話しします。「叱らないと叱られる」、そんな言葉や圧力が、この社会にはたくさん存在しています。

こんな台詞を聞いたことはないでしょうか?

「最近は、きちんと叱れない人が増えていて問題だ」
「叱ると怒るの区別がついていない人は、困ったものだ」
「真剣に叱ることが大切なのに、甘やかしてしつけを放棄する人がいる」

こういった発想は社会のいたるところにみられ、その結果「叱らないと叱られる」状況を生み出しているようです。

例えば、電車内やレストランなどの公共の場所でお子さんがなんらかの不適切な行為をしたとします。大きな声で騒いでしまったのかもしれませんし、お店のものを勝手に触ってしまったのかもしれません。

そのときに、一緒にいる保護者が第三者にわかるように「叱る」という行為をしなかった場合、冷たい視線が周囲から突き刺さることでしょう。「しっかり叱りなさいよ!」そんな心の声が聞こえてきそうです。そのため、本心では「きつく叱りたくなんてない」と保護者が思っていたとしても、周囲の圧力を感じてパフォーマンスとして叱る、ということも少なからずあるかと思います。

「叱る」姿勢は熱意や愛情の証拠?

このように「なぜもっときちんと叱らないのか!」と責められてしまう状況は、子育てをしている人なら誰しも身に覚えがあり、「甘やかさずに叱るべきだ」という社会的な圧力を、一度ならず感じたことがあるのではないでしょうか。保護者自身が積極的にそう考えている場合もあるでしょう。実際に私も、「きちんと叱れていない」と悩んでいたり、「叱らなければ、きちんと育たない」と考えていたりする方にたくさん出会ってきました。

こうした圧力がかかるのは、子育て中の保護者だけにとどまりません。例えば学校の先生やスポーツクラブのコーチが、「叱れない指導者(教育者)はだめだ」などと言われ、厳しい指導者、教育者がもてはやされる状況が一部で発生しています。厳しく叱る姿勢が、子どもたちへの熱意や愛情の証拠だと見なされているからです。そのため、「うちの子が言うことを聞かなかったら、厳しく叱ってやってください」「後々困らないように、厳しい先生に叱ってもらって根性をつけないと」というような発言をされる保護者は少なくありません。

逆に、きちんと叱れないような指導者、教育者は「未熟だ」「(指導する相手に)舐められているから、うまくいかないのだ」などと低く評価されることもあるかと思います。つまり、指導者、教育者側にも少なからず「叱らないと叱られる」プレッシャーが存在しているのです。

大人も子どもも叱られる

また、叱られるのは子どもたちだけではありません。大人だって叱られます。

例えば大人たちが働いている職場がそうです。なんらかの理由で部下が上司に叱られるという構図は、ごくありふれたものかと思います。ただし大人の場合、それは声を荒立てるような激しいものではなく、「注意する」「言い聞かす」とでも言い換えられるものが多いかもしれません。また近年では過度な叱責はよくないという考え方が、当然のこととして浸透している職場も多いでしょう。

しかしながら、「叱る」ことが日々求められている職場もまだまだ存在しています。そういった職場では、相手を激しく非難し罵る声が、当たり前のように飛び交っています。「部下を叱れない上司は、失格だ」「厳しく叱らないからうまくいかない」などと言われ、むしろ「叱る」ことが推奨されている場合も多いでしょう。そこでは、「叱る」ことで人を育てていると考えられているからです。そのため、ミスをすればきつく叱責しないといけませんし、成果が出ていなければ怒鳴りつけて危機感を植え付けなければいけません。

また、講師が激しく叱りつけるような新入社員研修が好まれる場合もあるようで、そういった研修では、無意味に大きな声を出させたり、無理難題をふっかけたりしてなんとか叱る理由を作り出し、新人たちが泣き出すまで叱りつける「指導」が行われることがいまだにあるのです。

子どもにとっても大人にとっても、「叱る」という行為は身近なものであり、叱る側にも「叱らなくてはいけない」プレッシャーが少なからずあることが、おわかりいただけるかと思います。

「叱っちゃダメ!」もあふれている

一方で「叱ってはいけない」という考え方も、世の中にはたくさん存在しています。「叱る」を求める発想とは真逆ですが、こちらもよく浸透している考え方です。

書店に行って、育児や教育、人材育成に関連する書棚の前に行くと、「叱らずに、ほめましょう」という趣旨の本がたくさんあります。少なくとも「たくさん叱りましょう! 叱ることは効果抜群です!」などという本はまず見かけません。上手な叱り方という趣旨の本はありますが、その場合でも「ほめ方、叱り方」と両方が書かれていることが多いかと思います。本だけでなく、育児や教育の専門家が行う講演や相談においても同様です。

この「叱らずにほめる」という文脈では、「叱る」を否定するメッセージが強調され、「叱る」はしてはいけないことだと語られることが多くなります。つまり「叱っちゃダメ!」という価値観もまた、ごくありふれたものなのです。

一歩、外に出ると「叱らないと叱られる」のに、一方では「叱っちゃダメ!」が当たり前とされる、そんな矛盾が私たちを取り巻く社会に存在しています。

子供に拍手する両親
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「叱る」は過大評価されている

「叱らないと叱られる」のに「叱っちゃダメ」と言われる矛盾を私たちはどう考えればよいのでしょうか? 大切な視点として、両者の背後には「叱る」への過信があると私は考えています。

叱らないと叱られる。

この裏側には「叱ることには大いに効果があり、(子育てや教育、人材育成において)必要なのだ」という認識があるはずです。そうでないとわざわざ「叱る」を推奨する必要がないからです。

でも実は、「叱る」にはそんなに大した効果はありません。少なくとも、「叱る」による人の学びや成長を促進する効果は、世間一般に考えられているほどではないのです。

一見するととても「効果があるように感じる」だけで、実は課題解決にはあまり役に立っていません。「叱る」という行為の効果は、実際よりも過大評価される傾向があるのです。それどころか、効果よりもはるかに大きな弊害が生じていることが、さまざまな研究により近年盛んに指摘されています。

やめたいのにやめられない

「叱っちゃダメ」と叱られる。

読者のみなさまの中には「叱るのがダメなことは知っている」「何を当たり前のことを言っているのか」と感じた方もいるかもしれません。なるほど確かに「叱る」を禁止する考え方もまた、広く普及しています。

しかしながら実は、この「叱っちゃダメ、ほめましょう」という主張にも注意が必要です。「叱る」という行為を単純に否定し、絶対にしてはいけないと強調すること、そして「叱る」に代わる行為として「ほめる」を推奨すること。よくあるこういったメッセージは、それ自体が間違っているわけではありませんが、叱っちゃダメと言われたからといって、はいそうですかと「叱る」をやめることができる人はあまりいません。むしろ「どうしたらいいのかわからない」となってしまう場合が多いように思います。

「叱る」をやめたくてしかたがないのにやめられず、迷い彷徨ってしまう人がたくさん生み出されてしまうのです。

例えば、よくないことを何度も繰り返すお子さんを目の前にして、または同じようなミスや失敗を繰り返す部下に困り果てて、「叱っちゃだめなら、どうすればいいの? こんな状況でほめられない!」と頭を抱えてしまう人の姿は、容易に想像できるかと思います。

「叱る人を叱る」のはなぜ役に立たないのか

また、安易な「叱っちゃダメ」というメッセージは「叱る人を叱る」発想になりやすいという問題もはらんでいます。「叱る=悪、だめなこと」という気持ちが強くあればあるほど、「叱っている人」を見るとそのことを許せない気持ちになります。そして、「叱っちゃだめでしょ! なぜそんなことをするの?」と叱る人を非難したくなるのです。

村中直人『〈叱る依存〉がとまらない』(紀伊國屋書店)
村中直人『〈叱る依存〉がとまらない』(紀伊國屋書店)

けれど考えてみてください。先ほど、叱っても学びや成長にはあまり役に立たないとお伝えしました。そう考えると当然、「叱る人を叱る」こともまた、あまり役に立ちません。相手に「叱る」ことをやめてもらうという、課題解決の効果は高くないのです。

こういった、単純で無邪気な「叱る」の否定がうまくいきにくいのは、なぜ叱らないほうがよいのか、その理由が誤解されていることが多いからなのです。

子育てや保育・教育・人材育成の現場にいる支援者、教育者、管理者は、テキストや講義、研修などを通じて繰り返し「叱っちゃダメ」と言われる機会があり、耳にタコができている人も少なくないかと思います。でも、本音では次のように思っているかもしれません。

「叱っちゃいけないのはわかる。叱られるのは確かにかわいそう。でも結局叱らないとわからないし伝わらない」
「叱っちゃダメなんて言う人は、現場のことをわかっていない。叱らずに済ますことなんてできない」

こういった考え方に共通しているのは、「叱ることには効果があるが、やらないほうがいい」という認識です。つまり、ここでもやっぱり「叱る」ことの効果が過大評価されているのです。しかしながらこの認識は誤りです。

効果がないのに弊害が大きい

「叱る」をできるだけ避けたほうがいい第一の理由は、倫理的、道徳的なものではなく、単純に効果がないからです。そして効果がないわりに、副作用としての弊害は大きいのです。

「叱る」とうまくつきあっていくためには、広く浸透している「叱る」への過信から卒業することが必要です。そのために、まずは「叱る」にまつわるさまざまなメカニズムを理解しなくてはいけません。