新型コロナの感染拡大の影響でワークとライフの関係は大きく変わり、ワークライフバランスという考え方は合わなくなっている。これからの時代、優秀な部下の退職を防ぐ“2つの姿勢”とは――。

「ワークライフバランス」から「ワークインライフ」へ

日本企業では、主として、ダイバーシティ&インクルージョンや女性活躍推進の一環で、ワークライフバランス(仕事と生活の調和)を推進してきました。

ワークライフバランスにおけるライフは文字通り「生活」ですので、学びや趣味、地域活動など様々な側面がありますが、実際に企業が行ってきたのは、育児や介護などいざというときに仕事と両立できることを意図した環境整備の施策が中心でした。実際に、厚生労働省の調査によると、女性の育児休業の取得率は、83%と8割を超える高い水準で推移しています。育児休業は基本的には職場復帰を想定してのものですので、出産後も働き続けたい人が働き続けられる環境や風土は整ってきました。

しかし、ワークライフバランスという言葉は、仕事と生活を天秤にかけることを想起させます。ワーク(仕事)だけがライフ(生活)から切り離されて表現されていることからもわかるように、「仕事か生活か」はある種、対立構造にあったのです。

この構造は、リモートワーク、なかでも在宅勤務に影響を与えていました。それはリモートワークが基本的には育児、介護など、生活への配慮が必要な人に限定的、時限的に認められるケア施策と位置づけられることにつながったのです。

しかし、新型コロナの発生に伴い、多くの人が在宅勤務をはじめとしたリモートワークを経験することになりました。現在もリモートワークを続けているかは別として、リモートワークを一定期間経験したことにより、次のようなことを感じたり、行ったりしている人も多いのではないでしょうか。

自宅のリビング ルーム
写真=iStock.com/kohei_hara
※写真はイメージです

・家族と過ごす時間が増えてうれしい
・家族の分も昼食を用意するなどの家事が増えている
・通勤がなくなり歩かなくなったので、別のかたちで運動を行っている
・子どもの様子が気になって仕事に集中しづらい
・出社や転勤など、これまで当たり前だったことに、ふと疑問を持つようになった
・仕事はもちろん大事だが、人生でもっと大事にしたいことがあることに気がついた

良くも悪くも、生活の中に仕事が取り込まれました。これがいわば「ワークインライフ」です。

「ワークインライフ」がもたらすマネジメントへの影響

このワークライフバランスからワークインライフへの移行は、リモートマネジメントを考えるうえで、どのような影響があるのでしょうか。それは、生活空間に仕事が取り込まれることで、メンバーには仕事に集中できる環境を自分で整える責任が生まれたということです。

たとえば、インターネット環境やヘッドセットなど在宅勤務用のツールを整えたり、同時期に在宅勤務になったパートナーのオンラインミーティングと自分のオンラインミーティングの場所や時間を調整したりする必要がでました。また、通勤やオフィスに行くという物理的な変化がないため、オン/オフを自分で切り替える必要もあります。それがうまくいかないことで、働き過ぎたり、思ったより仕事が進まなかったりするメンバーも出ています。

一方で、リモートワークの進展で、家族と過ごす時間が増えたり、新たな趣味を始められたりと、生活が充実するメンバーもいます。このような日々を過ごすことで、仕事が、生活の様々な要素の1つに過ぎなかったと感じるメンバーも出てきたのです。マネジャーにとって、メンバーが仕事に注力する意識づけや環境整備は難しくなりました。「ワークライフバランスからワークインライフへの移行」によって、リモートでのマネジメントには、次の要素が加わったと言えます。

●生活の中で、仕事に集中できる環境をつくるという、メンバーの新たな負荷を理解すること
若い母親は彼女の子供と家の中の作業
写真=iStock.com/monzenmachi
※写真はイメージです

また、ワークインライフは、仕事とメンバーの関係性に新たな気づきをもたらしました。それは、仕事はメンバーの活動の一部であり、メンバーの持つ顔の一つに過ぎないということです。もちろんメンバーにとって、仕事の重要性が下がったというわけではないのですが、仕事と同じくらい大事な自分の顔があるということに気づいたメンバーが出ているということです。

よってこの「ライフを大事にする」は、新たに意識して行う必要が出てきた領域にあたるでしょう。ちなみに、この対象には、メンバーに加え、マネジャー自身も含まれます。

優秀な部下の退職を防ぐための2つの姿勢

お伝えしたいのは次の2点です。

●生活と折り合いをつけながら仕事をしているメンバーの状況に配慮する
●メンバーが仕事以外の場で、知見を拡げ、深めることを奨励する。

1つ目は、メンバーの状況への配慮です。メンバーが自宅で働いている様子を思い浮かべて、配慮することが大事です。

(例)
「△△さんのおうちには赤ちゃんがいる。電話をかけるとお昼寝した赤ちゃんが起きてしまうかもしれないので、電話をしていいかをチャットで確認しよう」

ここ数年、働き方改革の一環で、時間外労働の削減で捻出した時間を、学びの充実に充てよう、趣味の時間に充てようといった取り組みをする企業が出てきました。こうした、仕事以外の顔を充実させよう(個人内多様性とも言います)という動きは、学びのオンライン化や副業解禁と相まって、さらに加速するでしょう。

リモートワークが進展させたオンラインの機会創出によって、あなたのメンバーも社外の人とつながりやすくなりました。そして、メンバーの社外流出が起きやすい状況に直面しています。すべての社外流出をなくすことはできませんが、今後もっと自社で活躍してほしい人に留まってもらう方法が考えられます。それが、メンバーの様々なチャレンジを応援することです。今の会社にいながら、副業、ボランティア、学び、趣味、地域活動などの顔を充実させることを推奨するのです。メンバーにとっても、会社に所属しているというある種のセーフティネットを持ちながら、様々なことに挑戦できる環境はプラスになるでしょう。

「花びらモデル」で考えるマネジャー自身のライフ

もうひとつのポイントが、マネジャー自身のライフを大事にすることです。図表2「花びらモデル」は、労働時間を短縮した先に、どのような時間を豊かにしたいのかを考えるときに利用できるワークシートです。

武藤久美子『リモートマネジメントの教科書』(クロスメディア・パブリッシング)
武藤久美子『リモートマネジメントの教科書』(クロスメディア・パブリッシング)

仕事以外の顔(花びら)を持つ方はたくさんいると思います。それらの顔を大事にして、メンバーにも示してください。マネジメント業務の余った時間で仕事以外の顔を充実させるのではなく、先にそうした時間を確保しても良いと思います。20代のメンバーと40~50代のマネジャーへの調査結果によると、「仕事人間」「会社人間」な上司よりも、社外活動が充実しているほうが人間的に魅力があると思うと回答した割合は、20代メンバーの方が高く、マネジャー自身が思うより、若いメンバーから魅力的に映っているのです(リクルートマネジメントソリューションズ「ボス充実態調査」2017年)。

「これからのマネジャーは、マネジメントもしっかりやりつつ、ライフも充実していないと認められないのか……」と負担に思うのではなく、「自分が、社外活動も含めて楽しみ、心身の健やかさを保ちながら組織での役割を果たすことは、会社やメンバーのためにもなる」と思っていただけたら幸いです。