あきらかな発達障害とは診断されなくても、本人が困っている「グレーゾーン」のケースがあります。精神科医の岡田尊司さんは「グレーゾーンと判定されるケースで多いのは、コミュニケーション能力自体は問題がないのに何となく人づき合いを避けたり、自分からは会話をしないというケース」といいます――。

※本稿は、岡田尊司『発達障害「グレーゾーン」 その正しい理解と克服法』(SBクリエイティブ)の一部を再編集したものです。

真っ二つに割れた大きなコンクリートの球体を押し戻そうと奮闘するビジネスマンとビジネスウーマン
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人とのちょうどいい距離感がつかめない

ASD(自閉症スペクトラム症)の診断には至らないものの、本人が困っているというケースで多いのは、相互の対人的情緒的な関係も可能で、非言語的コミュニケーションにあまり問題が目立たず、社会的スキルの障害のみが見られるというケースだ。

難しい場面にならなければ、ボロを出すこともなく、周囲も問題に気づかないのだが、少し難易度の高い社会的場面になると、話のもっていき方がぎこちなくなったり、適切な話題が見つからず言葉につまったりする。

仕事のやり方がわからず、上司に聞きたいのだが、どのタイミングで話しかければいいかがわからず、なかなか聞けなかったり、タイミングを間違って上司の機嫌を損ねてしまったりする。電話の受け答えも、言葉遣いが適切でなかったり、言い回しがぎこちなかったり、話を聞き落としたりして、クレームにつながることもある。

社会的スキルが低い人は手紙の書き方でわかる

社会的スキルの高い低いは、メールや手紙の文面にも表れる。社会的スキルの低い人では、形式的な挨拶を書くのが精一杯で、気の利いた時候の挨拶や相手を気遣うような言い回しがほとんどなく、いきなり自分の言いたいことや用件だけを書くことが多い。

敬語の使い方もどこかぎこちなく、格式張りすぎるか、馴れ馴れしすぎるか、どちらかになってしまいがちだ。ちょうどよい距離感で表現するということができないため、読んだほうは、微妙な違和感を覚えてしまうのだ。

ただ、こうしたスキルの問題は、大部分はトレーニングによって改善できる。とくに仕事に関係する部分については改善しやすい。問題は、どうしても気が緩んでしまう家族とのコミュニケーションやプライベートの関係だ。ふとした拍子に、相手の立場に立った共感や配慮を忘れてしまい、相手の逆鱗げきりんに触れてケンカが絶えなかったり、冷ややかな関係になってしまったりする。

コミュニケーション能力はあるのに人づき合いを避けてしまう人

もう一つ、グレーゾーンと判定されるケースで多いのは、コミュニケーション能力自体は問題がないのに何となく人づき合いを避けたり、自分からは会話をしないというケースだ。また、コミュニケーションはとっていても、心から親しみを感じたり、気を許したりということがなく、表面的な関係から進展しないというケースもある。

自閉スペクトラム症の社会的コミュニケーションの障害の一つに、「相互の対人的情緒的関係の欠落」という項目がある。これは言い換えると、人と親しくなり、心を通い合わせることの障害だと言える。この障害が一番わかりやすいかたちで表れるのが、友だちができにくかったり、友だちがいないということだ。

しかし、この要件は、自閉スペクトラム症の二つの要件(こだわり症と社会的コミュニケーション障害)のうちの一つに含まれる、三つある症状の一つに過ぎない。この症状が認められたからといって、自閉スペクトラム症と診断されるわけではないのだ。ほかの要件が満たされなければ、該当せずということになる。

心を許した友だちなどいなくても、そつなく言葉を交わし、社会人として問題なく振る舞える人もたくさんいる。彼らは、ASDどころか、社会的コミュニケーション障害さえない。しかし、他者と親しくなり、気もちを共有するという能力が欠落しているか、低下している。コミュニケーション能力自体は備わっているのに、人と親しまないのはどうしてだろうか。

人と親しめない「非社会性タイプ」と「回避性タイプ」

親しい交わりを避けるという場合には、大きく二つの場合が考えられる。一つは、非社会性という傾向をもつ場合で、もう一つは回避性という傾向をもつ場合だ。

非社会性のタイプには、対人交流よりも孤独を好むという傾向があり、それは人と交わることに喜びを感じにくいためだと考えられる。その代表が、シゾイドパーソナリティ(障害)で、根っから孤独好きなタイプだ。

それと、似ていて少し異なるのが、回避型愛着スタイルである。シゾイドパーソナリティ障害はASDがベースにあると考えられ、生得的要素が強いのに対して、回避型愛着スタイルは、ネグレクトや、温かい情愛の欠けた、または、過度に干渉的な養育環境で育ったことが要因として大きいとされる。

つまり、ASDのグレーゾーンというよりも、原因が異なる別のものである。回避型愛着スタイルは人の愛情や関わりを求めないことで、バランスをとっている。他人を必要とせず、自分だけで満足できるので、孤独でも安定している。逆に言えば、このタイプと心が通った関係をもとうとしても、本人は求めていないので、すれ違いになりやすい。

キスをしようとしている男性と、やめるようにジェスチャーで示す女性
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夫婦になっても親密さを回避しようとする

シゾイドパーソナリティ障害の場合には、情感や表情も乏しく、冷たく無関心な傾向が目立つが、回避型愛着スタイルでは、そこまで冷たい印象ではなく、一見社交的な雰囲気を醸し出している場合もある。

しかし、つき合いはじめると、距離がなかなか縮まらず、プライベートなつき合いに至らなかったり、つき合い出しても、一向に親密度が深まらないことも多い。結婚とか、家庭をもつことにも消極的だ。基本、誰にも縛られない、マイペースな生き方を好む。

異性を、性的欲求を満たすためだけの道具のようにみなしている場合と、性的関心そのものが乏しく、恋人関係や夫婦関係になっても、ほとんど性的交渉をもたない場合もある。

もう一つの回避性のタイプ(回避型愛着スタイルとは異なるので、注意)は、本当は社交や親密な関係を求めているけれども、笑われたり、拒絶されたりするのが怖くて、自分から行動を起こせないタイプだ。正確には、回避性パーソナリティ(障害)と呼ばれる。

こちらは、心の奥底では求めているので、親密な関係になるまでのハードルは高いものの、いったん親密になると、相手に依存することも多い。回避性パーソナリティの場合、ベースにある愛着スタイルとしては、回避型ではなく、恐れ・回避型愛着スタイルが多いのも特徴だ。

「回避型愛着スタイル」は世界中で急増中

ヨーロッパのある研究では、若年成人の三割が回避型愛着スタイルを示したとの報告(※1)がある。その割合は増加傾向で、日本でも三割程度の大学生が回避型愛着スタイルに該当(※2)したというデータもある。その比率は、さらに高まり続けていると考えたほうがよさそうだ。

回避型愛着スタイルがASDと見紛われるケースも多い。ASDが大幅に増えている一因として、回避型愛着スタイルの子どもや大人を、ASDと診断してしまっている可能性がある。

回避型愛着スタイルは幼いころからの関わりによって、予防できると考えられる。できるだけ応答を活発にし、子どもの反応に、親や周囲の大人が豊かに反応することで、安定型の愛着を育むことを助けられるのだ。

岡田尊司『発達障害「グレーゾーン」 その正しい理解と克服法』(SBクリエイティブ)
岡田尊司『発達障害「グレーゾーン」 その正しい理解と克服法』(SBクリエイティブ)

成人となってしまった場合には、改善は難しくなるが、まったく不可能というわけではない。共感性や応答性の豊かな人が近くにいて、共感的な応答を活発に返すことで、愛着スタイルは徐々に変化し得る。専門の心理士が行うトレーニング・プログラムもある。

ただ、回避型愛着スタイルは、冷たくなる一方の世界に順応していくための結果であるとも考えられ、本人もあまり困っていない場合には、そもそも改善する必要があるのかということになる。

回避型愛着スタイルのほうが、明らかに悩みや苦しみは少なくて済むからだ。困るのは、本人というよりも、たまたまその人を好きになった恋人や、パートナーとなってしまった配偶者ということが多いのである。

(※1)Bakermans-Kranenburg & van IJzendoorn, “The first 10,000 Adult Attachment Interviews: distributions of adult attachment representations in clinical and non-clinical groups.” Attach Hum Dev. 2009 May;11(3):223-63.
(※2)松本姫歌、岡林睦美「青年期における愛着スタイルと母子イメージの関連 質問紙と母子画を用いての検討」広島大学心理学研究 第9号 2009