部下の突然退職、突然のパフォーマンス低下……。事前に気づくことはできないものか。表情分析のプロである清水建二さんは「大丈夫です! と言う部下の表情をよく観察すれば、心の状態を察することができます。怒り・嫌悪の表情、左右非対称の表情や、鼻から上が動かない表情は注意が必要です」という――。

※本稿は、清水建二『裏切り者は顔に出る 上司、顧客、家族のホンネは「表情」から読み解ける』(中公新書ラクレ)の一部を再編集したものです。

会議
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「自分は良いことを言った!」と思っているときが一番キケン!

某大企業に所属する会社員から、「私には交渉力があるんですよね。だから私は起業しても絶対、上手くやる自信がある」という言葉を聞いたとき、「それは、あなたに交渉力があるのではなく、会社の看板のおかげでしょう」とツッコミたくなったことがあります。なぜなら、私からみてその人物の交渉力は至って普通。

ですが、その彼が所属する企業は、国内外にブランド名を浸透させている老舗で、商品に対するステータスや信頼を確立している事実があります。

また、某キー局のテレビディレクターが、「私のコミュニケーションセミナーは、比類なきもので局内の部下たちに絶賛されている」と著者に何度も言うので、その社内向けのセミナーを受講させてもらったことがあります。

セミナー受講後、「キー局のディレクターという肩書きは、これほどまでに人を裸の王様にしてしまい、周りを沈黙させてしまうのか」と思ったことがあります。なぜなら、そのセミナー、至極凡庸な内容だったのです。「会話はキャッチボール」「コミュニケーションにおいて言葉は7パーセントの力しかない」「笑顔が大切」……等々。絶賛ポイントがわかりませんでした。

自らの実力を過大視してしまう理由

心理学的に様々な説明が可能ですが、ひとえに、周りの方からのフィードバックを適切に受けていないことに起因すると考えられます。

主従関係を含め、立場や地位の違いと感情表現には、次のような傾向があります。地位の区別があまり明確でない文化圏(例えば、アメリカ)に比べ、地位の区別が明確な文化圏、例えば、ここ日本では、地位の低い者が高い者に対して、ネガティブな感情を向けることは憚られます。上位の者にネガティブな感情を向けることは、主従関係の調和を乱す恐れがあるからです。逆に、ポジティブな感情――繕ったものであるにせよ――を向けることは推奨されます。ポジティブな感情は、調和を保つことにつながります。また、敬意を示したり、歓心を買うことにもなります。

一方、地位の高い者が低い者に対して、ネガティブな感情を向けることはタブーではありません。自分自身の地位の高さを誇示するのに役立つからです。このような暗黙的な表現に関わるルールは、表示規則と呼ばれています。

先ほどの2名は、大企業と取引先、局内のディレクターと部下、という関係において、全て立場が上です。彼(女)らが自画自賛するとき、取引先、部下らは、ストレートに感情を示すでしょうか。正直にものを言うでしょうか。ネガティブな感情や感想があったとしても、その本音は表示規則に隠されてしまうと考えられます。

相手は本音で話していますか?

「自分は良いことを言った!」「自分は凄い」と思っているとき、そして、相手がそれに同調してくれるとき、その同調は、本音でしょうか。それとも、相手との立場の違いからそう見せているだけでしょうか。冷静に見極める必要があります。

「自分は高い地位にいないから関係ない」「常に人とは対等な目線で接しているから関係ない」と思っている方も要注意。

日本人を含めアジア的な価値観のもとでは、地位の違いだけでなく、集団の調和にも敏感です。集団の調和を乱さないようにネガティブな想いがあっても、ポジティブに振る舞う傾向にあるのです。自分に自信があるときこそ、勢いのまま突き進むのではなく、相手がどう思っているか、慎重になる必要があると思います。

“突然の退職”が起きる前に、部下が発する警告サイン

・やる気のあった部下のパフォーマンスが突然、低下
・信頼していたプロジェクトのメンバーが突然、「プロジェクトを抜けたい」と言い出した
・優秀な部下が突然、退職したいと言い出した!
・仕事を何でもバリバリこなしていた部下が突然、心の病に……

仕事が「突然」出来なくなる、仕事から「突然」離脱する、会社を「突然」辞める……これ全部、「突然」ではありません。

退職願
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私たちは、「○○を達成しよう」と目的を持ったとき、それに向かい、自身を奮い立たせ、日々、努力や工夫を重ねます。多少の障害があっても、それを乗り越えたり、回避したりし、目的に邁進する強さを持っています。

しかし、それが自分の力ではどうにもならないと感じるとき、心を守るために活動を停止するのです。それが傍から見ると「突然」に見えるだけです。本人の心の中では、活動を停止するまでの過程で様々なフラストレーションやわだかまりが生じているのです。よくよく観察していれば、その「突然」が起きる前に警告サインが何度も発せられていた可能性があります。

相談できる余裕があれば前兆に気づけた可能性

部下・同僚・上司間に、事あるごとに相談出来るような時間的・精神的余裕があれば、こうした前兆に気づくことができたかも知れません。

しかし、部下・同僚からすれば、「こんなこと上司・同僚に相談していいのかな?」と躊躇してしまい、結局、「突然」が起きるまで溜め込んでしまうのです。上司からすれば、「そんな大きな決断をする前に、そんな大きな問題に発展してしまう前に、一言、相談してくれたらよかったのに」と思う方もいるでしょう。

それでは、どうすれば部下や同僚の本当の気持ちを理解することが出来るでしょうか。

「大丈夫です!」には要注意

何に注目すべきかは、コミュニケーションが行われる状況や、抱える問題によって変わります。発せられている言葉と動作が一致しているか否か、不自然な表情は生じていないか。

清水建二『裏切り者は顔に出る 上司、顧客、家族のホンネは「表情」から読み解ける』(中公新書ラクレ)
清水建二『裏切り者は顔に出る 上司、顧客、家族のホンネは「表情」から読み解ける』(中公新書ラクレ)

部下に「大丈夫か?」と声をかける。すると部下は「大丈夫です。自分はストレスに強い方です」と応える。

しかし、その言葉に具体性が伴っているか等々に気を配る必要があるでしょう。

ここでは、心にわだかまりが生じている、心が弱っている状態を察するためのポイントを説明したいと思います。

それは、怒り・嫌悪の表情、左右非対称の表情、鼻から上が動かない表情です。

自身が属する集団にいる人々の怒り・嫌悪の表情・微表情を読みとれるか否かは、その集団に上手く馴染むことが出来ているか否かに関わっています。

怒りや嫌悪の表情・微表情は、私たちの大切にしたい価値観を反映しているからです。怒り感情は、不正義や目的達成を邪魔する障害が原因になって引き起こされます。

嫌悪感情は、不快なヒト・モノ・言動が原因になって引き起こされます。コミュニケーションをする中で部下や同僚がどんな場面で怒りや嫌悪を感じているかを知ることで、相手の価値観がわかります。

相手が不快になることはしない、あるいは、どのように伝えれば、相手の価値観と共存できるかを考えるきっかけとなるでしょう。

言葉だけではなく「表情」に注意する

特に、部下や同僚の意見を批判する必要があるとき、彼(女)らの表情をよく観てみましょう。怒りや嫌悪が浮かんでいたら、価値観を害されたと感じている可能性があります。

彼(女)らの言い分をよく聞き、それでも批判が必要ならば、彼(女)らの見解を理解したことを示した上で、言うべきことを伝えるとよいでしょう。価値観に関わることがなおざりにされてしまうことが続けば、その環境・集団で自分らしく仕事し続けることは難しいでしょう。そのうち辞めてしまいます。

左右非対称の表情は、本心が顔に表れるのを防ごうとするがゆえに表れる表情。端的に言えば、感情がコントロールされているときの表情です。脳の中で本当の感情とそれを出すまいとする制御機能が混線すると、表情筋が左右非対称に動くのです。部下が健康状態や未来の話をしているときに、左右非対称な表情で「大丈夫です!」「プロジェクトは、計画通り問題なく進んでいます」といった発言をしていたら、本心とは裏腹のことを言っている可能性があります。

心の状態は「眉の動き」に出る

鼻から上が動かない表情は、メッセージを伝える・受け止める意志の弱い、感情が死んでいるときの特徴です。会話をするとき、普通、私たちの眉は動くものです。眉を上げて、話している語彙やフレーズを強調したり、眉を下げ、不同意を示したりします。

メッセージを伝えたり、受け止めたりするとき、私たちは、意識・無意識問わず、眉を動かすのです。しかし、それがないということは、そうした意志が弱まっていることを意味します。感情が死んでしまっている場合すら考えられます。部下・同僚の顔に表情がないとき、口は動くが眉は動かない、そんな表情を見たとき、その部下・同僚の心は弱っている可能性があります。