※本稿は、清水建二『裏切り者は顔に出る 上司、顧客、家族のホンネは「表情」から読み解ける』(中公新書ラクレ)の一部を再編集したものです。
商談相手が提示した予算は本当か
営業や商談に臨むとき、「相手の予算はどのくらいだろうか」「提示された予算は本当だろうか」「取引価格以外の交渉事項、例えば、購入量や支払時期などを条件に取引価格を引き上げることが出来るだろうか」等々、考えると思います。
買い手の表情を観察することで、買い手の本音を推測することが出来ます。具体的に説明します。
ある商品の売買交渉で、売り手A社は次のように考えているとします。
「弊社が取り扱うある商品の最低卸売り可能価格は、単価2600円。商談時には、卸売り価格を3000円から始めるようにしている。大量購入や継続取引などの条件次第で最大2600円まで値下げする。しかし、買い手が、初期設定価格の3000円で納得していれば、単価3000円で卸す」
一方、買い手は次のように考えているとします。
「商品をA社から購入したいと考えている。単価2800円以下ならば、購入する。同様の商品を扱うB社とは商談済みで、単価2800円で購入できることがわかっている。なるべく安く購入したい」
以上の条件から、価格交渉が成立する幅を整理します。売り手は、売値が2600円より下回ったら、売りません。損をするからです。買い手は、買値が2800円より高くなったら、買いません。損をするからです。代わりにB社から買います。
両者にとっての価格交渉ができる幅は、2600円から2800円になります。
このように、「価格交渉の幅を両者が知っていれば、適切な交渉を設計できる」と既存の交渉理論は教えます。
「言葉」だけで買い手の気持ちを理解する難しさ
まず、売り手の立場になってみて下さい。商品の相場感からある程度、先方の買値の上限がわかることはあり得ますが、ハッキリしていることは稀でしょう。では、どのように買値の上限を推測することが出来るでしょうか。
買い手に「ご予算はいくらですか」と教えてもらうか、あるいは、自社と同様の商品を扱う会社、ここではB社の卸値価格を何らかの方法で調べられれば、買値の上限がわかります。
しかし、買い手がその上限を正直に答えてくれるとは限りません。また、B社の卸値価格が調べられないこともあるでしょう。買い手が、B社に価格以外に何らかの付加価値を見出している、という可能性も考えられます。
「もう少し安くなりませんか」に含まれる真意をどう読むか
ここで表情の観察が役立ちます。
あなたはA社の社員で、売買交渉に臨んでいます。あなたの売値の下限は、2600円。しかし、買値の上限はわかりません。価格は相場感から2600円~3000円の範囲で変動していると予想しています。そこであなたは、利潤を最大にするため、「価格は3000円です」と買い手に伝えました。
買い手は、次のように答えます。
「他社さんの価格よりも高いですね。出来ることなら信用の高い御社と取引したいと考えています。もう少し安くなりませんか」
この言葉にはどんな心理が込められているでしょうか。買い手の微表情(0.5秒だけ人の顔に表れる無意識の表情)がヒントとなります。
このとき、買い手が、嫌悪の微表情を浮かべていれば、買値の上限が3000円より下と推測できます。そこであなたは値引きに応じます。
「○○個以上の購入で単価2750円、でいかがでしょうか? 購入数によってはさらなるお値引きも可能です」
2750円でも買値の上限を超えてしまっているときの予防策として、購入数による値引きもあり得るということを付け加えます。
この価格提示に買い手が、「もう少し単価を抑えられませんか。予算が限られておりまして」と言います。
図表1を見て下さい。これは、売買交渉実験中、買い手がまさにこのセリフを言い終わった瞬間です。買い手の顔を観てみましょう。口角が引き上げられ、口周りに力が込められているのがわかります。
表情を読み取る能力が高い人ほど、商品を高く売れる
口角が引き上げられる表情から幸福を読みとることが出来ます。口周りに力が込められるのは、表情を抑制しようとする働きです。
そう、買い手の顔を観ると、幸福の微表情を浮かべている。2750円で満足しているものの、それを隠し、さらなる値引き交渉が出来ないかと考えているのです。
そこで、買い手の立場を推し測り、2750円という価格に対し、敢えてさらに値引きしてみせます。
「ここからさらに特別に値引きさせて頂きたく存じます。今回の取引を機に、B社様と末永い関係を結べれば幸いです」
買い手が2750円で満足しているところ、さらに値引きをして、満足を倍増してもらうのです。買い手に譲歩することで、双方で継続的かつ安定的に利潤を得ていきましょう、というメッセージを伝えるのです。
表情を正確に読む能力が高い売り手ほど、売買交渉において商品を高く売ることが出来るというのは、科学実験から証明されている事実です。今後、営業や商談などの交渉事に臨む際、ぜひ相手の表情や感情の流れに注意してみて下さい。交渉相手の隠された意図が、微表情やその他サインから生じるかも知れません。
接待で相手の苦手なものを勧めてしまう人
私は仕事柄、接待を受けることも主催することもよくあります。私が主催の場合、接待で使うお店やコース料理を決める際は、まず相手の好みを把握するようにします。しかし、どんなに事前調査を怠らなかったとしても、相手の嫌いな食べ物が出てきてしまったり、食物の鮮度、あるいは調理法の問題で、相手の好みの食べ物だとしても満足頂けていない様子を察することがあります。
「察する」という言葉を使いました。それは、接待相手が好みに合わない食べ物に対し、「美味しくない」とハッキリ感想を言われることは稀だからです。多少美味しくなくても、否、不味いと感じていても、「大変、美味しいです」と言う。そして、本当に美味しいと感じていても、「大変、美味しいです」と言うものです。
ですので、この言葉を真に受けるわけにはいきません。私自身も例に洩れず、接待の席ではいつでも「美味しいです」と言います。取引先の方から接待を受けたときのことです。事前に食べ物の好き嫌いを聞かれたので、返答しました。
後から「あ、牛タンが嫌いなの伝え忘れていたな」と思いましたが、まぁ大丈夫だろう、と思っていました。
本音を言えない場こそ「言葉」を真に受けてはいけない
そんな折、連れて行って頂いたお店は、なんと牛タン専門店。牛タンメインのお店で牛タンを食べないわけにはいきません。勧められるままに牛タン料理を食べ、やっぱりこの風味苦手だな、と思いながらも感想を求められ、半笑いで「大変美味しいです」……。
なんとかその日は乗り切ったのですが、時を経て、また同じ相手から接待を受ける機会がありました。連れて行って頂いたお店は、別の牛タン専門店。
「清水さん、牛タンお好きだとおっしゃってましたよね。ですので、今度は、前回とは異なる趣向の牛タンのお店にお連れしたくて」
もちろんその方の気遣いは、大変嬉しいです。大変有難く感じます(ちなみに、私は、前のお店で牛タンを食べ、「美味しい」とは言いましたが、「好き」とは言っていません)。しかし、複雑な気分でした。
好き嫌いの表情はなにが違う?
どうすれば、接待相手の好き嫌いがわかるでしょうか。図表2を見て下さい。A、Bは、美味しい飲み物を飲んでいるとき、あるいは、不味い飲み物を飲んでいるときの表情の変化を捉えたものです。
この人物は、美味しいか、不味いかに関わらず、飲み物を飲み干してから「凄く美味しいです」と感想を述べています。矢印は、飲んだ直後から、「美味しい」と言うまでの経過を示しています。
本当に美味しいと感じているのはどちらでしょうか。
そう、ちゃんと顔に書いてあります。Aが不味い、Bが美味しいと感じたときです。Aでは、口角が引き下げられ、下唇は引き上げられるネガティブな表情をしています。その後、笑顔に移行しています。
Bでは、眉が引き上げられ、目が見開き、唇はプレスされつつややすぼめられています。その後、Aと同じく笑顔に移行しています。
目尻のしわに幸福感情がでる
AとBの笑顔の強度を比べても違いがわかります。A、Bともに口角は引き上げられていますが、Bでは、目尻にしわが生じているのがわかります。Aにはありません。目尻のしわは、真の幸福感情がある可能性が高いことを示します。
このように接待相手の表情をよく見比べることで、相手の好き嫌いがわかり、接待の満足度を上げることが出来るでしょう。
ところで、2回目の牛タン専門店の後日談があります。そこの牛タン、食べざるを得ず、頂いたんですね。そうしたら、絶品だったんです。嫌いな食べ物でも、店によって全然異なるのだという驚きを体験した出来事でした。