※本稿は、勝浦雅彦『つながるための言葉 「伝わらない」は当たり前』(光文社)の一部を再編集したものです。
人生で初めて他者から明確に否定される……それが就活
「ねえ、俺のどこが悪いんですかねえ。普通にやって、そこそこの大学に入って、それなりにやってきて、なんでこんな目にあわなきゃならないんすかねえ」――Aくんは力なく笑った。
人生で初めて他者から明確に否定される(ように感じる)としたら、それはいつでしょうか。おそらく就職活動でしょう。
高校・大学受験などにも面接はありますが、特殊な学校や推薦を除いて基本的には紙の上での学力メインでの選抜です。しかし、就職活動になるととたんに同世代の競争相手と同じテーブルに並べられ、出身学校のレベルだけではなく、意欲とか、論理性とか、ポテンシャルのような曖昧な基準で判定されていくことになります。
冒頭の世を儚んだ大学生は誰もが知る有名大学の文系学部に在籍していました。そして就活において希望企業20社に全落ちし、就職活動そのものをやめてしまうことになります。
後述しますが「なぜ彼がそうなったのか」を紐解いていくと、それは妥当な結果であり、同時に準備とやり方によっては希望を叶えることもできたであろうし、少なくとも後ろ向きに就活から退場していかなくてもよかったはずだと私自身後悔しました。
本書は「自分を言い表し、他者とつながる」ことを目的としています。多くの人にとって初めて自分自身について考え、否応なしに自分の言葉で他者と相対しなければならないのが、就職活動。
本稿ではそんな就活をテーマにしますが、これは人材流動性が高まっていく日本社会の中で、転職にも応用が利くものです。なぜなら、就活も転職も「自分の棚卸しを行い、それを整理して言葉にする」プロセスを踏まなければ成功しないからです。
まあ、要は「自己分析」が大事だという話なのですが、「なーんだ、自己分析なんてやっているよ」なんて思ったあなた! 本当にそのやり方は正しいですか? 人はあなたを理解してくれていますか?
15年間で2000人に伝授してきた就活の「3本柱&ギャップ理論」とは
もうかれこれ15年近く就職活動の指導をしています。主に自分の出身大学の学生に向けてやってきましたが、近年は他大学から頼まれて出向くことも増えました。始めた当初からずっとメモを取っていて、関わってきた学生さんは総数で2000人程度。これは講義形式、あるいはワークショップの参加人数を足し上げたものですが、だいたい講義を春夏に行い、就職準備シーズンの年末から年明けにかけてOB訪問が始まります。これが、正直大変です。
まず、人数がむちゃくちゃ多い。だいたい3カ月の間に50人程度、OB訪問の依頼が来ます。一応、会社員なので先着順に対応していきますが、とても回りません。後輩にお願いして振るにも限度があります。そこで、5年前くらいから、自分の指導方針をフレーム化し再現性を高めて、なるべく多くの学生さんに伝えることにしました。
私がつくったフレームは、「3本柱&ギャップ理論」といいます。
パッと聞いた印象はすごくダサいですよね。私だって最初は(仮)とつけて使っていました。しかし、だんだん耳慣れてきたので正式名称にしました。みなさんも、千回くらい音読したらきっと慣れるはずなのでやってみてください。バンド名やお笑いコンビの名前とおんなじで、最初はおかしな名称に感じても魅力と有用性があれば良い響きになっていくものです。
さて、フレームを説明する前に、そもそも就活とは何か? という私の考えをお話しします。
1 就活を端的に言い表すと
就活は、
Bである会社に(企業研究・OB訪問)
Cという理由で入りたい(志望動機・ビジネス企画)
というこのABC3点を、相対評価で伝えて理解させ選んでもらう戦いである、と私は定義しています。
さらに、時間軸という概念を付け加えれば、
Bである会社に(企業研究・OB訪問)→現在
Cという理由で入りたい(志望動機・ビジネス企画)→未来
という図式が成り立ちます。つまり、
「過去の自分が何をしてきたかを伝え、現在の自分がなぜその企業を目指すのかを明確にし、その企業で未来に何をしたいのか」
を伝えればいいのです。
面接官から土産話をもらうのではなく、こちらが提供する心意気
2 就活は相対評価である
1で就活を戦い、と表現しましたが、そこには2つの戦いが待ち受けています。
・他者(ライバル)との戦い
です。
自分との戦いは、自己分析・自己PR・志望動機などを練り上げていく作業です。これは結構辛いはずです。私も経験しているからわかりますが、日本の高等教育において「お前は何者だ」と教師が生徒にレゾンデートルを問いかける講義なんて聞いたことがありません。それが就活になるといきなり最重要課題になるわけですから、しんどいに決まっています。
一方、他者との戦いは、自分が通う大学以外の学生との戦いです。「面接で自分を語り切った」上で「他大学の学生と比較されて」、面接の合否は決まります。無論、最終面接にどんな大学の子が残るかなんて誰にもわかりません。
つまり、「自分を語り切る」だけでは面接には受からないのです。自己を研ぎ澄ますことは、必然他者との比較を含んでいます。あなたがもし人も羨む有名大学の出身ならばその心配は少ないかもしれません。しかし、有名大学ですら学内で熾烈な競争が繰り広げられています。
もしそうでない大学であるとしても悲観する必要はまったくないですが、その企業の採用の傾向をきちんと調べ上げ、もし自分の大学からあまり採られていないとしたら、やはり限られた椅子に自分をねじ込むための「周到な戦略」が必要なのです。
3 面接官と戦ってはいけない
試験を受ける側からすれば、ともすれば憂鬱になりがちな就活ですが、では買い手である企業の側の心情はどうでしょうか。想像したことはありますか? 受け手からすると威圧感たっぷりに品定めをされているように感じるでしょう。しかし彼らの思いは単純で「一緒に働きたい仲間を探している」だけです。
多くの企業が、筆記・数回の面接・グループディスカッションを経て内定を出すという方式を取っていて、面接官には多くの場合、段階的にその会社の若手・管理職クラス・役員クラスが配置されます。どの段階でも基本的な面接スタンスは同じ。「将来、こんな人と一緒に働いたら楽しそう、会社に貢献してくれそう」という学生を見つけようとしています。
就活は戦いと書きましたが、面接官と戦ってはいけません。
では、どうすればよいのか。
面接官とは「仲良くなる」ことです。これにつきます。
もちろん、自分の意見を堂々と論じることは必要ですが、相手はその業界の海千山千の先輩。社会人経験のない状態で、声高に自分の主張のみを押し通そうとしても見透かされてしまいます。
私はよく学生さんに「面接官は忙しい業務の合間を縫って面接を社から依頼され、こなしています。基本は優しく接してくれるはずですが、彼らも人間です。疲れているし、イライラしがちな時もあるでしょう。ならば、君たちに必要なのは『サービス精神』です。『今日はこんな面白い学生と会って得をした』『自分たちの仕事もまだまだ捨てたものじゃないと気づかされた』と、その面接官が帰宅してから家族に話したくなるような印象を残すようにしてごらん。少なくとも、そう思うだけで面接に向き合う気持ちは変わるよ」と。
つまり就活を、
「企業の担当者とサービス精神を持って接点を探す場」と捉えるかで、
その結果はまったく違ってくるのです。
なぜ、強面のヤンキーが子犬を抱くといい人に見えるのか
「3本柱&ギャップ理論」の解説
就活に向かう心構えをお伝えしたところで、フレームの解説をしていきましょう。私がつくった「3本柱&ギャップ理論」とは、短い面接時間で自分のことを伝え切るために、
②それぞれが程良いギャップを構成する
というものです。
このフレームの手順は以下の通り。
難しいものではなく、転職活動にも応用できるので、個人でも複数人でもぜひ試してみてください。
Q2 その中から、10個大切だと思うキーワードを選び、それを他人に説明してください。
Q3 最終的に3つに絞り込んで、それを「私の3本柱」として、プレゼンしてください。
選んだ10個のキーワードと絞り込んだ3本の柱が、今後の就職活動の核となります。
なぜ3つなのでしょうか?
心理学的に、人間が最も記憶しやすいポイントは3つだといわれているから。これはご存じの方も多いでしょう。スティーブ・ジョブズもあらゆるプレゼンでこのマジック3を多用していました。「集中力を欠く現代人はポイントを3つも覚えられない」という異論も出ているようですが、ビジネスの場ではまだまだ有効な法則といえるでしょう。
偶然ではありますが、私の会社の2018年度の就職活動のエントリーシート課題は、「あなたが学生生活でやってきたことを3つ書いてください」でした。
そして、ギャップとは「ヤンキー子犬理論」に基づいています。そう、普段は怖いヤンキーが子犬を抱いていると、必要以上にいい人に見える、という「ギャップ」に関する理論です。就活に限らず、仕事・恋愛においてもギャップは重要な要素。心理学で「ゲインロス効果」と呼ばれるこの現象は、周囲に与えていた印象を、ポジティブ、またはネガティブに裏切ることでギャップが生まれ、そのギャップに比例して強い印象を与えることができるというもの。
「編み物が趣味の体育会系男子」就活で面接官がイチコロの“ギャップ”
例えば、あなたはどちらの学生に会いたいでしょうか(これらはすべて実在する学生です)。
A バリバリの体育会男子。工事現場でバイトし、海外にラグビー留学しました。
B バリバリの体育会男子。編み物が趣味で先生もする、デジタル機器を使いこなしユーチューバーをしています。
あるいはこれは?
A ESSサークルに所属、バイトは英語の家庭教師。街おこしのゼミ長で、地方の商店街を盛り上げました。
B ESSサークルに所属、津軽三味線の普及活動。工事現場で男性に交じってバイトをしていたら、20人を束ねる現場監督になっちゃいました。
おそらくどちらもBを選ぶでしょう。
最初の学生は、Aが体育会の話題のみに終始しているのに対し、Bは意外な趣味でギャップをつくり、デジタル方面にも明るいことをアピールしています。
もう一人の学生は、Aが優等生的にありがちなバイトやゼミの話をしているのに対し、Bは英語と日本文化のギャップ、そしてさりげなくリーダーとしての統率力と体力がアピールできています。
タネを明かすと、AもBも、同じ学生から出てきた3本柱なのです。つまり指導によって、本人たちが「これはアピールするような要素ではない」と思っていたことを拾い上げ、掘り下げてもらい、Bの3本柱をつくっていったのです。
ちなみにこの男女の学生は、どちらも志望業界のトップ企業に内定をもらいました。
就活指導は、このように他者に客観的に自分を見てもらい、見落としていたり、埋もれていた要素を引き上げることが大事です。
そして3本柱に選んだエピソード以外のものも捨てる必要はありません。履歴書、あるいはエントリーシートの「趣味」「特技」などの別欄にちりばめましょう。
少しこなれた面接官だと、事前に用意したものではなく、その場でのアドリブ力を期待して「その3つ以外に何かありますか?」とカマをかけてくる時があります。そうしたら心の中でほくそ笑んで、他の隠し持った武器を取り出せばいいのです。
冒頭のAくんのその後
ところで、この章の冒頭のAくん。彼は見た目もさわやかで、講義中によく冗談を言って周囲を笑わせるような好青年でした。そんなAくんは、私の初回のフレーム講義を経て自己分析を行い、サークル・ゼミ・趣味(旅行)で自己PRをつくろうとしていました。それぞれ、よくあるカテゴリーだったこともあり掘り下げが難航し、なかなかいいものになっていきませんでした。私は、じっくり考えて強化したりカスタマイズしなさい、とアドバイスしていたのですが、その過程で彼も焦ったのでしょう、連絡が取れなくなってしまいました。
そして久しぶりに顔を出した彼は、すっかり就活に関して意欲を失ってしまっていたのです。すまない気持ちで「これからどうするの?」と聞くと、「もともとお笑い好きで学生コンテストでいいところまで行ったことがあるから、実家がかなり繁盛しているラーメン屋なので、バイトをしながらタレントを目指します」と言ったのです。
私は仰天しました。お笑い? 有名なラーメン屋? 魅力のありそうな経験をしているじゃないか、と。そんなもん、会社にとって価値があるとは思わなかったもんですから……。彼は笑いながら去っていきました。
最初は、彼が持っている原石を引っ張り出してあげられなかったと後悔しました。だけど、それで彼が良い方向に向かうなら、就活だけが最適解ではないかもな、と考え直したのでした。