大学で何を学んだかよりも「どこの大学に行ったか」が重視されがちな日本。今年の大学入学共通テストでは、東大前で高校生による刺傷事件、そして受験生によるカンニングが起きました。大正大学准教授の田中俊之さんは「大人たちが若者に、学ぶことの本来の意義を伝えられていないのでは」と指摘します──。
東大・安田講堂
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18歳で人生が決まるという思い込み

今年の大学入学共通テストの日、試験会場である東京大学の前で男子高校生が3人を切りつける事件が起きました。この男子高校生は、日本の大学の中でも最難関といわれる東大理科3類への進学をめざしていたものの、成績がふるわなくなったことから凶行におよんだと報道されています。

また、共通テストでは、試験中に問題を撮影し、家庭教師に送って解かせようとした“カンニング騒動”も起きました。なぜこうした事件が起きるのか。それは、受験生やその親の多くがいまだに「どこの大学に入ったかで将来が決まる」というそれほど確度の高くない思い込みを持っているからではないでしょうか。

こうした思い込みがあると、受験生は学びたいことに合わせて大学を選ぶのではなく、できる限りいい大学、つまり偏差値の高い大学をめざしてしまいがちです。加えて日本では、大学受験は高校3年生のときにするもので、志望大学に入るには入試当日のワンチャンスしかないと思っている人も少なくありません。

ヨーロッパではさまざまな年齢の人が大学を受験しますが、日本や韓国などではまだ18歳が一般的。18歳のときの試験で将来が決まってしまう、しかもチャンスは1回限り──。こう思い込んでいると、受験生はどうしても追い詰められてしまいます。

「浪人は東大以外ありえない」

1回で合格できなければ浪人という選択肢もあるわけですが、今の若者は浪人することにもプレッシャーを感じているようです。ある名門進学校の生徒たちは、「浪人は東大以外ありえない」と話していました。東大志望なら浪人しても許されるが、それ以外の大学は浪人してまでめざすなどありえないということでしょう。

こうなると、試験に合格して大学に入る=ゴールと考える若者が増えても不思議ではありません。実際、自分の仕事や将来をイメージできない大学生はたくさんいますし、例えば、有名大学の経済学部を出たのに「経済学とはどのような学問か」と聞かれても何も答えられない若者もいます。彼らにとっては大学に入るところまでが重要なのであって、入学後に何を学ぶかは重要ではないのです。

早稲田に入りたいから、全学部受ける

ただ、こうした風潮は今に始まったことではないと思います。僕が受験生だった頃にも、中には「早稲田大学に入りたいから全学部受ける」という友人がいました。早稲田に入れさえすればどの学部でもいいなんて、僕には謎でしかありませんでした。

大学は何かを学ぶために入るところ。何を学びたくて行くのか、本来の意義を見失ってはいけないと思います。大学入学はゴールではありません。本当は卒業後の人生のほうがはるかに長いのです。大学は、その長い人生を豊かにするために自分の興味・関心事を学ぶ場所だということを、親を含めた大人たちは若者にきちんと伝えるべきでしょう。

教室で勉強している高校生
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親世代の学歴観をアップデートする必要がある

また、最近の大学入試は、従来のように偏差値を問うものやワンチャンスのものばかりではありません。高校での成績や面接などで合否を決める総合選抜型入試のような選抜スタイルも普及しつつありますし、一般入試を複数回行う大学も増えています。

このあたりは、今の親世代が経験してきた受験とは違うのではないでしょうか。ですから、子どもが受験期に入ったら、親自身も自らの学力観や受験に対するイメージをアップデートしていく必要があるのではと思います。

冒頭の事件を起こした男子高校生は、従来のような学力ヒエラルキーの頂点、東大理科3類をめざしていました。ここの学生の多くは医学部へ進学するので、彼も医師をめざしていたと報道されています。しかし、目標を「すばらしい医師になること」ではなく「東京大学の最難関である医学部に入ること」に置いてしまった。ここに、受験や大学に対する考え方の歪みがあります。

高校教育のあり方や親の姿勢も重要

何のために合格したいのかではなく、合格すること自体に重点を置いてしまうのは大きな問題です。これは日本の教育が招いた弊害と言えるでしょう。いまだに偏差値の高い大学に合格することがよしとされ、そのため高校3年生になると試験科目以外は勉強しなくなる場合も少なくありません。

こうした風潮を変えていくには、親の姿勢も大切になってくると思います。子どもに「何のために勉強するの?」と聞かれて、親が「いい大学に入るため」としか答えられないようでは、子どもは受験期に大きなプレッシャーを抱えてしまう可能性があります。なぜ大学に行くのか、なぜ学ぶのか、本来の意義をきちんと伝えられていないからです。

例えば、子どもが小さい頃は一緒に図鑑などを見る機会があると思います。そのとき、子どもが興味を持ったものに対して「これが好きならこういう分野の勉強や職業があるよ」と伝えられたら、その後の目標が何となく定まってくるのではないでしょうか。

「これを勉強したいからこの学部に行きたい」「この学部ならあの大学が自分に合いそう」。本来、大学選びはこうした流れが自然だと思います。大学受験が近づいてきたときに、その子にとってよりよい選択ができるよう、小さい頃から好きなものへの興味を伸ばしてあげてほしいと思います。

合格発表の日、親は子にどんな言葉をかけるか

なお、今は大学に入学した後の選択の幅も広がってきています。教養学部での2年間を終えた後に専攻を決められる大学もありますし、最初に入った学部で「やっぱり違うことを学びたい」と思ったら転部できる場合もあります。

大学入学はゴールではありません。大事なのは、そこで何を学び、その後の長い人生にどう生かしていくかです。そう考える大人が増えて、若者や子どもたちにきちんと伝えてあげるようにすれば、受験期の子に過剰なプレッシャーがかかるような環境は少しずつ改善されていくのではないでしょうか。

ちょうど合格発表の時期です。子どもが合格したとき、あるいは不合格だったとき、親としてどんな言葉をかけたらいいか。かけられたい言葉は子どもによって違うものです。わが子をどれだけきちんと見つめてきたか、親としての姿勢が問われる機会でもあるでしょう。親としての自分を信じて、ぜひ、その子に合った言葉をかけてあげてほしいと思います。