私たちの生活を一変させた新型コロナウイルス感染の拡大。その一方で、さまざまな新しい言葉が生まれ、使われ方にも変化が生じた。英語教育の専門家である杉田敏氏は「ポジティブという言葉がネガティブな意味を持つようになりました。かつては落ち込んでいる人にBe positive! などと声をかけていたのが、あまりいい激励の表現ではなくなってしまいましたという――。

※本稿は、杉田敏『英語の新常識』(インターナショナル新書)の一部を再編集したものです。

コロナウイルス感染の流行
写真=iStock.com/yul38885 yul38885
※写真はイメージです

パンデミックから生まれた言葉たち

2020年の年明けから始まった新型コロナウイルスの感染は地球規模で広がり、わずか数カ月で世界は一変しました。日本をはじめ多くの国が緊急事態宣言や非常事態宣言を発出し、世界中で都市封鎖措置や外出禁止令が出されたのです。まさに「戦時体制」の様相を帯びてきました。

感染者が全米で最も多く出たニューヨーク州のアンドリュー・クオモ(Andrew Cuomo)知事(当時)は、人工呼吸装置(ventilator)を戦いにおける「ミサイル」にたとえ、それが足りないことを訴えました。フランスのマクロン大統領も「戦争」という意味のフランス語のguerreという言葉を何度も使い、「これは戦争です」と国民に向けたテレビ演説をしたのです。

クオモ知事はニューヨーク郊外のニューロシェル(New Rochelle)でクラスターが発生した時に、その地域をcontainment zoneにすると発表しました。ウイルスをその地域だけに封じ込めるという意味で使ったのでしょう。contain(封じ込める)は、「東西冷戦」の時代を象徴するキーワードの1つです。ベトナム戦争の際にもcontainment policyは、「封じ込め政策」という意味でよく使われました。

戦時中の言葉も多く使われた

ニューヨークはhot spotやhot zoneになりました。いずれも従来は「紛争地帯」や「被爆地」ということで、「紛争などが起こっている危険な場所」といった意味で用いられることが多かったのが、最近は「コロナの感染者が多発している危険な地域」という意味で使われています。

また、epicenterもこれまでは「地震の震源地」という意味でしたが、パンデミックが始まってからは、コロナのクラスターが発生する「感染集積地」という意味で主に使われています。

アメリカのいくつかの州政府は、shelter-in-place warningを発令しました。「屋内退避勧告」などと訳されていますが、もともとは、核戦争などにおいて放射性物質や化学物質が大気中に放出されたことが想定される非常時に「外に出るのではなく、屋内に留まって身を守るように」との警告です。

「夜間の外出禁止令」が出た国では、martial lawやcurfewといった言葉が使われています。前者は戦時あるいはそれに準じる非常事態に際して発令される「戒厳令」のこと、後者は「(戒厳令下・戦時下などの)夜間外出禁止令」を意味します。

essential workerという言葉を初めて目にした方も多かったのではないでしょうか。これは「社会を維持するために欠くことができない仕事に就いている人」の意味で、医療、介護、物流、警察・消防・ゴミ収集などの公共サービス、交通機関といった、私たちの生活を直接的に支えるライフライン関連の仕事に従事する人たちのことです(イギリスではkey workerと呼ばれるようです)。

新型コロナウイルスの発生により頻繁にメディアに登場することになったのはsocial distancingです。

social distancingとは、感染症拡大防止の観点から、人と人との間に安全な距離を保つこと(keeping a safe distance between people)で、「社会的隔離、社会的距離の確保」などとも訳されているようです。具体的な距離は、アメリカのCDC(疾病管理予防センター)では「6フィート(約1.8メートル)」としていますが、WHO(World Health Organization、世界保健機関)は少なくとも1メートルの距離を取ることを勧告しています。日本では2メートルが目安です。

ソーシャル・ディスタンス
写真=iStock.com/kuremo
※写真はイメージです

ソーシャルディスタンスは英語と日本語では全く異なる

日本語では「ソーシャルディスタンス」という言葉が使われますが、英語ではsocial distanceは、「出身階層・人種・性別に関連して、他の人との間に心理的な距離を置くこと」を指す、まったく別の概念です。この2つは混同されることもよくあるようですが、重要なのは、心理的・社会的な距離ではなく、物理的な距離を保つこと。そのことを明確にするために、WHOはphysical distancingを使うことを奨励しています。

3密回避、世界では3Cを避ける

日本では、厚生労働省が中心となって「3つの『密』を避けよう」をテーマにして、「密閉」「密集」「密接」を避けることを呼びかけていますが、英語版では「3つのCを避けよう」(Avoid the “Three Cs”)としています。3つのCとはClosed spaces, Crowded places, Close-contact settingsのことです。

2020年の春ごろからトランプ大統領などが、ventilatorが足りないことを記者会見などでしきりに訴えていました。最初は「なぜ換気装置がそんなに重要なのだろうか」と疑問に思ったのですが、辞書を引いてみて、ventilatorには医学用語として「人工呼吸装置」の意味があることを初めて知りました。

もしコロナの状況が、今後もずっと続くようであれば、医学用語としてのventilatorのほうが一般的によく知られるようになるかもしれません。

「ポジティブ」が「ネガティブ」な意味を持つように

そして、皮肉にもpositiveという言葉がnegativeな意味をもつようになってしまいました。positiveが「積極的な」「前向きな」ではなく、「(PCR検査などにおける)陽性の」という意味で使われるほうがずっと多くなってきたからです。かつては落ち込んでいる人や弱気な人にBe positive! などと声をかけていたのが、そのように言うのはもはやあまりいい激励の表現ではなくなってしまいました。

多くの略語も生まれた

このところ世界中で最も広く認識された略語といえば、COVID-19でしょう。単にcovidとも呼びますが、WHOがcoronavirus disease 2019から命名して、2020年2月に発表しました。感染が大きく拡大したのは2020年に入ってからですが、2019年に最初に中国で確認されたので-19となったものです。

それから1カ月後の3月にWHOは、中国を中心に新型コロナウイルスの感染が世界的に拡大しているので、もはやepidemic(比較的広い地域ではあるが、限定された国・地域での感染症の拡大)ではなくpandemic(感染症の世界的な拡大)が起きているとの認識を示しました。

coronavirusは1968年の造語です。2020年になるまで医療以外の場面ではあまり使われることはありませんでしたが、現在では最も頻繁に使われる英語の名詞の1つとなっています。

他にもいくつかの略語を頻繁に目にするようになりました。CDCもよくマスコミに登場しましたが、これは本部をジョージア州アトランタに置くCenters for Disease Control and Prevention(疾病管理予防センター)のことです。

もう1つは、work[working]from homeを略したWFHです。これは2020年にOEDやMerriam-Websterなどの辞書にupdateとして加えられました。OEDによれば、working from homeは1995年から使われてきたそうですが、略語のWFHは、在宅勤務が一般化するまではほとんど知られていなかったとのことです。WFHは1995年には名詞として、2001年からは動詞として(first attested as a noun in 1995 and as a verb in 2001)使われるようになった、とあります。

略語が動詞として使われるのは比較的珍しいのですが、WFHの場合はアルファベットどおりに発音して、I WFH four days a week, avoiding rush-hour traffic. / I WFH on Fridays during the summer. / I’m not feeling well, so I’ll WFH today.などのように使います。

WFHほど一般的ではありませんが、主にソーシャルメディアやテキストメッセージなどで用いられるOOOという略語もあります。これはout of officeの略で、「遠隔勤務」だけでなく、ただ単に「不在」という意味でも使います。

もう1つよく目にする略語のPPEは、personal protective[protection]equipment(個人用防護具)の略です。これは、医療現場において危険な病原体から医療従事者を守るためのもので、医療用のcoveralls, gloves, gowns, masks, face shields, gogglesなどを指します。

OEDのブログによれば、こちらの略語は1997年から使われていたそうですが、当時は医療関係者だけが使っていたもので、一般化したのはやはり2020年になってからです。 略語でないpersonal protective equipmentのほうは1934年から使われていたようです。

ロックダウンはもとは刑務所用語

毎年、秋から年明け早々にかけて、英米の教育機関や大手辞書出版社などがWord of the Yearを発表しますが、その先陣を切ってイギリスのCollins Dictionaryが2020年11月に発表した「今年の言葉」はlockdownでした。

ロックダウンはもともと刑務所用語から派生した単語で、騒ぎを起こした受刑者を監房に閉じ込めるという意味で使われていたといいます。また近年では銃をもった不審者などが学校に侵入した場合の「学校封鎖」という意味でも使われました。

2020年からは、ほとんどの人にとってロックダウンは公衆衛生上の対策の意味になったのです。

曜日の感覚があやふやになったという新語も

杉田敏『英語の新常識』(インターナショナル新書)
杉田敏『英語の新常識』(インターナショナル新書)

lockdownは「都市封鎖」とか「移動制限」などと訳されていますが、あまりにもインパクトが強いので、shutdownやself-quarantine(自己隔離)といった語も使われています。

Collinsに続きOEDやMerriam-Websterなどが、それぞれのWord of the Yearを発表、と思われていたのですが、OEDは2020年のWordは1つに絞りきれなかったとのことで、代わりにいくつかのパンデミック関連用語を発表しました。これは初めてのことです。

その中に入っていた新語がBlursdayです。blurは「ぼやけた」「かすんだ」という意味ですが、曜日の感覚があやふやになった日という意味の新語。リモートワークだと、週日と週末の境がはっきりせず、曜日の感覚そのものも怪しくなっていることを表します。