メジャーリーグのタイガースなどで活躍した元名投手のジャック・モリス(Jack Morris)が2021年、タイガース対エンゼルスのテレビ解説で大谷翔平へ差別的な発言をしたとしてテレビ局から無期限の出演停止処分を受けた。どの発言が差別的と受け取られたのか。今は使わない禁句やアクセントを知らなければ、窮地に陥ることがある。英語教育の専門家である杉田敏氏は警鐘を鳴らす――。

※本稿は、杉田敏『英語の新常識』(インターナショナル新書)の一部を再編集したものです。

noteパソコンで頭を覆い助けを求める男性
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東洋人の別称もさまざま

「東洋人」を意味するOrientalという語は、特に中国人や日本人を指す語だったのですが、ベトナム戦争当時にアジア人を見下した語として侮蔑的に使われることがあったので、現代では禁句となっています。一般的には代わりにAsianが使われ、「アジア系アメリカ人」はAsian-Americanです。中国人を指すChinamanも差別語でタブーです。

人気歌手のビリー・アイリッシュ(Billie Eilish)が過去の動画をまとめて公開し、その中にChinkと言っているように聞こえる短い動画が含まれていました。この語は中国人、または中国系の人々に対する差別用語です。そこからサイトが炎上し、中国人のファンが怒ったということがありました。

このことを伝えた英語の新聞記事の中にはc***kと伏字にしているところもあり、微妙な語だということがわかります。

私はかつてあるベトナム企業のPRを担当していたことがあるのですが、その企業のトップと会った後に出した礼状に、「よい雰囲気の下でお話ができて……」という意味でin a good atmosphereと書いたつもりだったのですが、goodを打ち違えてgookとしてしまったことがあります。出す前に気がついたのでよかったのですが、冷や汗ものでした。この語はベトナム戦争時の「ベトコン」からベトナム人の蔑称です。

日本人の蔑称

日本人の蔑称はよく知られているようにJapですが、短い語なので、英米のメディアの記事の見出しなどに戦後もしばしば使われてきました。しかしJapanese American Citizens League(日系アメリカ人市民同盟)がJapという語を使わないでくださいと伝える地道な運動をマスコミに対して行い、今ではほとんど使われなくなりました。オリンピックなどにおける国名の表記もかつてはJAPだったのが、今ではJPNに変更されています。

また、日本人や中国人などのアジア系はrとlの区別ができないとか、英語の発音が下手ということで、時々揶揄されることがあります。

「カチャッ」というカメラのシャッター音は、英語の擬声音としてはclickと表記されるのですが、日本製カメラの場合はcrickという音を発する、などとからかわれたものです。

アクセントの真似もリスクが高い

メジャーリーグのタイガースなどで活躍した元名投手のジャック・モリス(Jack Morris)が2021年、タイガース対エンゼルスのテレビ解説で大谷翔平へ差別的な発言をしたとしてテレビ局から無期限の出演停止処分を受けました。

大谷の打席での対策を問われた際に“very, very careful”と言った言葉が、日本人を真似たアクセントで差別的だと受け取られたのです。

このように外国人のアクセントの真似をすることは、コメディアンなどが昔からやってきて、普通に笑いを取ってきたものですが、現代においては非常に微妙でリスクの伴う行為になってきています。悪気もなく、つい言ってしまったとしてもその代償は大きいのです。

魅力的な若い女性に話しているハンサムな男
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「ガイジン」は禁句

「外人」は差別用語だそうで、放送などでは「外国人」を使います。これは、中南米で白人の外国人に対して侮蔑的に使うgringoなどとは、まったく意味合いが違うと思うのですが、「ガイジン」には身内とよそ者を区別する無意識の心理が働いていて、ダイバーシティの世の中にはそぐわない、と指摘する向きもあります。

世界初の24時間放送のニュース専門チャンネルCNNを1980年に創業したテッド・ターナー(Ted Turner)氏は、当初foreignを放送禁止用語とし、使った場合には50ドルの罰金を徴収すると宣言したそうです。

foreignという語にはus vs. them(自分たち対よそ者)と、排他的に違いを強調する響きがあり、国際的なテレビ局にそぐわないと考えたものです。代わりにinternationalやnon-U.S.などを使うことになったので、「外国人留学生」はforeign studentではなくinternational studentと呼ばれます。大多数の大学の入学案内などでも今では一般的にそう記載されています。

例外はforeign exchange(外国為替)、foreign minister(外務大臣)、foreign reserve(外貨準備高)など、慣用的に代替が利かないフレーズです。foreignやforeignerは、現在はCNNでは放送禁止用語ではありませんが、排他的な語感を与えると思われる場面には避けたほうがいいでしょう。

spick-and-spanは「しみひとつない」「ピカピカの」という意味の形容詞ですが、SpickはHispanicの人たちを侮辱した語でもあるので、タブー視されるようになってきました。

またSpic and Spanはプロクター・アンド・ギャンブル(Proctor & Gamble)社が1945年から発売している家具・床磨き剤の名前ですが、同社はその名前とロゴを変更すると発表しています。

フリップチャート(flip chart)は、講演などの際にめくりながら話をする時に使うツールですが、Flipがフィリピン人を侮辱する語というので、これも使われない傾向にあります。

スポーツチームの名前変更

アメリカの多くのスポーツチームの名称やマスコットに差別的なものが使われていて偏見と誤解を助長しているということで、名称変更のプレッシャーが長年あったのですが、その先陣を切ってCleveland IndiansがCleveland Guardiansと2022年のシーズンから名前を変更することを発表しました。またそのマスコットの「酋長しゅうちょう」Chief Wahooは2018年限りで使用を中止しています。

また、アメリカン・フットボールのチームのワシントン・レッドスキンズ(Washington Redskins)も、その名称について先住民の団体などから何度も抗議を受けてきたのですが、こちらも近く変更すると見られます。redskinは、ほとんどの辞書に「(侮蔑語)北米先住民」などと載っています。

その他にも、アメフトのチームではカンザスシティ・チーフス(Kansas City Chiefs)やホッケーではシカゴ・ブラックホークス(Chicago Blackhawks)も先住民に対して差別的とされ、批判の的になっています。

ブランドネーム、マスコットも変更

2020年6月、BLM運動が燃え盛る中、パンケーキミックスやシロップのブランドとしてよく知られている「アント・ジェマイマ」(Aunt Jemima)や、米などの有名ブランドの「アンクル・ベンズ」(Uncle Ben’s)といった名称、およびパッケージに使われている人物像やロゴなどが、黒人のステレオタイプを表し偏見を助長していると批判を受け、それぞれのメーカーは変更すると発表しました。

そして1年後、Aunt JemimaはPearl Milling Companyに、Uncle Ben’sはBen’s Originalとリブランドされ、新しいロゴも発表されたのです。

この2つについては、実存した人物の名前だったようなのですが、パッケージの表面に描かれていた人物が、いかにも白人が顔を黒く塗って黒人を真似るミンストレルショー(minstrel show)に出てくる人物や、奴隷制当時の典型的な黒人のように描写されていると批判されました。

またUncle, Auntという名称も奴隷制度時代に、白人が黒人に対してMr.やMiss, Mrs.といった敬称を付けるのを嫌い、代わりに使っていたものだったからです。

これらに続いて、バニラアイスをチョコレートでコーティングしたアイスクリーム「エスキモー・パイ」(Eskimo Pie)の名称を変更するという発表がありました。この製品も約100年もの歴史があるのですが、「エスキモー」の原義は「生肉を食べる人」ということで、近年は侮蔑的で偏見を助長すると非難されています。これはイヌイット(Inuit)やユピック(Yupik)など、ベーリング海峡沿岸からグリーンランド東岸に至る極北地帯に住む先住民を指す言葉です。

Boyも注意が必要

boyは主に18歳以下の少年を意味する普通の名詞ですが、かつては年齢に関係なく、黒人男性に呼びかける際の見下した呼び名であったため、黒人男性に対しては年齢に関係なく注意して使わなければならないとされています。「APスタイルブック」では、黒人男性について使う場合はできれば年齢を明記するか、あるいはyouth, child, teenなどを使うのがよいとしています。

ちびくろサンボ』(The Story of Little Black Sambo)という本に出てくるSamboは黒人の蔑称です。またUncle Tomも、アメリカの作家H.B.Stowe作の小説『アンクル・トムの小屋』(Uncle Tom’s Cabin)に出てくる黒人奴隷の名から「白人に対して屈従的な黒人」の意味で軽蔑的に使われます。

plantation(大農園)といった語も奴隷制度のことを思い起こさせるので、ブランド名などには避ける傾向にあります。

Christmas partyもholiday partyに

会話において避けたほうがいい3つの話題は「政治」「セックス」「宗教」などと一般的に言われています。

杉田敏『英語の新常識』(インターナショナル新書)
杉田敏『英語の新常識』(インターナショナル新書)

しかし2001年9月11日のアメリカ同時多発テロを境に、Christmasに対する意識が一変してしまいました。この語があたかも「タブー」のように扱われ、クリスマスをキリスト教徒の祭典ではなく、異なった信条や人種の人たちも祝うことのできる「年末の非宗教的行事」「年末の一大イベント」ととらえる傾向が生まれたのです。

アメリカのカードショップに入れば、Merry Christmasと書かれた定番のクリスマスカードも売られてはいますが、Season’s GreetingsやHappy Holidaysなどと書かれたholiday greeting cardが大半になっています。

クリスマスツリーに関しても、空港など公共の場所に設置するのは憲法違反であると唱える人たちが訴訟を起こしたりして、物議を醸しました。

最近のアメリカでは、クリスマス前の街の雰囲気が90年代とはまったく違っています。かつてクリスマスといえば、家々にクリスマスツリーが飾られ、デパートのショーウィンドウにはイエス・キリストの廐(うまや)での誕生のシーンなどが人形で再現され、それらを見て回るのも楽しみだったのですが、こうしたキリスト教的なシンボルの影が薄くなり、あまり宗教色を感じさせない飾りが増えてきました。

クリスマスはキリスト教徒だけのものではなく、年末にはユダヤ教徒もイスラム教徒も黒人もその他の人種も祝えるようなものに、という流れが定着しつつあるようです。

年末恒例の Christmas partyもholiday partyとかyearend partyと呼ぶようになりました。