※本稿は、杉田敏『英語の新常識』(インターナショナル新書)の一部を再編集したものです。
元凶は学習者自身の「甘えの構造」
1963年11月22日にジョン・F・ケネディ大統領がテキサス州ダラスで凶弾に倒れてから半世紀以上経った今でも、アメリカ人の半数は、暗殺の裏に何らかの「陰謀」があったと信じているそうです。そして100冊を超える暗殺陰謀関連本が出版されています。
陰謀説が消えない限り、今後もこのテーマの出版は続くかもしれませんが、次にヒットするであろう本の題は、「驚愕の事実 ケネディは自殺だった!」と言われています。
もちろん、そんなことはありえないのですが、出版界はいつも古いテーマの新しい切り口、通説を覆すようなアプローチを求めています。「医者に頼らなくてもがんはなくなる」「ほとんどの医者は自分に抗がん剤を使わない」「塩と水だけであらゆる病気が治る」といった、いわゆる「健康本」が今も出版され、書店に並んでいます。これら「民間療法」のような本については、専門家から「医学的根拠が疑わしい」との声も多く聞かれますが、自分で病気に対処しようとして、手遅れとなる人ももしかしたらいるのではないでしょうか。
実は、似たようなことが英語学習の世界でも起こっています。「英語は半日でマスターできる」「一生懸命話せば必ず通じる」「カタコト英語でも通じればいい」「英語は勉強してはダメ」式の本が多数出版されています。日本における2020年度の語学ビジネスの市場規模は、7817億円と予測されています(矢野経済研究所調べ)。これは語学学校や学習材料、語学周辺ビジネスなどを含め、日本人が語学学習に投資する年間の総額で、大部分は英語ビジネスと考えられます。
ところが、英語を母語としない人たちを対象とする英語能力測定試験のTOEFLのスコアにおいて、日本人の平均点は世界でほぼ最下位のグループに属しているのです。多大な投資をしながら費用対効果の悪い原因は、文部科学省の責任や教師の質ではありません。最大の元凶は学習者自身の「甘えの構造」です。
「知らず知らずのうちに」英語がマスターできることはない
語学をマスターしたいのであれば、幻想から抜け出して目を覚まさなければなりません。英語をある程度モノにするためには、最低2000時間の学習が必要だと言われています。かなりの自助努力が必要なのです。英会話学校に週1、2回通ったくらいで英語が上達しないのは当たり前です。学校の音楽の時間にピアノを習っただけでピアニストになった人はいません。プロのスポーツ選手も、放課後のかなりの時間に黙々と練習を重ねてきたはずです。
巷には、「楽しみながら」「知らず知らずのうちに」「涙なしに」など、簡単に英語をマスターできるような暗示を与える題名の本や教材、語学学校などの宣伝文句が氾濫しています。しかしこうした「神話」に惑わされてはいけません。ただ「シャワーのように」「BGMのように」英語を「聞き流すだけ」では、どんなに長時間聞いていても効果は上がるはずがないのです。
仲間を見つけよう
語学の勉強は決して楽ではありません。学習機会や道具を手にいれるにはお金が必要です。勉強のための時間と空間はどこかで作り出さなくてはなりません。アスリートは「サンマ」という戦略をよく使います。
「時間」「空間」「仲間」の3つの「間」を利用して努力することです。具体的には、しっかりタイムマネジメントをして学習する時間を確保し、学習がはかどる空間を見つけ、くじけそうになった時に励まし合える仲間をもつ、ということです。
私の学生時代には、生の英語に接するための機会としては英語の説教が聞ける教会くらいで、仲間と英語を学び合う機会はそれほど多くありませんでした。しかし今ではラジオやテレビの語学講座のリスナーで作っているグループもいくつか存在します。独学ではなかなか続かなくとも、メンバー同士で学びあい、モチベーションを高めるのも現代の効果的学習法だと思います。
学び合いの場は多数ある
「東京英語勉強会」や「大阪・ビジネス英語勉強会」はNHKラジオの英語番組を教材として勉強会を行っています。また同じような方法で勉強しているグループが全国各地にいくつもあります。
そうした学習グループの中でも「日本最大級の英語コミュニティ」を標榜するVital Japanは、非常にレベルの高いイベントを定期的に開いています。
2021年に設立された一般社団法人「英語落語協会」は「日英バイリンガル落語会」を定期的に開催し、英語落語を内外で広めるためのいろいろな活動をしています。メンバーになると、英語と落語が好きな同好の士とともに、日本文化紹介の1つのツールとして英語で落語をするスキルを磨くことができます。
またTOKYO GREETERSは日本を訪れる旅行者に無料で観光案内サービスを行う非営利団体です。メンバーになるためには、20歳以上でTOEICのスコアが600点以上などの英語能力を備えている、といったいくつかの条件があります。母体となっているのはニューヨークで1992年に設立されたInternational Greeter Associationで、現在世界33か国ほどで活動しています。
Toastmastersは1924年にアメリカで設立された非営利教育団体で、ここでは「話し方」「パブリックスピーキング」「リーダーシップ」を学ぶことができます。18歳から入会でき、会員数は世界141か国に35万人以上。日本支部の会員は約4500人で、地域、大学、企業内に220以上のクラブがあります。
最新技術を活用する
かつては海外赴任が決まれば、語学学校に通うのが通例でしたが、今では「ロゼッタストーン」のような外国語トレーニングソフトを渡されるケースも多くなっています。空いている時間をうまく利用して各自で学習せよということです。
スマートフォンからドライブレコーダー、自動運転車、デジタルアシスタントに至るまで、どの最先端技術をとっても、十数年ほど前には夢物語に思えたものばかりです。
でも、The future comes one day at a time.「未来は日一日とやって来る」と言われるように、未来は確実に身近に迫ってきています。たとえば、スマートフォンなどに搭載されているSiriなどのバーチャルアシスタント機能を使ってディクテーションをしてみると、正しい発音であれば英語のつづりが画面に示されますが、聞き取れない場合にはクエスチョンマークが出てくるので、自分で発音の矯正訓練ができます。
聞き取り練習にも効果的
PDFになっている文書は、コンピュータの音声読み上げ機能の中から、読むスピード、男性の声、女性の声、アメリカ英語、イギリス英語、オーストラリア英語などを選ぶことができます。また「ウォール・ストリート・ジャーナル(The Wall Street Journal)」などでは、記事に読み上げ機能が付いているので、聞き取り練習に便利です。
しかしこうした機能も、coronavirusのような新語や日本人の名前などはうまく発音できなかったり、アメリカ英語で「履歴書」を意味するresume(résuméとも表記する)と「再開する」という意味の動詞のresumeのようなheteronym(同形異音異義語)を間違って発音したり、Md.(Maryland)のような略語やhmm(ふーむ)やugh(うわっ)のような感嘆詞を認識できずにアルファベットどおり発音したりと、まだ完璧ではないことに、多少の安心感を覚えたり楽しくなることもあります。
ただ、AIがそのような弱点を克服できる日は、そう遠くはないでしょう。