無印良品に鮮魚売り場ができた
こんにちは、桶谷功です。いきなりですが、最近の無印良品が、おもしろいことを始めたのをご存じですか?
じつは無印良品を展開する良品計画では、いま「第二創業」として、いくつかの新しい試みを打ち出しています。そのひとつが食品に力を入れること。2021年5月にオープンした横浜市の「無印良品 港南台バーズ」では、クイーンズ伊勢丹と中島水産の2社と組んで鮮魚を売り始めました。魚だけでなくお肉や地産地消の野菜なども並んでいます。
これに対して、「食は差別化が難しい。衣料がメインだった無印が食に進出するのは無謀だ」と批判する声もあります。しかし私は、まったくそうは思いません。
もともと無印良品は衣食住のすべてにおいて、素材の選択、工程の点検、包装の簡略化という3つの視点で商品を作り続け、その商品とサービスを通じて「感じ良いくらし」を提案してきました。しかし主な商品はやはり「衣」と「住」が中心で、「食」はメインではありませんでした。
戦略的にも「食」を強化したいという思いはあったと思いますが、良品計画は焦りませんでした。持ち前の商品企画力を生かし、徐々に食品販売の実績を積み上げていったのです。
約50種類のレトルトカレーを展開
「バターチキンカレー」の大ヒットは記憶に新しいと思いますが、実は同商品の発売は2009年にまでさかのぼります。何度かリニューアルを繰り返し、いまやハウス食品がバターチキンカレーのルーを発売するほど、定番となりました。
バターチキンカレーはレトルトですが、レトルトというところが大きなポイントでした。なぜなら生鮮食品は賞味期限が短いので商品管理が難しいけれど、レトルトであれば常温で長期保存が可能。食品を扱い慣れていない店舗でも扱いやすいからです。
その後、無印良品では食品の売れ行きの伸びにともない、冷凍食品を扱い始めましたが、これも長期保存が可能なのでロスが少ないし、店舗のオペレーションにも負担が少ない。中身についても、レトルト同様、保存料を加えなくていいので健康的です。
そしてレトルトカレーの種類を約50種類に増やしたり、「無印が発売するなら手作りキットがいいだろう」とばかりに、バターチキンカレーをスパイスから作りたい人のためのキットを売り出したりしてきました。
満を持してオープンした食の大型専門売場
また、私が「いかにも無印良品らしい」と思ったのが「発酵ぬかどこ」。「ぬか漬けを漬けてみたい」と潜在的に思っているけれど、「ぬか床ってどこで売ってるのかな」という人が、たまたま無印良品を訪れて、「あれ、無印にあった!」と見つけて買うという流れが想像できます。
このように食品販売の実績を積み重ねてきた良品計画は、2018年から生鮮食品を扱う「無印良品 イオンモール堺北花田」「無印良品 京都山科」をオープンさせます。そして満を持してオープンしたのが食の大型専門売場を備えた「無印良品 港南台バーズ」だったのです。
食品を扱う利点
食を扱うことにはさまざまな利点があります。まずは生鮮食品のもつ季節感を演出することで、購買意欲を刺激できること。一般のスーパーは必ず入り口付近に野菜や果物を置いていますが、あれは入店と同時にお客さんのテンションを上げられるからです。本当はスーパーも、生鮮食品よりも利幅が大きい加工食品を売りたいのですが、最初に気分が高揚すると財布のひもがゆるみやすい。
「あれ、もう新キャベツの季節か。ひき肉を買ってロールキャベツでもつくろうかな」
「朝採れのタケノコだって。ちょっと高いけど、たまにはいいかも」
という調子。
これからの季節であれば、卒業、入学、入社のお祝いなど季節のイベントと衣食住をからめた提案をすることで、無印良品のお弁当箱などもついでに買ってもらえることでしょう。
さらに食は多くの人の関心事ですから、SNSなどでもいろいろな情報発信ができます。港南台バーズではカウンターキッチンで魚をさばいて、その様子をライブ映像で発信したりしています。食というカテゴリーがあると、それほど費用をかけずに情報発信ができるのは、とても有利なことだと思います。
食に力を入れるのが正解である最大の理由
そして無印が食に力を入れるのが正解である最大の理由は、食品を扱うと来店頻度が上がることです。
発表資料によると、いまの無印良品の来店頻度は平均で月に2回程度。それを週1回に上げるのが目標だそうですが、これは決して難しくないでしょう。
じつは港南台バーズの無印ではお弁当も売っているので、これなら毎日来てもらうことも可能。無印良品には「環境に配慮している」「品質がよい」というイメージがありますから、近くにあればつい足が向くのではないでしょうか。
ドラッグストアの牛乳が、スーパーより安いのはなぜか
ところで異業種が食品に進出するのは、無印良品に限った話ではありません。ドラッグストアなどでも、いま食品を置いているところが増えています。これも来店頻度を上げるためです。
ドラッグストアは薬も化粧品も単価が高く、コンビニなどと比べると利益率が非常に高いのですが、最大の弱点は、いかんせん来店頻度が低いこと。だからスーパーより安い牛乳などを目玉商品にして、来店を促しているのです。ついでに薬を一個買ってくれれば十分もとがとれる。
しかしドラッグストアの弱点は、他店と差がつきにくいことです。どこも仕入れたものを並べて売るだけ。値段勝負だけなので、消耗戦になるのは目に見えています。
その点、無印良品はしっかりしたコンセプトを持っているのが強みです。エコロジーに配慮し、自然で、体によくて、品質がいいという点でユニークネスを出せるので、価格で勝負せずにすむ。
この連載でも以前、業務スーパーを取り上げましたが(「金ピカのメジャーと激安麺」に隠されたワークマン、業スー絶好調の秘密)、業務スーパーも仕入れで安くするだけではユニークさを出せないので、自分たちで工場を建ててオリジナル商品をつくり、他がまねをできないようにしている。無印もその道を行ける可能性が大です。
これから食のEC化が進む
食の分野もこれからはネットを通じて販売する「EC化」が進むといわれています。いまはそれに向けた過渡期でしょう。無印良品も生活のすべてをカバーできるだけのノウハウを手にしたら、いつかそちらのほうに進出するはずです。でも食品を扱ったことがなければ、いきなりEC化などできない。そのための布石として、生鮮食品に進出したのでしょう。
これからは無印のように、どんどん変身していく企業が生き残れる時代です。ずっと同じところにとどまっているところは、時代の変化に対応不能になってダメになっていくでしょう。
たった1つの懸念点
また無印良品は、高齢者の自宅付近まで出張販売をしたり、相談コーナーで地域の人たちの困りごとを受けたりと、地域密着型のお助け企業になろうとしています。
堂前宣夫社長は、コンサルティング会社出身で、明確なビジョンを持っているところが素晴らしいのですが、チャレンジングな出店目標と利益目標を掲げられているところだけが少し心配です。「地域密着型で人口60万人以上のところに店を置いていったら、これくらいになるだろう」という計算はもちろん可能なのですが、いかんせん目標値ができると、それが目的になってしまう。
「これだけ売り上げを上げなければいけない」となると、「地産地消なんて言っていたら売り上げは達成できない」「どこのものでもいいから仕入れて売りまくれ」と店長が言い出したら、もうそこからコンセプトが崩れていく。「最近、無印ってちょっと変わっちゃったね」と思われることがあったら、それこそ無印良品の危機でしょう。
港南台バーズの店内は通路を幅広くとった、アメリカの高級スーパーであるホールフーズのようなゆったりした雰囲気でした。このまま焦らずにじっくりと「食」の分野を充実させていってほしいと思います。