昨年12月、大阪市の雑居ビルで痛ましい放火殺人事件が起きました。その報道に対する反応を受け、精神科医の井上智介さんは「世の中には精神科に対する誤解がたくさんある」と指摘します――。
カウンセリングを受ける女性
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「精神科に通う人=危ない人」ではない

昨年12月に大阪市の雑居ビルで起こった放火殺人事件では、容疑者がビル内の精神科に通っていました。こうした場合、「事件は精神疾患のせいで起こったのではないか」ととらえられがちです。しかし、犯罪と精神疾患を結びつけるのはちょっと短絡的であるように思います。こうした事件の多くは、自身の不快な感情に対処することが難しいという、本人のパーソナリティーの問題であることが多いように感じます。

「精神科に通う人=危ない人」という認識が大きな誤解であることは、法務省の犯罪白書を見てもわかります。「令和2年(2020年)版犯罪白書」によると、2019年の検挙人数に占める精神障害者等(精神障害者及び精神障害の疑いのある者)の割合はわずか1.0%です。そしてこれは、精神障害者といわれる人全体の2.5%程度にすぎません。精神疾患と犯罪を結びつけるのは、かなり偏った見方といえます。

精神科のよくある4つの誤解

しかしながら、精神疾患は血液検査やレントゲンなどで診断できるものではなく、どんな診察や治療が行われるのかあまり知られていないために、誤解や偏見を招きやすいところがあります。私がよく出会う精神科に関する誤解は、大きく4つあります。

誤解その①「精神科では、じっくり話を聞いてもらえる」

精神科というのは、「とにかくじっくり話を聞いてもらえるところ」と考えている人は多いです。確かに精神科は、内科や外科などよりも話を聞く時間は長いかもしれませんが、目安としては初診で30分程度。2回目、3回目の再診になるとほかの診療科とそう変わらず、長くても10分程度です。

これは、全国どこの病院でもだいたい大差はありません。10分というと短いように思われるかもしれませんが、われわれ精神科医もプロですので、10分程度あれば、治療に必要な情報は十分聞き取ることが可能です。また、精神科も、内科や外科などと同様に保険診療が中心なので、診断や治療につながらないままでただお話を聞いているだけでは、経営が成り立ちませんし、ほかの患者さんをお待たせすることになってしまいます。

だいたい10分という時間の相場を知っていれば「だいたいこんなものだろう」と納得できると思いますが、知らないと「あの精神科医は全然話を聞かないで、ただ薬を出すだけのヤブ医者だ」となってしまいます。

もっと話を聞いてもらいたいときは、病院に併設されているカウンセリング室でカウンセラーに相談するとよいでしょう。医師とも連携していますし、30~50分など、ある程度じっくり話を聞いてもらえるはずです。

「精神科の薬は、やめられなくなる」のか

誤解その②「精神科に行くと、必ず薬を出される」

これもよくある勘違いです。精神科医が必ず薬を出すかというと、全くそんなことはありません。投薬をしなくても、ただしっかり休むことでよくなる人は結構います。たとえば、まずは2週間仕事を休んでもらってから再診し、そこで症状がよくなっていればそれでいいですし、症状があまり変わっていないようならば、「薬を使ってみましょうか」という話をすることも多いです。

また「精神科の薬は、一度飲んだらやめられなくなりそうでこわい」というイメージを持っている人もいます。確かに睡眠薬や不安を抑える薬(抗不安薬)の一部には、依存性のあるものもありますが、昔に比べれば依存性はかなり弱くなっていますし、慎重に使えば症状を抑えながらちゃんと薬をやめることが可能です。飲み始めたらやめられなくなるということはありません(※)

減薬、断薬は自己判断ではなく、医師の指導の下で行ってください

「隔離室」は、かなりレア

誤解その③「精神科に入院すると、隔離室に入れられる」

精神科の入院に対する誤解も根強く、「精神科の入院といえば隔離室」と考えている人は本当に多いです。

精神科の病棟には、「開放病棟」と「閉鎖病棟」の2つがあります。

開放病棟は、内科や外科などの病棟と同じで、個室や大部屋があり、建物の中は自由に動けますし、お見舞いも可能な病棟です。

一方、閉鎖病棟は病棟の出入り口に鍵がかかっていて、外部から自由に入ってこられないし、入院患者も自由に外に出ることはできません。

これは、患者さんを守るための仕組みです。例えば、死にたいという欲求を抱えている患者さんが、病棟から出て自分を傷つけたりしないようになっているわけです。外から自由にお見舞いに来れないようになっているのも、患者さんの治療のためです。例えば、家族に会うことで、患者さんが余計に調子を崩すケースはたくさんあります。

閉鎖病棟にも、開放病棟と同じように大部屋がありますが、ひとつ異なるのは隔離室がある点です。これが、多くの人が精神科の入院に抱くイメージの部屋でしょうが、隔離室に入るのは、非常にレアケース。部屋の数も非常に少ないです。

隔離室に入る患者さんは、閉鎖病棟でも特に調子が悪い、目が離せないほどの症状の人です。自由に廊下を歩いていたら、ガラスを突き破ってでも外に出ようとする人や、興奮して他の患者さんに暴力をふるうような人は、隔離室に入ってもらうことがあります。隔離室は外から鍵がかかるようになっていて、外からは開けられますが、中からは開けることができません。部屋にはベッドとトイレくらいしかありません。

よく問題になる身体拘束も隔離室の中だけで行われます。興奮があまりに激しくて暴れる人や、壁に頭をぶつけて死のうとする人などはが対象です。もちろん、そういった患者さんも、症状が落ち着いたら大部屋に戻って生活し、よくなれば退院していくという流れになります。

ぼやけた視界で見る病院の廊下
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治療には時間がかかる

誤解その④「精神科に通えば、すぐによくなる」

精神科になじみのない人は、「病院にかかれば、すぐによくなるだろう」というイメージを持っている人が多いようです。

たとえば、メンタル不調で会社を休み、精神科に通院している部下が、カフェで読書をしているのを上司が目撃。「なぜカフェには行けるのに会社に来れないのか。精神科にかかっているんだから、病気はもうよくなっているんじゃないか」と誤解するといったケースはよく耳にします。

精神疾患の治療は、一般的にとても時間がかかります。病院にかかったからといって、すぐによくなるというものではありません。日常生活は送ることができ、カフェで読書をしたり、友だちと遊びに行ったりといったことはできても、以前のように仕事ができるようになるのは簡単なことではありません。遊びと仕事ではストレスのかかり具合いは全く違いますが、「遊びに行けるのに働けないのはなぜ?」と理解できない人は多いです。

精神科の診察や治療については、まだあまり知られていないことが多く、それが誤解のもとになっているように思います。しかし、こうした誤解によって、精神科にかかるハードルが高くなってしまうのは残念なことです。精神科に通うことは、こわいことでも恥ずかしいことでもありません。心身の不調を感じたら、気軽に扉を叩いてほしいですね。