働き方改革を進める富士通のその後
新型コロナウイルス感染症の急激な拡大により、富士通は2020年3月24日から全社テレワーク化を実施。この時期、テレワークという働き方に対して世間は「今だけの措置だろう。そんな働き方は長くは続かない」という見方をしていた。しかし、3カ月後の7月、富士通は、国内グループ会社従業員8万人を対象に、テレワークを永続的に続けることを発表し世間を驚かせた。工場勤務者や顧客先常駐者など仕事の内容的にテレワークが難しい職種もあるため、対象者は全従業員の9割ほど。
それと同時に、コアタイムのないスーパーフレックスタイム制を導入。勤務の中断・再開が可能で、就業時間を自由に調整することもできる。また、オフィスをフリーアドレス化し、22年度までにオフィス規模を半減させるという。新型コロナ感染症拡大から1年以上が過ぎた今、テレワークを継続する企業、完全出社に戻る企業と働き方は二極化。いち早く、完全テレワーク化に舵を切り、ニューノーマル時代の働き方改革を進める富士通だが、これら改革に社内の反応は? 大胆な改革のその後を追った。
社員の満足度が高いなら、会社が舵を切るしかない
完全テレワーク化を含む“Work Life Shift(ワークライフシフト)”と呼ばれる働き方改革を主導しているのが、執行役員常務・最高人事責任者(CHRO)の平松浩樹さん。富士通が完全テレワーク化の道を選択した背景を伺った。
「テレワークの可能性は、社員に多様な働き方を提供することはもちろん、富士通がソリューションとしてお客様に提供するものです。顧客に提案するには、われわれが率先して実践しなければならないと動き始めたのが17年。当初は、各社員週1テレワークをめざしていたのですが、平均1割となかなか増えない現実に、『もっとテレワークをしてもらうには何が必要か』、女性を集めて討論会を開いたんです。テレワークは育児や介護をしている女性社員に好評だったので、討論会のメンバーは僕以外、全員女性。すると『女性だけがテレワークで働きやすくなるわけじゃない』と一斉に反論されて。
会社全体で取り組まないと、いつまでたっても“特別な事情のある人の働き方”という枠組みから抜け出すことができないんだと気付かされました。その後、コロナ禍により、社長をはじめ全社員がテレワークを実施。そうしてはじめて討論会で女性社員が言ったことは、こういうことだったのかと心から理解できました。今までわかっているつもりで、本質が見えていなかったんですね。システムだけ用意して、自分はテレワークをしていませんでしたから(笑)。でも、それじゃダメなんですよね。
テレワーク導入後のアンケートでは『コミュニケーションが取りづらい』『孤独』というネガティブなコメントも出てきましたが、8割の社員が『テレワークを続けたい』と回答。“ワークライフシフト”によって、単身赴任解消者約800人、ひとり親家庭や育児・介護中、配偶者の転勤で遠隔地勤務にシフトした社員が約400人。テレワークだからこそ得られる人材も多く、人材の流動性にも対応できるように。
コロナ禍が収束したからといって元の働き方に戻すのでは失うものが大きすぎます。それなら、会社がテレワークを継続できる環境整備に乗り出すしかありません。われわれはオンラインが正解と言っているのではありません。テレワークと出社勤務の両方をうまく活用していくことが大切なのだと思うのです」
コロナ禍で社会が変わり、柔軟さが生まれた
富士通がテレワークを導入したのは、コロナ禍になってからではない。もともと、全社的な働き方改革の一環として、また、東京2020オリンピック開催時の人流抑制対策もあり、すでに取り組み始めていた。人事部門でテレワーク導入に携わってきたエンプロイーサクセス本部エンプロイーリレイション統括部の荻荘由香さんに初期の様子を聞くと、当初はあまり乗り気ではなかったという。
「テレワークを導入し始めた当初、利用者は介護や育児中の“利用する事情を抱える人”ばかり。利用条件があるし、申請に手間が掛かるので、そんな面倒なことをするくらいなら出社したほうが早いくらい。社員の共通認識として『仕事は出社しないとできない』と思っていましたしね。
だから、皆の意識を変えるために、まず私たち人事担当部門の人間が率先してテレワークを利用するようにしたんです。でも、当時はオリンピック開催時までに出社率を5〜6割に抑えられればいいくらいにしか考えていませんでしたけれど」
同部署に所属する松永明日香さんは、システムや制度が整ったことにより、社内風土や意識に変化が起きたことが何よりもの成果だと語る。
「業務によってはパソコンひとつで仕事ができるとはいえ、以前はパソコン自体にデータを保存していたため、万が一、紛失でもしたら懲戒解雇ものでした。そんなリスクを背負ってまでテレワークを行いたくはありません。そうした声を吸い上げ、コロナ禍以前から、仮想デスクトップや、データが残らないセキュアなパソコンの導入など、安心してテレワークを行える環境構築を進めていたところにコロナ禍が起きた。開発が急ピッチで進み、すぐにシステムを稼働することができました。
また、顧客先常駐で働く社員は、常駐先のお客様の動きに合わせて仕事をしなければならないので、テレワークは無理だといわれていたんです。でも、コロナ感染拡大をきっかけに社会が一変。お客様の価値観も大きく変わったので、当社の働き方を柔軟に受け入れてもらうことができました。今まで無理だと思ってきたことが、本当は無理じゃなかったんだと気付かされましたね」
トップが本気度を示せば、企業風土は変えられる
これらの大胆な改革を実行できたのには、代表取締役社長・時田隆仁氏(19年社長就任)の存在が大きい。IT企業からDX企業への転身を掲げ、新しい働き方をはじめ、組織・人材マネジメントの変革を推進。20年には幹部社員の報酬体系を職能ベースではなく、職責ベースとするジョブ型人事制度を導入。今後、一般社員へ適用を広げ、従業員のキャリアパスを拡大し、企業成長の原動力にするという。
時田社長の改革を支える前出の執行役員常務・平松さんは、「僕自身、完全テレワーク化という前例のない変革を進めるにあたり、急激な変化を起こすことに迷いもあったのですが、時田がひと言、『ひよるな』と。『理想のためなら、背中を押す』と言ってくれたのです。
その言葉に勇気をもらい、会社全体で働き方を変えていくことに。トップが意思決定を素早く行い、具体的なアクションを示せば、社員は会社側の本気度を感じ取り、自分たちでよくしていこうと動き始めるものです。逆に、本気度をきちんと示せなければ、忖度が始まってしまいます」と話す。
働き方改革をはじめ、完全テレワーク化に向け、平松さんを支え、現場の調整を行ってきたCHRO室マネージャーの猪田昌平さんは、「現在、国内従業員8万人のうち、8割に当たる6万人がテレワークを実施。通勤定期を廃止し、出社するときは実費精算。在宅勤務補助費として月5000円を支給しています。最初こそ、緊急事態宣言による義務からスタートしたテレワークですが、社員からの評判がとてもいいんです。社員同士のコミュニケーション不足は感じていますが、ガチガチにルールを定めて運用しているわけではないので、緊急事態宣言時はともかく、そうでないときは出社したい人は出社すればいい。
社内をフリーアドレス化しているので、部署を超えたコミュニケーションが取れるようになりましたし、普段テレワークで顔を合わせないぶん、出社したときに雑談する機会が増えたり、今までと違う形のコミュニケーションが生まれています。評価制度についても、成果を評価するという意味では、テレワークでも出社でも変わりはありません」と、テレワーク化における社内の様子を教えてくれた。
育休復帰後、フルタイムでもゆとりあるWLBに大満足
完全テレワーク化から1年以上経過した富士通。キャリア事業本部の3人に、テレワーク導入前後の働き方を聞いてみた。まずは、20年7月に育休復帰した梶山有紀代さん。
「以前からテレワーク制度はありましたが、使おうと思ったことはありません。妊娠中はつわりもひどく、出社がツラいことも度々ありましたが、テレワーク利用の申請をし、データ持ち出しの準備をして……と、それだけで時間が掛かり、急にテレワークに切り替えたいといっても間に合わないんです。ほかの部署では、テレワークを使いたくても上司が渋るということを聞いたことも。でも、コロナ禍となり、全社一斉テレワークに。
私は時短ではなく、フルタイムで復帰しました。復帰したときからテレワークです。最初は、テレワークという働き方の経験もないし、やっていけるか不安でしたが、実際にはじめると、ワーク・ライフ・バランス(WLB)が取りやすく助かっています。夫はコロナ禍前からテレワークなので、夫と協力しながら家事と育児を行っています。ただ、私は出社して仕事をするのが好きなので、コロナ禍が収束したら週に1度は出社したいですね」
19年に第1子が生まれ、男性取得者の少ない富士通では珍しく1カ月半の育休を取得した小池遼さんは、「育休から復帰したのはコロナ禍以前のこと。事務所に出社する通常勤務の状態だったため、子どもと触れあう時間が少なくなり、なついてくれなくなったんです。でも、テレワークとなり、仕事の合間に子どもの顔を見られるようになると、元通りなついてくれるようになりました。最近、子どもが保育園に通い始め、妻は仕事に復帰。妻もテレワークをしているので、平日昼間に夫婦でランチに行くことも。
普通なら、子どもが大きくなるまで2人で出掛ける時間なんてつくれませんよね。第1回目の緊急事態宣言が解除されるころ、他社から『何日から出社……』という声が聞こえ始めていたので、うちもそのうちと思っていた直後に、完全テレワーク化の発表。最初こそ驚きましたが、もう以前の勤務形態には戻れません」と、テレワークの働きやすさを強く語った。
テレワークで成果を出せるかは導入する企業の姿勢次第
梶山さん、小池さんの上司である金子敏之さんは、マネージャーの立場からテレワークという働き方をどう見ているのだろうか。
「私のチームはテレワークをうまく導入できているほうですが、そういうチームばかりではありません。業務内容によっても違うし、チーム内でもテレワークのほうが効率がいいと感じる人がいたり、出社したい人がいたりとさまざま。完全テレワークといっても、必ずテレワークしなければならないわけではありません。働き方、働く場所を自由に選べるというだけ。テレワークをベースに、皆が気持ちよく働けるように試行錯誤しながら、行きつ戻りつできればいいのではないでしょうか。
私の場合、マネージャーの仕事はテレワークだからといって何も変わりません。ただ、OJTに関しては課題が満載です。仕事を教えるだけでなく、新人とどうコミュニケーションを取り、信頼関係を築いていくかは大きな課題だと感じています。そうはいっても、働く場所を選べるおかげで、例えば、チームの仲間とお芝居見物するために、皆で会場近くのサテライトオフィスで開演時刻まで仕事を行い、時間になったら仕事を切り上げ、観劇するなんてことも。コミュニケーションが取りづらくなったとは一概に言えません」
取材した金子さんのチームは、テレワーク導入成功の一事例にすぎない。テレワークになったからといって、いいことばかりではなく必ずしも仕事の成果が上がるわけではない。しかし、育児や介護に携わる従業員、ライフステージの変化に影響を受けやすい女性にとって、テレワークで働きやすい環境づくりができるのは確かなこと。気になる業績も、たった1年で測れるものではないが、売上収益こそ前年同期比0.1%減の8019億円だが、営業利益は同51.5%増の337億円と業績は好調。テレワーク化の是非が問題ではなく、テレワークを導入する企業側の姿勢が問われるべきではないだろうか。今一度考えてみてほしい。