※本稿は、上野千鶴子『女の子はどう生きるか』(岩波ジュニア新書)の一部を再編集したものです。
専業主婦に憧れます!
【Q】離婚経験者のお母さんに、小さい頃から女も経済的に自立しないとだめよ、と言われてきました。正直、聞き飽きました。私は、Jリーグの選手やIT企業のお金持ちと結婚してセレブな専業主婦になりたいけど、だめですか?
【A】おお、シンデレラ願望! 女の子しか乗れない「玉の輿」。いいですねえ(笑)。
ところで玉の輿に乗るための条件があなたにありますか? 点検してみましょう。
「Jリーグの選手やIT企業のお金持ち」は自分にものすごーく自信があります。だから魅力的なんでしょうね。そういう男性は妻に自分をサポートする脇役を求めます。「内助の功」とか「女房役」とか言われてますが。だからそういう男性と結婚すると、あなたは一生、主役でなく脇役を務める覚悟が必要です。一生男子の活動を支える「女子マネ」をやるようなものですね。
それに「Jリーグの選手やIT企業のお金持ち」を狙っている女性はあなただけではありません。いくらでも女性が寄ってきますから、あなたはそれに勝ちぬかなければなりません。「Jリーグの選手やIT企業のお金持ち」は忙しくて恋愛しているヒマがありませんから、てっとりばやく外見で判断するでしょう。それに名誉やお金と同じように、妻も他人にみせびらかす効果がありますから、わかりやすい外見(他人がうらやむような美貌や体型)を選ぶでしょう。「Jリーグの選手やIT企業のお金持ち」の妻に、元CA(キャビン・アテンダント)やモデル、女子アナなどが多いのはこういう理由です。
こういう妻を、英語では「トロフィーワイフ」と呼びます。勝利の証として得られるトロフィーのような妻だからです。その典型が、元アメリカ大統領、ドナルド・トランプさんの三番目の妻、メラニアさん。もとモデルだけあってすばらしくスタイルもよく着こなしもうまい美女ですが、ほとんど口を開かないので、存在感のない女性ですね。
「Jリーグの選手やIT企業のお金持ち」は家庭を顧みる余裕がありませんから、家事育児をすべて完璧に文句ひとつ言わずに担ってくれる妻を求めます。それは若い母親ひとりの手に余りますから、実家の助けがあった方がずっと有利です。それなら同じ娘さんなら、実家に経済力や祖父母力があって援助が得られる方が安心です。それに自分の才能をのびのび伸ばすことができた男性は、もともと子どもに投資を惜しまないゆとりのある家庭の出身者が多いものです。そうなれば自分の将来の妻にも、同じような家庭環境の出身者を求めるでしょう。
「セレブの妻」の条件
いまの条件をまとめましょう。
「Jリーグの選手やIT企業のお金持ち」の妻になるための条件は? もともとゆとりのある家庭で育ち、美貌と体型に恵まれて自分磨きに励み、CAやモデルなど人目につきやすい職業につき、他の女性に勝ちぬき、家事育児を完璧にこなして泣き言や文句を言わず、夫の体調管理にいそしみ、状況に応じて語学力や社交力を発揮し、一生脇役に甘んじることが覚悟できる女性……。あなたにその条件はありますか?
無理なら早めにあきらめてください(笑)。
それに結婚は「上がり(ゴール)」ではありません。シンデレラ物語の最後は「王子さまとお姫さまはそれから幸せに暮らしましたとさ」になっていますが、それから後の人生の方が、ずっと長いです。結婚には、「しまった、失敗した!」もあります。現にあなたのお母さんは結婚に失敗してキャンセルした女性ですね。それに失敗とわかってもキャンセルできずに、もっとつらい思いをしている妻たちもいます。DV(ドメスティック・バイオレンス)を受けている女性たちです。Jリーグの選手なんて腕力ありそうだから、こういう男性にDVをふるわれたら、おお、こわ。
「経済的自立」の大切さ
だからあなたのお母さんの言うことは、正しいんです。あなたより長い人生を生きて、自分の失敗から学んだお母さんの言うことには、たとえ聞き飽きたとしても、真理があります。あなたの年齢だと、ちょっと母親に反発してみたいんでしょう。キモチはわかります。でもね、自分の身の丈に合った相手を選んで、心からくつろげる家庭を築く方がずっとよくないですか? どちらかが主役で他方が脇役の人生じゃなくて、主役同士で助け合って生きる人生ってすてきじゃないですか?
人生には選択がつきもの、選択には失敗がつきもの。失敗したときにやりなおせるのも大事なこと。そのための最低限の条件が、お母さんのいう「経済的自立」です。お母さんはそれを身を以てあなたに示してくれているんですね。
ママみたいになりたくない!
【Q】ママは、完璧な専業主婦です。雑誌の『VERY』や『STORY』にもでれるくらいお洒落だし、家事もできる人です。パパとも仲がいいです。でも、私は家族に尽くすだけの人生はいやです。これってママを裏切ることになりますか?
【A】おやおや、前の質問と正反対ですね。
あなたのママ、『VERY』の読モ(読者モデル)が務まるような女性なんですか。糠みそくさくないし(ってったって、もう通じないか。糠床のあるお家なんて今どき珍しいもんねえ)、お洒落にお金をかけるほど経済的に余裕があって、パパの稼ぎもきっといいんですね。こうなりたいという、人のうらやむ「お手本」をロールモデルっていいますが、あなたにとってはママは、こうはなりたくないっていうカウンターモデル(反面教師)なんですね。
なぜでしょう?
ママの人生、あなたの人生
ママは幸せですか? そして、自分と同じような人生を、娘のあなたにも送ってもらいたいと思っていますか? 口に出さなくても、母親の思いは、娘に伝わるものですよね。
ママが幸せなら、同じような幸せな人生を娘にも送ってもらいたい、と思うものです。ママが幸せでなくても、同じような人生を娘にも送ってもらいたいと思うママもいます。というのは幸せでも幸せでなくても、それ以外の女の人生が、ママの世代の女のひとたちには考えにくかったからです。ママの言わず語らずの「期待」をあなたは感じとっているからこそ、その「期待」にそむけば「裏切る」ことになるかも、って心配しているんですね。
たとえママが幸せでも、あなたが「イヤ」なのは、ママの人生が「家族に尽くすだけの人生」に見えているからですね。前の質問の答えでいえば、主役でなくて脇役の人生を送っているように見えるからです。そして「尽くされている」家族のひとりとして、あなた自身もママに対していくらかの負い目を感じているのでしょう。だから「裏切る」なんていう強いことばが出てくるんですね。
過去と未来の世代の違いを考えてみる
ふたつの面から考えてみましょう。これまでの女の人生とこれからの女の人生、過去と未来の世代の違いから。
まずママの世代の女のひとたちに、どういう人生の選択肢があったでしょうか。ママは結婚前に働いていましたか? その前にママはどんな家庭で育って、どんな教育を受けましたか。もしママがパパを選ばなかったら、どんな人生がママを待っていたと思いますか。最初っから専業主婦の女性なんていませんから、ママの世代の女性にはほとんど結婚前に働いた経験があったはず。専業主婦になったのは、仕事を辞めたから。もしママが仕事を辞めなかったら、今頃ママはどうなっていたと思いますか。ママの女友だちのなかで、仕事を続けてきた女のひとはいますか? ママはそういう女性と自分をくらべたりすることがありますか?
もちろんどんな人生を選んでも、得るものと失うものの両方があります。ママはきっと自分の選択に今は満足しているでしょうが、ひとはとりかえしのつかないものは、事後的に正当化する傾向があります。そのママの幸福を支えているのはパパと仲がよい、ということでしょう。あなたのパパが浮気もせず、失業もせず、ママを殴ったり蹴ったりする夫でなくて、ほんとうによかったですね。
もしママが自分の人生を肯定していたら、娘のあなたにも自分と同じような人生を送ってほしいと思うでしょう。それがママの世代の女の人生の、数少ない選択肢だったからです。
これから先は未来のあなたの世代の女の人生の話です。
この先「シングルインカム」は難しい
ママの時代と違って、女性と男性をとりまく環境が大きく変わりました。ですから、いまあなたのママやパパが送れているような暮らしぶりは、これから先むずかしくなるだろうと考えてください。いまではダブルインカム(夫婦共働き)の世帯がシングルインカム(世帯主単独収入)の世帯を上回っています。あなたの家庭は、シングルインカムの少数派に属しています。ダブルインカムを日本語で「共稼ぎ」と言いますが、最近ではシングルインカムを「片稼ぎ」と呼ぶようになってきました。
今の日本では、あなたのパパと同じように、ゆとりのある暮らしを家族に保証できるだけの給料をもらえる男性が激減しました。たいがいの女性は自分が働かなくてもゆとりのある家計を維持するために、将来の夫に年収600万円以上を期待しますが、転職サイトdodaのデータ(2019年)によれば、この年収水準に達するのは20代で3.3%、30代で17.0%、しかもこれらの人々は既に結婚している可能性が高いので、未婚の高所得者に出会う確率は低くなる、つまり超激戦区なんです。
平均賃金は、20代男性で367万円、女性で319万円、それなら夫婦で働けば600万円を越えます。共働きなら家計のゆとりがまったく違ってきますから、あなたの世代の男の子たちは、将来の妻に働いてもらいたい、と思っています。ですから、専業主婦になりたいと思う女の子より、働いてくれる女の子の方が妻として魅力的だと考える男性が増えてきています。一生ひとりのオトナの女を養いつづけるのは重荷だと、男性たちが思うようになってきたのでしょう。
チャンスは大きく広がっている
他方で、女の子の活躍するチャンスは、あなたのママの時代とはくらべものにならないくらい、拡大しました。女にも働いてもらいたいと思うのは、未来の夫たちばかりでなく、企業も社会もそう期待しています。そうでないともう社会はまわっていかないと、ようやくわかってきたからです。
たくさんの選択肢を前にして、これからどんな人生を送ろうか、とワクワクするのが10代です。その年齢で、自分の選択肢を狭める必要はありません。「ママの時代にはなかった選択肢が、わたしにはあるのよ」とママに言ってあげましょう。ママがあなたをほんとうに愛しているなら、たとえママのような人生を選ばなくても、あなたの選択を心から応援してくれるでしょう。