連合の新会長に女性が就任したことが話題になった。ジャーナリストの溝上憲文さんは「実は今回の人事は異例の出来事。産別労組の中核である会長および事務局長、書記長など三役に女性はゼロです」という――。
記者会見する連合の芳野友子会長=2021年10月21日、東京都千代田区
写真=時事通信フォト
記者会見する連合の芳野友子会長=2021年10月21日、東京都千代田区

700万人の頂点

賃上げなどで経営側と対峙する労働組合の中央組織である日本労働組合総連合(連合)の新会長に芳野友子さん(55歳)が就任した。

企業ごとに労働組合があり、その上に産業別労働組合があり、その産業別労働組合をまとめた組織が連合だ。組合員数は約700万人だが、その頂点に女性が立つのは初めてのことだ。芳野さんは就任の挨拶でこう述べている。

「これまで、男女平等・ジェンダー平等を中心に活動をしてきました。労働界にとって必要な人財がガラスの天井により、本人の意向とは裏腹に退任していく姿を見てきました。諸先輩方や仲間の思いを考えると、このチャンスを逃してはならないと決意しました。私の役割は、連合運動すべてにジェンダー平等の視点を入れることです」(連合定期大会資料より)。

こう言っているように芳野さん自身も若い頃からジェンダー平等に積極的に取り組んできた。1984年、ミシンメーカーの「JUKI」に入社。80年代後半に労働組合の女性初の執行委員に就任。育児・介護休業法が法律化される前に育児・介護休業制度や育児短時間勤務制度の導入を実現するなど働く女性の処遇改善に取り組んできた。

早く家庭に入ることが女性にとって幸せと思われていた

筆者が2016年にインタビューしたとき、当時のことをこう語っていた。

「20人の中央執行委員のうち(女性は)私が1人です。だから私が育児・介護休業制度が必要だと言っても、最初はなかなか男性役員にも理解してもらえない。どちらかといえば働き続けることに対し『女の人はそこまでがんばらなくてもいいよ、早く家庭に入ったほうが幸せだよ』という姿勢でした。実際に辞めていく女性が多かったこともあり、たぶん男性役員もそれが女性の幸せなんだと純粋に思っていたようです。今、振り返ると、性別役割分業意識が根強くあったように感じます」(『賃金事情』2016年10月5日号所収)

こうした労組内に残る固定的性別役割分担意識を払拭するために「女性委員会」を組織。男女平等施策を推進するとともに組合の本部・支部の女性執行委員の拡大にも取り組んだ。2010年にJUKI労組の中央執行委員長になり、2015年には上部団体のものづくり産業別労働組合JAMの副会長に就任し、連合の副会長を兼任。連合の男女平等参画推進計画などに携わり、先頭に立ってジェンダー平等を推進してきた。

連合の組合員数は約700万人と言ったが、2020年の女性組合員が占める比率は36.2%。本来ならその比率に見合う女性の執行委員がいてもよいはずだが、実際の産業別労働組合の女性執行委員比率は15.4%にとどまっている。

産別労組の三役に女性ゼロ

一方、連合の第4次男女平等参画推進計画プラス(2020年10月~2021年9月)の数値目標である「女性役員を選出している組織を、遅くとも2017年までに100%とする」では、産別労組の33組織が達成しているが、11組織が未達だ。また個別の組合達成率は公務員労組は94.9%だが、民間企業の労組は58.8%にとどまっている。しかも産別労組の中核である会長および事務局長、書記長など三役の女性はゼロとなっている。

なぜ女性役員が少ないのか。その背景には産別労組や組合レベルでの女性執行委員の担当職務の偏りがある。連合の調査(「構成組織、地方連合会における女性の労働組合への参画に関する調査報告書」2020年)によると、産別労組の女性執行委員の担当業務は「男女平等・女性活動」担当が78.8%と圧倒的に多い。しかし、労働組合の中核業務といえる「賃金・労働条件」を担っている人は30.3%、「組織化・組織対策」担当は24.2%と少ない。加えて、担当業務の責任者になっている女性は最も多い「男女平等・女性活動」ですら39.4%となっている。

女性は男女平等の担当が多い割に、責任者の割合が少ないのが実態だ。

主流業務から外される女性たち

この傾向は個別の組合でも同様だ。労働調査協議会の「次代のユニオンリーダー調査」(2014年)によると、女性役員は男女平等の担当が最も多く、男性の業務は「賃金・労働条件」「安全衛生」「組織対策」などで女性を11~15ポイント上回っている。特に「賃金・労働条件」については組合のトップクラスの委員長、書記長など三役の男性の担当経験割合が8割超と他の業務と比べて際立って多くなっている。つまり、経営側との賃上げ交渉など組合の主流業務から女性が外されている実態が浮かび上がる。

階段に立っているビジネスウーマン
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こうした状況について連合の元女性幹部はこう語る。

「労働組合の執行部の中に、男女平等は女性に任せておけばよいという性別役割分担意識があります。私も組合時代からなぜ女性に婦人部ばかり担当させるのか疑問でした。男性は若い頃から組織化を担当し、賃金・労働条件交渉担当を経て書記長へとステップアップし、産別労組の役員になると、さらにいろんな経験を積む。女性役員を継続させるには組合の役員の間に組織化戦略や政策、賃金交渉担当をやらないとスキルが身につかないし、ステップアップにつながりません」

男女平等担当を女性に任せきりにする弊害は女性のステップアップにつながらないだけではない。男性の経験が少なければジェンダー平等に対する理解が促進されにくいという弊害もある。

企業人事部内でも「ダイバーシティ担当は女性」

こうした性別役割分担意識は企業の人事部にもあるのではないか。ダイバーシティ推進担当の多くは女性だ。女性がやること自体は悪くはないが、その後、人事制度企画、労使交渉の労政担当などを経て人事部長や人事担当役員になるキャリアステップが描かれているとは思えないし、実際に昇進しているのは男性が多い。

女性の活躍を促すには労組に限らず性別役割分担意識の払拭と中核業務を経験させるなど戦略的育成が不可欠だろう。

実は芳野さんが連合の新会長になった今回の人事も異例の出来事だ。従来の連合会長など三役は「役員推薦委員会」が産別労組の会長・委員長などの代表者(連合副会長)から選ぶのが慣例になっていた。しかし芳野さんは出身産別労組のJAMの副会長であっても産別の代表者ではない。また連合の副会長といっても女性枠だった。

前述したように産別労組の三役は現在も女性はゼロであり、これまでの慣例通りだと連合の三役はもとより、会長に女性が選ばれることはなかっただろう。

女性を常時登用していくには

連合は芳野新会長の誕生前に新たに「ジェンダー平等推進計画」フェーズ1(2021年10月~2024年9月)を作成している。その中で「Change(達成目標)」と推進すべき「Challenge(推進目標)」の2つに分けて計9つの目標を設定している。目標の中にはこれまでの計画で未達に終わったものもあるが、「執行機関への組合員比率に応じた女性参画の確保」などを盛り込んでいる。

さらに連合本部が必ず達成すべき目標として「2024年9月末までに、女性を常時上三役(会長・会長代行・事務局長)に登用し得る環境整備に、より主体的に取り組んでいく」ことを掲げていた。そしてこの目標設定後に奇しくも芳野新会長が誕生した。今回は三役就任が実現したが、女性を「常時上三役」に登用するには、今後も継続できる方式が必要になる。

どうしていくのか。連合幹部は「例えば連合奈良では副会長に女性はいませんでしたが、産別労組の副委員長も対象に含めるように規約の運用を少し変えたことで事務局長、会長になっています。そういう方法もあるのではないか」と指摘する。

つまり産別の副会長である芳野さんが会長になったように、産別の代表者以外の副会長、副委員長にまで候補者を拡大し三役候補者を選ぶという方式だ。実際に産別労組には副委員長、副会長を女性枠で据えているところも少なくない。もし実現すれば継続して連合の三役に女性が就任することになる。

女性の参画率を40%~50%に

連合や傘下の組合ではポジティブアクションの一環として「女性枠」を設けている。芳野さんも就任後の記者会見(10月7日)でこう述べている。

「女性枠の中で経験した女性が今度は女性枠から外れて、構成産別や加盟組合の主たる任務を担っていく。三役になっていくことが実現できれば連合の役員ももっともっと女性が増えてくると思いますし、女性枠がいらなくなる組合活動になっていくと思います。最終到達点は女性枠をなくして自然発生的に男女比率に応じた形に持っていく。国際的には女性の参画率を最低40%~50%を狙っていく動きにあるが、連合もそこに遅れを取らないようにしていきたいと思います」

女性同士が労使交渉をする春闘はいつになるか

海外の産業別労働組合では役員の一定割合を女性が占めるクォータ制を導入しているところもあれば、会長と事務局長が同じ性であってはならないという規約を設けている組合もある。芳野氏は連合の定期大会の挨拶で「ガラスの天井を突き破る」と宣言している。常時三役登用の実現は連合本部に限らず産別労組や個別組合の女性の活躍を促す意味でも重要だ。

一方、民間企業は「課長相当職以上」に女性が占める割合は9.7%。課長相当職は10.1%、部長相当職は6.2%と徐々に増えているが、低迷したままだ(厚生労働省「2020年度雇用均等基本調査」)。

一層の女性活躍を推進することで、いつの日か人事担当役員など経営側の女性役員と労働組合の女性執行部が労使交渉を行うことになると、これまでの男性中心の春闘の風景とは大きく変わるだろう。