民間に先駆けての導入は異例
子どもの出生後8週間以内に4週間の育休を取得できる男性の育休取得促進制度が来年の10月から始まる。一方、公務員もそれに準じた制度が導入されることになったが、民間企業にはない独自の制度として有給の「不妊治療のための休暇」制度が新設され、来年の1月1日から実施される。
男性育休取得促進のように民間企業に準じて公務員にも導入するのが普通であるが、民間に先駆けて導入するのは異例だ。新制度は原則として1年につき5日とし、体外受精や顕微授精などの頻繁な通院を要する治療を受ける場合は5日加算し、計10日取得できる。また1時間単位の取得も可能としている。もちろん常勤・非常勤職員を問わず取得できる。
実際に不妊治療をしている人や検討している人は少なくない。人事院が一般職の国家公務員(4万7369人)を対象に実施した「不妊治療と仕事の両立に関するアンケート調査」(2021年8月10日)によると、「不妊治療の経験があり、現在も治療している」人が1.8%、「不妊治療の経験があり、現在は治療していない/治療を中断している」人が10.1%、「不妊治療を検討している/検討したことがある」人が3.7%。不妊治療の経験者、検討している又は検討したことがある人の合計は15.6%に上る。
経済的負担の軽減
近年、不妊治療をめぐっては経済的負担の軽減策や仕事との両立を支援する動きが広がっている。日本産科婦人科学会の調査によると、2018年に体外受精で生まれた子どもは約5万7000人。16人に1人が体外受精で生まれた計算になる。一方、体外受精の1回あたり治療費は平均約50万円もかかる。
不妊治療は現在公的医療保険の適用外であるが、不妊治療の助成金制度があり、今年1月には助成額の上限額を15万円から30万円に引き上げ、所得制限を撤廃するなど拡充した。さらに政府は不妊治療利用者の自己負担を軽減するために来年4月から体外受精や勃起障害などの男性不妊治療といった具体的範囲を決め、公的医療保険を適用していく予定だ。
治療と仕事の両立に困難を感じる人が7割
もう1つは、仕事を持つ人にとって治療と仕事との両立が難しいという問題だ。人事院の前出調査によると、不妊治療経験者や不妊治療を検討している人のうち、不妊治療と仕事を両立することについて「両立することはできると思うが、かなり難しいと思う」と回答した人が62.5%、「両立することは無理だと思う」が11.3%と、多くの人が困難を感じている。
仕事との両立が難しい・無理な原因として最も多かったのは「通院回数が多い」(46.1%)、次いで「経済面の負担が大きい」(44.6%)、「告げられた通院日に外せない仕事が入るなど、仕事の日程調整が難しい」(41.0%)、「職場が忙しかったり、仕事を代替できる者がいないため、職場を抜けづらい」(35.6%)の順となっている。また、不妊治療と仕事を両立する場合、希望する治療スタイルとして「勤務時間中でも、必要なときに通院し、治療を受けたい」と答えた人が最も多かった。
少子化対策として公務員が率先してやる
治療と仕事の両立を支援するために民間企業でも独自の不妊治療休暇を設ける企業が徐々に増えている。また、政府も不妊治療のために利用可能な休暇制度などを利用させた中小企業事業主を支援する助成金制度も実施している。さらに今年4月には次世代育成支援対策推進法に基づく「行動計画策定指針」に盛り込むことが望ましい事項として、不妊治療の休暇制度など「不妊治療に配慮した措置の実施」が入った。
それでも民間企業に先駆けて公務員に不妊治療休暇を制度化するのか。人事院の担当者はこう語る。
「昨年5月に閣議決定された『少子化社会対策大綱』で、不妊治療と仕事の両立のための職場環境整備を推進することが掲げられた。治療の段階が進むと、体への負担も重くなり、それなりの通院日数も必要になる。アンケートでも仕事との両立が難しい原因として通院回数が多いという結果も出ている。少子化対策という社会的な要請も踏まえて不妊治療の休暇を新設した」
少子化対策にどれだけの効果があるのかわからないが、上限10日の休暇は短いようにも感じる。国家公務員の労働組合の幹部も「地方自治体では先行して不妊治療休暇を設けているところもあり、我々としても不妊治療休暇の新設を求めてきた経緯がある。少子化社会対策として公務員が率先してやることは極めて高く評価できる。今後は原則5日プラス5日の10日は短すぎるという指摘もあり、本当に満足できるものなのか、検証しながら環境を整えていく必要がある」と語る。
不妊治療として申請したくない人も多い
不妊治療休暇を設けることはよいとしても、実際に不妊治療を行う人にとってはさまざまな悩みがある。公益財団法人1more Baby応援団の「夫婦の出産意識調査2021」(2021年5月31日)によると、最も多いのは「勤務先での不妊治療に対する上司、同僚などの理解(風土)」(58.0%)、次いで「不妊治療として申請せずとも有給休暇をいつでも誰でも取得できる風土」(52.9%)となっている。
子どもを欲しいと思う当事者にとっては、不妊治療は切実な問題であるが、職場には不妊治療に関する知識がない人も多いだろうし、先入観や偏見を持っている人もいるかもしれない。休暇制度があっても、知識不足や偏見に満ちた職場の雰囲気が改善されなければ申請する人はいないだろう。当事者の中には、不妊治療をすることを第三者に知られることを嫌がる人もいる。それは「不妊治療として申請せずとも有給休暇をいつでも誰でも取得できる風土」という回答に現れている。
導入には、細心の対応が必要になる
制度を設けても結局、従来の有給休暇を使う人が出てくるかもしれない。前出の人事院の調査では、不妊治療をしていることを伝えることについても聞いている。不妊治療の経験がある人・不妊治療を検討している人のうち「積極的に伝えたい/知ってほしい」人はさすがに5.2%と少ないが、「誰にも伝えたくない」人が31.4%もいる。一方「仕事上、必要最小限の関係者に伝えることは構わない」人が54.1%となっている。
実は今回の公務員の不妊治療休暇を新設したのは「仕事との両立が難しい原因として通院回数が多いこともあり、何らかの休暇的措置が必要になる。休暇を申請すると、上司や周りの職員に伝えざるを得ないが、必要最小限の関係者に伝えることは構わないとの回答が多かった」(人事院の担当者)ことも理由の1つになっている。
必要最小限の関係者とは、申請する担当者である管理職または人事部ということになるだろう。管理職であれば当然、不妊治療に関する知識や当事者に対する理解と共感を持っている人でなければならない。そうでなければ本人の気持ちを察して情報を秘匿することはしないだろう。
制度を導入する以上、細心の対応が必要になる。「不妊治療休暇」というネーミングも工夫する余地がある。また、組織として管理者に対する研修など啓発活動も重要になる。休暇制度は来年1月1日から公務員を対象に実施されるが、いずれ民間企業でも制度が法律化される公算が高い。制度があっても男性育休のように取得率が低いのでは困る。不妊治療のための休暇を誰もが取得しやすい職場風土に変えていくことが企業にも求められている。