大きなコストはかからない
9月29日に行われた自民党総裁選に続き、10月31日に投開票が予定されている衆院選でも、選択的夫婦別姓制度について議論が白熱しそうです。3日に就任した岸田文雄首相は法制化に慎重な姿勢を取っていますが、かつては党内の「選択的夫婦別氏制度を早期に実現する議員連盟」の呼びかけ人を務めていました。個人として賛成しているものの、党内で賛否が分かれているため、建前上言えない背景があるということではないでしょうか。
選択的夫婦別姓制度については、国会で20年以上も議論されていますが、なかなか実現に向けた歩みが進んでいません。賛成派、反対派の論点がかみ合わないことは大きな理由の一つですが、「現行の制度を変えるとなると、行政の仕組みを大幅に変える必要があるのではないか」「手続きが煩雑になるのではないか」「戸籍制度を大幅に変更するために、大きなコストがかかるのではないか」といった懸念もあるのではないかと思います。
でも実は、導入するために社会システムを大きく変更する必要はありません。
ただ、うまくやらないと、確かに無駄にコストがかかったり、“コレジャナイ感”満載の制度になったりする可能性はありそうです。そこで、現時点で私がベストだと考える実現方法をまとめてみました。
ポイントは、選択的夫婦別姓制度を導入することによる変更コストを低く抑え、「本名を変えずに結婚する」という基本ニーズを満たすこと。そして、将来の社会の変化に合わせ、ルールがさらに変わる可能性も考えて、拡張性のあるやり方であることも、考慮に入れています。
本名を定める「戸籍制度」
本題に入る前に、まずは、選択的夫婦別姓制度によって大きな影響を受ける、「戸籍制度」について簡単にご説明しましょう。
戸籍制度は、一組の夫婦とその子どもをひとつの「戸籍」という単位で登録する情報システムで、日本人の場合、戸籍に登録された名前が「本名」になります。例えば、赤ちゃんが生まれて親が出生届を出す時、出生届にかかれた「名」が戸籍に登録されます。それが両親の「氏」と結び付けられてその子の本名となります。
子どもが成長して結婚する時は、夫婦で「婚姻届」を書いて自治体に提出します。この時、子どもは両親の戸籍から外れて夫婦2人で新たな戸籍を作り、登録されます。
婚姻届の用紙には「婚姻後の夫婦の氏」を記入する欄があり、「夫の氏」か「妻の氏」を選びます。選ばれた方が改姓せずに戸籍筆頭者となり、選ばれなかった方が必ず改姓することになります。
なぜ名字を変えなければならないのか
夫婦のどちらかが改姓を強制されるのは、現在の民法の下では「同一の戸籍内に、違う名字の人を登録してはいけない」という「同一戸籍・同一氏の原則」があるためです。夫の名字と、妻の名字が異なっていると、登録できないきまりになっているのです。
戸籍には、以下のように登録されます。
※花子さんの本名は「戸籍花子」、太郎さんの本名は「戸籍太郎」となる。
本名を変えずに結婚する方法
それでは私たちが求めている選択的夫婦別姓を実現しようとした場合、「本名を変えずに結婚する」にはどのような方法があるのでしょうか。いくつか選択肢が考えられると思います。
①同じ戸籍内に、違う名字の人を登録できるようにする
②「同一戸籍・同一氏の原則」を守るため、違う戸籍に登録された違う名字の人を婚姻関係として登録できるようにする
③現在の戸籍制度はそのまま変更せず、改姓したくない夫婦には事実婚をしてもらい、そこに法的根拠を持たせる「パートナーシップ管理制度」などを新たに作り並行して運用する
※両者は別々の戸籍に登録されており、戸籍上の名字に変更はなし。婚姻関係は戸籍に登録されないが、別の仕組みでパートナーシップを管理する。
④戸籍制度は変更せず、「戸籍上の氏名が本名」という現状の仕組みを変えるために法律を改正し、現在ある戸籍と本名との関係性を切り離す
この場合は例えばマイナンバーに、婚姻後も婚姻前の氏名を登録し続けられるようにして、「マイナンバーの氏名が本名」とするなどが考えられる。
少し想像するだけでも②、③、④を実現するには大掛かりな変更が必要で、どこにどれくらい影響が出るのか考えるだけで気が遠くなりそうです。②は、現行の戸籍制度に大幅な改修が必要になりそうですし、③と④についても、複雑な法改正をしたうえでシステム開発と運用に多大なコストが発生し、自治体の受付窓口の業務も複雑化するでしょう。
①の「同じ戸籍内に、違う名字の人を登録できるようにする」という考え方が、もっとも今の戸籍制度からの変更が少なくて済みそうです。
これをベースにしてさらに見ていきます。この場合、窓口での手続きをどのように変えるのがもっとも合理的かを考えてみます。
どうやって「氏の選択」を届け出るか
選択的夫婦別姓制度になった場合、夫婦が改姓するかしないかは、結婚する時に何らかの形でその意思を表明する必要があります。選択肢は2つ考えられます。
B)婚姻届は変更しない。夫婦別姓を希望する人は、「婚姻後の夫婦の氏」の欄は、「夫の氏」「妻の氏」のどちらかにチェックを入れて提出するが、別途、「婚姻前に使っていた氏を使い続けたい」ことを届け出る。(婚姻届で、「夫の氏」「妻の氏」どちらかにチェックを入れるのは、戸籍筆頭者を選択するため。子どもは戸籍筆頭者の氏を引き継ぐ。)
パッと聞くとAの方がシンプルで良さそうですが、私はBを推します。
その理由としてはまず、現行の現場運用と親和性が高いことが挙げられます。現在でも似たような運用は行われており、例えば離婚後も婚姻時の姓を名乗り続けたい場合は、離婚届とは別に「離婚の際に称していた氏を称する届」を役所に提出すれば受け付けてくれます。また、外国人と日本人が結婚した場合、国内では原則別姓となるのですが、同姓にしたい時は婚姻届とは別に「氏の変更届」を役所や大使館に出せば受け付けて処理してくれます。
Bの方法を用いれば、婚姻届や離婚届とは別に「改姓する/しない」を届け出る上記の例と同じように処理できますので、業務の一貫性を保ちやすいでしょう。婚姻届のフォーマットや、受け付けの仕方を変えずに済むのも利点です。
さらに、別途届け出る形にしておけば、改姓したくない人が自分自身で決定して届け出られる、という利点があります。婚姻届は2人で書くので夫婦の合意が必要ですが、改姓するかしないかを届け出制にすれば、こちらは合意が不要です。「個人の名前は本人の意思を尊重する」という基本スタンスを表現できます。
今後のルール拡張を想定する
今後、ほかのニーズが出てきて制度に変更が加わるときにも、この方法なら拡張が容易であると思います。
こうした、将来の制度変更の可能性とは、どういったことを指すのでしょうか。考えられるのは、例えば婚姻時に、夫の名字でも妻の名字でもない名字を選ぶといった可能性です。海外の事例では、夫婦の名字をくっつけて1つの名字にする「結合姓」や、婚姻時に新しい名字を創る「創姓」があります。将来的にこれらの選択肢が増える可能性を考慮すると、婚姻届とは別に、名字をどうするかを届け出る流れにしておいたほうが、現在の婚姻届とその運用業務を変えないで済むという利点があります。
また、子どもの名字の決め方についても、将来変わる可能性が考えられます。現行制度では、子どもの名字は両親が結婚した時に確定し、兄弟姉妹の名字は統一するルールとなっています。しかし、子どもが生まれた時に名字を選び直したい時もあるでしょうし、1人目の子には妻の名字を、2人目の子には夫の名字を引き継ぎたいといったニーズも出てくるでしょう。これらに対応するためには、やはり別途届け出を受け付けて対応できるよう設計しておいたほうが容易かと思います。
すでに結婚していて現時点では同姓であるが、将来別姓にしたいと希望している人も、この方法なら届け出をすれば可能となります。
大きな変更を伴わない仕組み
さらに、反対派への配慮という観点もあります。Bの案は、婚姻届については手を加えず、「一つの家族を一つの戸籍に登録する」という考え方も変えないで、届け出によって「結婚前からの本名を変更しない」という選択肢を用意する方法です。大きな変更に不安を感じる反対派にとって妥協しやすい利点があります。
実は、Bの案は、私の夫婦別姓訴訟を担当してくださっている作花知志弁護士が考案されたものです。これまで作花弁護士が、家族、婚姻に関する法律や制度に関わるケースをたくさん見てこられた中で練られた、シンプルでよくできたやり方であるように思います。
衆院選は大きなチャンスに
繰り返しますが、選択的夫婦別姓制度を導入するにあたり、社会システムを大きく変更する必要はありません。むしろ今、結婚した2人のうちの1人を強制的に改姓させることで、精神的なストレスだけでなく、改姓の手続きや名字の使い分けに大きなコストが発生しています。同姓を望む夫婦は夫婦同姓を、改姓を望まない夫婦は婚前氏続称を当たり前に選べる社会が、早く実現するよう願っています。
10月31日に行われる衆院選は、その大きなチャンスです。今までこの問題が解決されなかったのは、一部の国会議員が頑なに反対してきたからです。今度の衆院選では、必ず彼らに落選していただきましょう。そうすれば、反対する国会議員はいなくなり、制度はあっという間にできるでしょう。
衆院選に向けて、私は、選択的夫婦別姓に反対している候補者のリストを作成して公開しました。そして、このリストをより多くの人に見ていただくための活動、「ヤシノミ作戦」を展開しています。ヤシノミを落とすように彼らを落とそう、というものです。
投票の際は、どうぞこちらのリストをご参照ください。そして、ぜひネットで拡散してください。国会の中、そして自民党内部も、選択的夫婦別姓制度に賛成する議員で埋め尽くし、すぐに実現していただきましょう。私たちにはそれができます。この国の主権者は、私たち日本国民なのですから。