メルカリの言語教育専門チームが教える「やさしい日本語」とは?
さまざまな国から集まった社員が活躍しているメルカリ。とりわけ、エンジニア組織の約半数は海外から来たメンバーが占める。
日本語を母語としない社員が増え、言語学習に力を入れてきたメルカリだが、どれほど努力しても語学は短期間で上達しない。英語が得意な人と、そうではない人が共に働く環境で、すぐにコミュニケーションを効率化するには、どうすればいいのか? そこで、メルカリが抱える言語教育専門チームLanguage Education Team(LET)が取り組んだのが、スムーズなコミュニケーションを目的とした「やさしいコミュニケーション」のトレーニングだ。
たとえば、こんなプラクティスが登場する。自分でも一度、この「やさしくない日本語」を「やさしい日本語」に書き換えてみてほしい。(模範解答は本文の最後で掲載)
「やさしくない日本語」
2.さらっと説明しますね
3.よしとする人もいる
メルカリでは、「やさしい日本語」と「やさしい英語」を組み合わせた、「やさしいコミュニケーション」講座を独自に開発。「母語話者や上級者に“山”から下りてきてもらい、みんながわかる言葉で話そうという取り組み」だとLET日本語トレーナーで同チームマネージャーのウィルソン雅代さんは言う。
「やさしいコミュニケーション」には、日本語、英語に限らず、相手に伝わりやすい話し方のヒントがいっぱい。ウィルソン雅代さんと英語トレーナーのジョン・ヴァンソムレンさんに、「分かりやすく伝える」コミュニケーションのコツを聞いた。
コミュニケーションがうまく取れないのは自分が話す日本語の問題!?
——どうして「やさしい言葉で伝える」トレーニングが必要なのでしょうか?
【ウィルソン雅代さん(以下、ウィルソン)】日本語を母語として使っている人は、日本語を外国語として使っている人の感覚を想像しにくいものです。そうすると、どうしても自分たちと違う日本語を使う人が異質に見えるようです。文法的には完ぺきでも、少しアクセントに特徴があるだけで「片言だ」と評価したり、コミュニケーションに問題が起きるエラーは犯していないのに、「間違えた」「君の日本語はまだまだ」と評価を下してしまう人もいる。
もし、コミュニケーションがうまくいっていないのだとすれば、それは日本語学習者だけの責任ではありません。「自分が話している日本語はどうなのか?」ということに目を向けてほしい。それを「やさしいコミュニケーション」トレーニングでは重視しています。
——日本語を母語とする人の場合、自身は気づいていないけれど、日本語学習者には難しい日本語というのは、たとえばどのようなものですか?
【ジョン・ヴァンソムレンさん(以下、ジョン)】主語がないセンテンスで話されると、難しいですね。
「私はウナギ」で通じる日本語の複雑さ
【ウィルソン】たとえば、日本語の敬語には、尊敬語、謙譲語、丁寧語があり、それぞれ動詞の文末につくことで、主語が誰であるのかを補えます。
たとえば、「食べる」は尊敬語になると「召し上がる」に変化し、主語は相手であることを補うことができる。でも日本語学習者にとってとっさに理解するのは難しく混乱してしまう。それを「○○さんが△△しました」という構文にするだけで、理解度はぐんと上がります。
「私は背が高い」という文章があると、日本語母語の私たちは「は」が主語なのか「が」が主語なのか、深く考えたことはないかもしれませんね。
——あまり考えたことがないかも……。
【ウィルソン】そうなんですよね。飲食店で「私はウナギ」と注文しても通じますが、これは「ウナギ文」と呼ばれます。このウナギ文もまた、日本語学習者には奇妙に感じるセンテンスで日本語の複雑なところです。
あと、日本語はオノマトペ(擬音語・擬態語)が難しいと言われる言語でもあります。車を「ブーブー」と言ったり、ネコを「ニャンニャン」と言ったり。これは子供が日本語を習得するときは役に立つのですが、日本語学習者にはわかりにくいです。日本語ができない相手を子供扱いする人が結構いるので、注意が必要です。
「○○します」と言い切る
——日本語の表現の仕方が引き起こす「伝わらなさ」もあるような気がします。たとえば締め切りを伝えるとき「金曜日までに仕上げてください」でいいのに、依頼する側が遠慮して「金曜日までに仕上げていただけると有難いです」のように、ぼんやり濁して伝えてしまう。
【ウィルソン】「~てください」は日本語学習者にとってわかりやすい表現ですが、日本語母語話者は丁寧さを意識してしまうあまり、かえって日本語をわかりにくくしてしまうことがありますね。日本語母語の方を観察していて感じるのは、「自分の話が相手にどう聞こえているか」をものすごく気にしていることです。日本語そのものも、話し手のムードを表現する文末表現をたくさん持っています。たとえば、「リリースする」ということを伝えるときに、「リリースすることになっています」「リリースされることが決まりました」のように、文末表現で話し手のムードを調節する。
日本語には、自分が攻撃的だと受け取られないよう、無意識のうちに守りに入る調整をする表現が多いと感じます。だから「やさしい日本語」のトレーニングでは、「あすリリースします」と命題をはっきり伝えるようにというアドバイスをします。でも、なかなか難しいという人もいますね。
日本語は、価値観や考え方など言語以外の文脈を重視するハイコンテクストな言葉だと言いわれます。聞き手のほうが、話し手の意味を補足しながら聞く。たとえば「コーヒーを飲みますか?」と聞かれ、「明日、早いんですよね」と答えたりしますよね。そういうことがビジネスの現場でも発生して、文化の異なる人は「結局、イエスなの? ノーなの?」と混乱しやすい。
気持ちを理解して歩み寄るのが大切
——わかりやすく伝わりやすい日本語にするために、「やさしいコミュニケーション」トレーニングではどんなことを教えるのですか?
【ウィルソン】トレーニングは言語の形式を学ぶというより、「お互いの苦労や困難に寄りそう」ことを目的にしています。お互い知らないことが多いので、まずは言語学習者の気持ちを理解して、歩み寄れるところがあれば歩み寄る。形式にこだわったトレーニングは、あえてしていません。
ただし、簡潔に話すためのフィードバックとしては、たとえば、一文一義ぐらいにしてくださいと伝えています。日本語母語の人は「~したうえ、~で、~だけど……」と接続詞を使ってたくさん文をつないでしまいがち。そこを思い切って「です」「ます」とすると伝わりやすくなります。
記事冒頭のプラクティスの模範解答
2.簡単に短く説明しますね(I will give a quick explanation)
3.いいと思う人はいる(Some people think it’s good)