「#検察庁法改正案に抗議します」のツイッターデモを仕掛けた笛美さんは現在、広告関連の仕事をしながらツイッターでフェミニズムに関する発信を続けています。笛美さんはかつて大手広告代理店で働いていたころ、30代を目の前にした28歳のある日、婚活を始めます――。

※本稿は、笛美『ぜんぶ運命だったんかい おじさん社会と女子の一生』(亜紀書房)の一部を再編集したものです。

新郎新婦
写真=iStock.com/Satoshi-K
※写真はイメージです

社内結婚格差

男性の先輩や同僚たちは、次々に結婚していきました。女性である私でさえ会ったことのないような、天女のように綺麗で優しそうな女の人たちと。奥さんたちは家庭に入って、先輩たちの身の回りのお世話をやってくれるようでした。結婚しても彼らのライフスタイルは変わらず、独身時代と同じように深夜残業をし、コンビニや外食でごはんを食べていました。

「お前もそろそろ結婚しないとやばいよ」「女性の独り身は惨めだよ」「30になると卵子が老化するんだよ」と男性の同僚に言われるようになりました。

卵子の老化のことはよくニュースで言われるようになり、私はとっくの昔にそれを知っていました。

「そういう自分はどうなの?」と聞くと、「男は30過ぎても結婚できるし、70になっても子作りできるから心配ないんだよ」と言われました。

「なぜこのタイミングで妊娠」という陰口

ある女性社員が妊娠したとき、「なぜこのタイミングで妊娠するんだ」と陰で言われているのを聞きました。いつか私が妊娠したときも陰でそう言われるのでしょうか?

もし結婚したらどんな生活になるんだろうか? 自分の家族を振り返ってみました。うちの両親は共働きでした。お母さんは残業は少ないけど、フルタイムで仕事をしながら毎日ごはんを手作りし、掃除や洗濯などの家事もこなしていました。おばあちゃんも家にいて、私たちの世話をしてくれました。お父さんは子煩悩だったけど、あまり家事はせずに新聞を読んだりテレビを見ていた記憶があります。

でも私は結婚したり子供ができたらどうなるんだろう? 実家からとても遠くにいるし、お母さんと違って仕事も残業がある。というか残業が多い。子供を産めば、育児という20年間も続く長期プロジェクトに携わることになる。今の仕事でさえ大変なのに、正直やっていける気がしない。想像するのさえ怖い。

働きながら子育てをしている女性のロールモデルをネットで検索しました。大企業で総合職として勤めながら、子供を2人育てた管理職の女性が出てきました。早朝に起きて、子供が寝静まったら深夜まで働いて、めちゃくちゃな生活を乗り越えたとのこと。この人はスーパーウーマンなのだろう。でも私は凡人だからいまの仕事を維持しながら働いていくなんて無理だ。

専業主婦の妻がいる男性に太刀打ちできるのか

「結婚は頭で考えたらできない」「結婚は勢い」とも言われます。でも何十年も人生を共にし、しかも子供を育てるかもしれない人を勢いで考えられる気がしない。もしうまくいかなくて離婚するのは恥ずかしい。

じゃあずっと仕事中心の人生を生きるのか? たしかに仕事は大好きだし天職だと思っているけど、24時間ずっと仕事のこと考えて賞をとったりする生き方を一生続けたいのだろうか? 一度ヒット作を出しても、何度も何度もヒット作を出し続けなければ競争に勝つことはできない。誰も支えてくれる人はいないから、自分で自分を支えなければいけない。専業主婦の奥さんにサポートしてもらえる男性クリエイターに、私は太刀打ちできるのだろうか?

仕事、結婚、出産…20代で全部できるのか

もしかしたら自分は、仕事をし家庭を養う男としても不良品で、家事や育児を担う女としても不良品なのではないか? ひとつだけたしかなのは、子供を産みたいならタイムリミットがあるということ。自分は女性として不良品であるからこそ、少しでも婚活市場で価値があると言われる20代のうちに結果を出す必要があること。仕事で確固たる地位を築き、パートナーを見つけて妊娠するということを、20代のたった数年でこなさなければならない。……それはまるで時限爆弾を突きつけられているようでした。

なぜ女性だけが若いうちに出産をするという責任を押し付けられているのか? なぜ男性だけが結婚しても子供が生まれても、ライフスタイルを変えなくていいのか? もし時間制限がなければ、どんな生き方をしたかったのか? そんな発想はとうてい出てきませんでした。

20代のわずか数年のうちに仕事で結果を出して、結婚して子供を産まなければいけない。なのに私には日常的な出会いの機会がなく、彼氏もできないまま、あっという間に数年が過ぎていきました。平日は残業続きでとても疲れていたので、友達と遊ぶ約束を入れることもなく、土日は寝て過ごすことが多かったです。

たまにある合コンは千載一遇のチャンス。そもそも合コンの開かれる時間は残業していてめったに参加できない上に、私のようなキャラは「バリキャリ女子」という女の子の亜種として見られているような気がしました。私が合コン会場に入ってくるときと、かわいい「普通の」女の子が入ってくるときで、男性のリアクションが違うのははっきりとわかりました。

時限爆弾
写真=iStock.com/Zeferli
※写真はイメージです

養ってほしいなんて思っていないのに

「笛美ちゃんはお金がかかりそう」とよく言われることも気になりました。きっと私はお給料がいいから生活水準も高く、男性にとって養うのは難しいのだと心配されていたのだと思います。男性に自分を養ってほしいなんて、これっぽっちも思っていないのに、なぜか彼らは私を養う前提で話をしてくるのです。海外旅行、ブランド品、外食などのライフスタイルをひけらかして男性たちを引かせないよう、できるだけ堅実な女に見られるよう、そういう話を隠したり、わからないフリをすることもありました。LINEの連絡先だけは増えていくけど、本当のつながりと呼べるものはありませんでした。

何の予定もない土日に目が覚めると、激しい自己嫌悪に襲われるのでした。若さがなくなったら私には価値がないのに。たとえどんな仕事や内面を持っていたとしても、結婚していないだけで惨めな未来が待っているのに、何をしているんだろう? 生理のたびに自分が子供を産むチャンスが減ってくように感じました。

誰か私を見つけてほしい

デパートのコスメ売り場に行ったとき、BAのお姉さんがとても綺麗にメイクをしてくれました。

「すごーい、誘拐されそう!」

お姉さんに言われて鏡を見ると、まるで子鹿みたいな丸い瞳、ピンクのほっぺ、うるんだ唇の自分がいました。でもせっかくこんなにメイクをしても、本当の私は時限爆弾を抱えた、男がドン引きする高学歴バリキャリ女。誰も見向きもしてくれない。無人の部屋に飾られた満開のお花みたい。もったいない。自分がもったいない。

誰か私を見つけてほしい。この高学歴バリキャリの鎧の下にいる「普通の女の子」の私に気づいてほしい。

私はひとりで生きていけるだけの収入があり、お金のために結婚をする必要はありませんでした。セルフイメージの向上のため、「行き遅れた女」と思われないために、結婚したかったのだと思います。成功したいというよりは、失敗したくなかった。

「笛美さんは私みたいにならないでね」

ずっと独身だった中学時代の恩師にもそう言われました。先生は人生を楽しんでいるように見えたので、その予想外の言葉はずっと自分の中に未消化のまま残っていました。

受験して、就職して、結婚して、子供を産む。それが真っ当な人間の進む正解ルートだと、いつの間にか学習していたのだと思います。結婚しない「オールドミス」でいることは、自分の仕事での評判も落としてしまうのではないかと恐れていました。

結婚するのは誰でもいいわけではなく、そこそこの学歴と年収と見た目が必要だということも早いうちから気づいていました。でも社会的ステータスとか関係なく、純粋に誰かを愛したい気持ちもありました。

奈落の底に落ちたくない

晩婚化や少子化がニュースで頻繁に嘆かれていました。「官製婚活」なども話題になっていました。他の政治のニュースは耳に入らないのに、結婚については自分の世代に関係があるので、グイグイ耳に入ってきました。国が婚活にお墨付きを与えている事実は、結婚相手を探すことへの抵抗感を和らげてくれました。結婚することも子供を産むことも、国への貢献であって、恥ずかしいことではないのだと。

笛美『ぜんぶ運命だったんかい おじさん社会と女子の一生』(亜紀書房)
笛美『ぜんぶ運命だったんかい おじさん社会と女子の一生』(亜紀書房)

そもそも私たちは子供の頃から、膨大な予算をかけた結婚マーケティングに、何年も晒されてきているようなものです。ラブソング、少女漫画、ディズニープリンセス、テレビドラマや映画も、結婚は幸せだとプロモーションしていました。広告でも結婚と出産は幸せな人生のシンボルのように描かれていますし、私も広告でそんな物語を描いてきました。そんな王道の人生を私も歩きたいし、お墨付きを与えられた幸せをかなえたかったのです。

もしそうできなかったら? 私は惨めな女という崖の下に落とされるのでしょう。広告にもドラマにも出てこない日の当たらない独身中年女の世界。輝く男女の表舞台からこぼれ落ちた奈落の底は光の届かない地獄。絶対にそこへは落ちたくないと思っていました。

結婚のための最大限の努力

私は小さい頃から努力だけは得意でした。受験・部活・就活も努力をすれば、目標以上の結果を出して両親や先生の期待に応えてきました。そんな私なら結婚や出産も当然のようにできるはず。

結婚のためにできる最大限の努力をしよう。寄り道なんてしたくない。最短距離で結婚できる関係を作ろう。でも誰かに紹介を頼むのは、自力で結婚相手を見つけられないみたいで、恥ずかしい。友達にも「笛美ちゃんに釣り合う男を紹介できない」とよく言われてる。それは自分の女としての価値が低い割に、男としての価値が高すぎるからだろう。だったらいっそプロに頼んだ方が速いのではないだろうか?

28歳の私は30万円を払って結婚相談所に入会しました。