コロナ後、テレワークの揺り戻しはあるのか。人事ジャーナリストの溝上憲文さんは、雇用者の20%程度を占める1200万人の岩盤層のテレワーカーが存在し、コロナ収束後も維持されると見ている。「この人たちの属性は地方ではなく都市部、非正規ではなく正社員、中小企業ではなく大企業。つまり都市部の大企業の正社員が多く、所得水準も比較的高い人たちでもある。テレワークできる人とできない人の違いはこうした格差の上に成り立っている」と指摘する――。
ラッシュアワーの品川駅=2015年6月
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1年間一度も出社していない社員が半数

久々に都心に向かう朝の電車に乗ったが、まるでコロナ前に戻ったように混雑している。テレワークを呼びかける政府のかけ声もどこ吹く風の通勤ラッシュぶりだ。この風景を見ると、2020年の緊急事態宣言の発令以降急速に広まったテレワークも結局、定着しなかったのではなかと思えてくる。

ところがターミナル駅から50メートルほどの距離にある大手メーカーの本社ビル前に来ると、玄関に入る社員はまばらだった。一瞬、約束した日時を間違えたのかと思ったがそうではなかった。

同社は20年4月以降、原則テレワークに移行し、今も継続中だ。面会した人事担当者はこう語る。

「私が1カ月に出社するのはせいぜい2~3日です。20年3月までは本社に3000人の社員が出勤していましたが、今はほとんど出社していません。しかもこの1年間に一度も出社していない社員は半分の1500人に上るのではないでしょうか」

毎日満員電車の社員とほとんど出社しない社員

20年の緊急事態宣言以降から今まで一度も出勤したことがない社員が半分もいるとは驚きだ。同社だけではない。NTTグループもこの1年間、出社率を2割以下に抑制している。グループ企業の社員も「原則テレワークであり、逆に出社する場合は事前に申請をしなくてはいけない」と語る。

満員電車に揺られて毎日通勤している社員もいれば、ほとんど出社しない社員。テレワーク利用の二極化が進んでいる。

ことに大企業と中小企業の利用の二極化が進んでいる。東京商工会議所の「中小企業のテレワーク実施状況調査」(5月下旬調査)によると、東京23区の企業の実施率は38.4%。従業員301人以上は64.5%と高いが、50人以下は29.8%と規模間格差が生じている。

日本テレワーク協会の村田瑞枝事務局長は「テレワーク人口は20年4月に東京都は67.3%、全国平均は27.9%だったが、11月に東京は50%程度、地方では10~5%未満のところが多くなった。都市部と地方、大企業と中小企業の間でテレワーク利用の二極化が進んでいる」と指摘する。

程度の差はあれ、元の働き方には戻らない

ではこうした二極化はコロナ収束後も固定化していくのだろうか。日本生産性本部の「働く人の意識に関する調査」(2021年7月16日)によると、雇用者に占める全国のテレワーカーは2020年5月に31.5%だったが、緊急事態宣言解除後の7月に20.2%に減少する。その後「GoToトラベル」など経済活動が再開されるが、11月は18.9%となり、今年に入り、2度目の緊急事態宣言に入ってもその傾向は変わらず、直近の7月も20.4%で推移している。

労働政策研究・研修機構は、テレワークの実施状況について日本を代表する大手企業14社のヒアリング調査を実施している。調査を担当した荻野登リサーチフェローは「コロナを契機にテレワークを主に出社を従にする働き方にしようという企業が14社中3社ぐらいあった。また、本社スペースの縮小、フリーアドレスの実施とともに、営業拠点のサテライトオフィス化を推進しているところもある。ポストコロナのテレワークについて14社が共通して言っていたのは、程度の差はあれ、元の働き方には戻らないということだ」と指摘する。

自宅でテレワーク
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また、2020年末に週3日以上の「完全在宅ワーカー」を会社が認定する制度をスタートした都内のある大手通信事業会社の人事担当役員も「元に戻ることは二度とありえない。なぜなら社員がリモートワークで仕事ができることがわかったからだ」と語る。

「都市部」「大企業」「正社員」ではコロナ後も定着

ここから予測できることは、ポストコロナの働き方のニューノーマルとしてのテレワークは、当初期待されたほどではないにしても前述の調査にあるように20%程度で推移する可能性がある。日本の雇用者数は約6000万人(2020年)。ということは1200万人の岩盤層のテレワーカーが存在し、コロナ収束後も維持されるということだ。

そしてこの人たちの属性は地方ではなく都市部、非正規ではなく正社員、中小企業ではなく大企業。つまり都市部の大企業の正社員が多く、所得水準も比較的高い人たちでもある。テレワークできる人とできない人の違いはこうした格差の上に成り立っている。

しかも1200万人という数字は市場規模としても小さくない。WebツールやデジタルデバイスなどのICT機器の継続的な需要だけではなく、個人の在宅勤務環境の整備を目的とした住宅建設やリフォーム需要、フードデリバリーサービスやネット通販などの宅配需要も見込める。さらには政府が推奨するワーケーションの受け皿となる人たちでもある。

“会社の将来性”より“柔軟な働き方”を重視する転職者たち

テレワークができる会社と社員、できない会社と社員の違いはそれだけにとどまらない。転職先選びにも影響を与えている。エン・ジャパンの「コロナ禍での企業選びの軸の変化」調査(2021年2月17日調査)によると、特に重視しているものとして「希望の働き方(テレワーク・副業など)ができるか」が最も高く42%、次いで「企業・事業に将来性があるか(38%)となっている。

また同社の「コロナ禍前後のキャリア観の変化」意識調査(2021年7月19日発表)にもその傾向がうかがえる。コロナ禍をきっかけに働き方の変化がなかった人が41%だったが、そのうち現在の働き方・雇用のされ方に「満足していない」「どちらかといえば満足していない」人の合計は71%。どのような変化を期待するかの質問で最も多かったのは「リモートワークや在宅勤務の導入」の47%。30代は62%に達している。次いで「時差出勤やフレックスタイム制の導入」の39%(30代50%)となっている。さらにこうした柔軟な働き方ができることで「転職意向度が上がる」と答えた人が66%(30代76%)もいる。

お金より働き方重視の傾向へ

テレワークなどの柔軟な働き方ができない会社は離職リスクが高いといえる。それを実感しているのが前出の大手事業通信会社の人事担当役員だ。

「当社も中途採用を実施しているが、最近感じるのは必ずしも金銭報酬の高さではなく、テレワークを含めて自分のライフスタイルに合わせた働き方ができる企業を求める傾向が強くなっていることだ。またテレワークができる企業が増えたことによって、在宅勤務中に転職志望先のオンライン面接を昼間でも受けることができ、転職しやすくなっている。実際に当社の中途入社の面接も昼間行っている。今後、テレワークなど柔軟な働き方が難しい企業は人材獲得競争力を失ってしまうのではないか」

同社は2021年入社の社員から最終面接までオールオンラインで選考。2022年度もオンラインでの採用活動を実施しているが、最大のメリットは東京など面接会場に足を運べない地方の優秀な学生を獲得できたことだという。さらに今年度は通常の採用活動とは別に地元から離れたくない優秀な学生を対象に正社員として採用し、地元のサテライトオフィスでリモート勤務を行う制度を創設。すでに内定者も出ている。

今後はテレワークができない企業の社員が、テレワークなど柔軟な働き方が可能な企業への転職することが増えていくだろう。ましてやこの1年間に通勤時間もなく、自由度の高い働き方をしてきた人たちが次の転職先にテレワークできない企業を選ぶとは考えにくい。特に子育て中の人たちにとってはテレワークを中心とするライフスタイルが浸透し、定着しているはずだ。

優秀な人材がテレワーク可能な企業に移動することになると、人材獲得競争力において優位に立つだけではなく、ビジネス上の競争力でも大きな格差が発生する可能性がある。