※本稿は、キャロライン・クリアド=ペレス(著)神崎朗子(翻訳)『存在しない女たち:男性優位の世界にひそむ見せかけのファクトを暴く』(河出書房新社)の一部を再編集したものです。
男性に有利な労働文化
目に見えない女性の無償労働は、新生児の誕生によって始まるわけでも、終わるわけでもない。典型的な職場は、浮世離れした身軽な労働者に合わせてつくられている。
彼は(言わずもがな、男性だ)子どもや高齢者の世話や、炊事、洗濯、通院、買い物で煩わされることもない。子どものケガやいじめに対応し、お風呂に入れて、寝かしつけあくる日もまた同じことを繰り返す必要もない。
彼の生活は単純明快で、仕事と余暇のふたつしかないのだ。全従業員が毎日同じように出勤するのが当たり前の職場では、出勤・退勤の時間も融通が利かない。学校や保育所や病院やスーパーは、勤務先の近くにまとまっているわけでもなく、みんなばらばらだ。そんな職場は、女性にとって不便でしかない。女性が働きやすいように設計されていないのだ。
女性を働きやすくする企業の取り組み
だがなかには、典型的な職場や就業日に潜んでいる男性中心主義の問題に対処しようとしている企業もある。キャンベルスープ社は、従業員の子どもたちのための学童保育や夏期プログラムを職場で用意している。
グーグル社は、新生児の誕生後3カ月間、テイクアウト用の食事手当や補助金付き保育サービスを提供するほか、オフィスの敷地内にクリーニング店などの商業施設を設けており、従業員は平日に個人的な用事をすませることができる。
さらにソニー・エリクソン社[現ソニーモバイルコミュニケーションズ]やエバーノート社では、従業員にハウスクリーニング費用まで支給している。
アメリカの職場では、専用の搾乳スペースを用意するところが増えている。アメリカン・エキスプレス社では、母親が授乳期に通勤しなければならない場合、母乳を家に配達するための費用まで会社が負担している。
しかし、このように女性への配慮を忘れない企業はめったにない。
2017年、アップル社がアメリカ本社を「世界最高のオフィスビル」だと宣言したとき、その最先端オフィスには医療施設や歯科クリニックや、ラグジュアリーなスパまで備えていたが、保育施設はひとつもなかった。つまりは、男性にとって世界最高のオフィスというわけだろうか?
目に見えない男性優位な傾向が女性を働きにくくする
実際、男性のニーズこそ普遍的であるという思い込みにもとづいた労働文化のせいで、世界中の女性たちはいまだに不利な立場に置かれている。最近の世論調査において、アメリカの主婦や主夫の大多数は(97%は女性)、自宅で働けるなら復職したい(76%)、フレックス勤務で働けるなら復職したい(74%)と回答している。
アメリカの企業の大半はフレックス勤務を提供していると主張しているが、実情はやや異なるらしい。実際、2015年から2016年にかけて、アメリカではフレックス勤務者数は減少しており、大手企業ではリモートワーク制度の撤回が始まっている。イギリスでは半数の労働者がフレックス勤務を希望しているが、求人広告でフレックス勤務を明言しているのは9.8%にすぎない。そして、フレックス勤務を希望する女性たちは、職場で不利な目に遭っている。
企業はいまだにオフィスでの長時間労働を有能さと混同しているきらいがあり、どこの企業でも評価するのは長時間働く従業員であることが圧倒的に多い。おかげで得をするのは男性たちだ。統計学者のネイト・シルバーは、労働時間が週50時間以上の従業員の時給は(70%は男性)、もっと一般的な週35〜49時間労働の従業員の時給にくらべて、1984年以来2倍の速さで上昇していることを突き止めた。
そして、この目に見えない男性優位の傾向は、残業時間は課税対象とならない国々においては、さらに助長されている。
日本がジェンダーギャップ指数で世界的に後れをとるワケ
長時間労働の傾向は日本ではきわめて著しく、真夜中過ぎまで働く従業員もめずらしくない。勤務時間の長さや勤続年数にもとづいて、昇進が決定されるせいもあるだろう。
そのためなら、「ノミニケーション」への参加もいとわない――日本語の「飲む」と英語のコミュニケーションを組み合わせた言葉遊びだ。もちろん、どれも建前上は女性にもできることだが、実際にはなかなか難しい。日本の女性は1日5時間の無償労働をしているが、男性は1時間だ。遅くまで残業して上司にアピールし、近くのストリップバーでおおいに盛り上がって酒を飲む。そんなことができるのは男女のどちらか、一目瞭然だろう。
日本で女性の無償労働がさらに多いのは、日本の多くの大手企業が採用している総合職(キャリア)と一般職(ノンキャリア)という2種類のキャリア制度のせいもある。一般職はおもに事務職で、昇進の機会はほとんどなく、「ママ」路線とも呼ばれている「ママたち」は、総合職の人材に求められる労働文化にふさわしくないのだ。子どもをもつことによって女性の昇進の機会には影響が生じる(勤続年数の長さによって、会社への忠誠心をアピールできるかにかかっている)ため、日本の女性の70%は第1子を出産したのち、勤続10年程度で退職し(アメリカの場合は30%)、そのまま就労しない人たちも多い。また日本はOECD諸国のなかで、雇用における男女格差では第6位、賃金における男女格差では第3位となっているのも、驚くべきことではない。
女性が「昇進」しにくい問題
長時間労働の文化は学問の世界でも問題となっている。これを悪化させているのは、典型的な男性の生活パターンにもとづいて設計された昇進制度だ。
欧州の大学に関するEUの報告書によれば、フェローシップ(特別研究員、特別研究員への奨学金、研究奨励制度)における年齢制限は、女性差別に当たると指摘している。
女性の場合はキャリアを中断するケースが多いため、「年齢のわりに、研究者としての実績年数が少ない」傾向が見られるからだ。『子どもは重要か――象牙の塔におけるジェンダーと家族(Do Babies Matter: Gender and Family in the Ivory Tower)』(未邦訳)の共著者で、ユタ大学教授のニコラス・ウォルフィンガーは、『アトランティック』誌の記事において、大学はパートタイムのテニュア・トラックのポジションを提供すべきだと主張した。
主たる保育者でも、パートタイムならばテニュア・トラックに残ったまま仕事を続けられるし(実質的に試用期間は2倍に延びるが)、都合がつくようになったらフルタイムに復帰すればいい。
このような選択肢を設けている大学もあるいっぽうで、その数はまだ非常に少ない。ここにも、ケア労働のためにパートタイム勤務に切り替えたせいで、貧困に陥ってしまう問題が表れている。
働く女性を脱落させないドイツの制度
この問題にみずから取り組んでいる女性たちもいる。ドイツでは、1995年にノーベル生理学・医学賞を受賞した発生生物学者、クリスティアーネ・ニュスライン=フォルハルトが、博士課程にいる子持ちの女性たちが、男性にくらべていかに不利であるかに気づき、財団を設立した。
こうした女性たちは「熱心な研究者」であり、日中は子どもたちをフルタイムの保育園に預けている。
それでも、長時間労働文化のはびこる環境において、平等な条件で働くにはほど遠い。保育園の閉園時間以降は、また身動きが取れなくなってしまうからだ。
そのあいだも、男性や子どものいない女性の同僚たちは、「読書や研究の時間を捻出している」。こうして子持ちの女性たちは、熱心な研究者であるにもかかわらず、道半ばで脱落してしまう。
ニュスライン=フォルハルトの財団は、このような脱落者をなくそうとしている。受賞者には毎月奨学金が支給され、「家事労働の負担を軽減するためなら、ハウスクリーニングサービス、食洗機や乾燥機などの時短家電や、保育園の閉園後や休園日のためのベビーシッター代など、どのように使ってもよい」。ただし、この奨学金の受給者はドイツの大学の修士課程か博士課程の在籍者でなければならない。
そして重要なことは、アメリカの大学が育児休暇を取得する教員に適用するジェンダー・ニュートラルなテニュア延長制度とは異なり、ドイツのこの奨学金制度は女性限定なのだ。
“経費”における不公平さ
男性中心のイデオロギーが見られるのは職場だけではなく、就労規定に関する法律にも織り込まれている。たとえば、どんなものを仕事の経費として認めるかだ。この問題は、おそらくあなたが思っているほど客観的でもジェンダー・ニュートラルでもない。会社が従業員に対して経費精算を認める範囲は、一般的にその国の政府がなにを経費として認めるかに準じている。そして一般的に、それは男性にとって必要なものである場合が多い。制服やツールは経費として認められるが、緊急時の保育費用は認められない。
アメリカの場合、なにが正当な経費として認められるかは、内国歳入庁(IRS)によって決定される。「一般的に個人的費用や生活費や家計費は、経費として認められない」。しかし、どんなものが個人的費用に相当するかは、議論の余地がある。そこで、ドーン・ボヴァッソの出番だ。ボヴァッソは、アメリカの広告業界ではめずらしい女性クリエイティブ・ディレクターで、シングルマザーでもある。
何が正当な経費なのか
会社からディレクターズ・ディナーへの招待状を受け取ったとき、ボヴァッソは決断を迫られた。200ドルのベビーシッター代を払ってまで、わざわざこのディナーに出席する価値があるだろうか? ボヴァッソの男性の同僚たちは、そんな計算に頭を使う必要もない。もちろん、シングルファーザーも存在するが、数は非常に少ない。イギリスではひとり親の90%は女性で、アメリカでは80%だ。ボヴァッソの同僚の男性たちは、ただスケジュールを確認して出席か欠席かの返事をすればよく、ほとんどの場合は出席した。それどころか、彼らは会場のレストラン付近のホテルを予約して、飲み直すのだ。彼女が支払うベビーシッター代とはちがって、こうした飲み代は会社の経費で落とすことができる。
ここに不公平さが潜んでいるのは明白だ。会社の経費規程は、従業員の家庭には専業主婦の妻がいて、家事と子どもの世話をするのを前提としている。それは女性の仕事だから、会社が支払う必要はない。
ボヴァッソは、つまりこういうことだと言っている。
「遅くまで残業したら(奥さんが留守で、料理をつくってもらえないから)テイクアウトのために30ドルもらえる。したたかに酔っ払いたい気分なら、30ドルでスコッチを飲んでもいい。だが、ベビーシッターを雇うために30ドルはもらえない(奥さんが家にいて、子どもの面倒を見ているんだから)」
結局、先ほどのディナーの件では、ボヴァッソはベビーシッター代を会社に負担してもらうことができた。だが彼女が指摘しているとおり、「あくまでも例外であり、こちらから要求しなければならなかった」。
女性はいつもそうだ。つねに例外であり、デフォルトになることはない。
“規定”を設けても実際に支給されていない実態
イギリスの女性解放団体フォーセット・ソサイエティによる、イングランドおよびウェールズの地方自治体に関する2017年の報告書によれば、「すべての地方議会は、議員が職責を果たすために必要なケア費用(保育・介護費用)のための手当を支給しなければならない」という規程を2003年から設けているにもかかわらず、実際に支給されたケースはごくわずかだった。
なかにはケア費用の払い戻しにまったく応じない議会もあり、払い戻しに応じる議会の大半も「補助金」を支給するだけだ。マンチェスターにあるロッチデール自治区議会の規程には、「これは1時間につき5.06ポンドを支給するもので、『ケア費用の全額払い戻しではなく、補助金である』と明記されている。ただし、この重要な注意事項は交通費には適用されない」。
これはリソースの問題ではなく優先順位の問題だと思われるが、地方議会の大半の会議は夜に開催される(保育の手が最も必要となる時間帯だ)。いまではアメリカやスウェーデンなど多くの国々の議会において、会議への出席や投票がリモート方式でも可能となっているが、イギリスの現行法はこのような安価な代替策を認めていないのだ。
「女性の見えない労働」に配慮した職場づくりを
有給労働の文化全体について、抜本的な見直しが必要なのはきわめて明白だ。そのためには、女性たちが従来の職場設計の対象であった身軽な労働者とは異なることを、しっかりと考慮する必要がある。
さらに、男性は右にならえで足並みをそろえる傾向が強いとはいえ、そんな働き方は望んでいない男性たちも増えている。結局のところ、企業も含めて私たちは誰ひとり、ケア労働者たちによる目に見えない無報酬労働の世話にならずには、生きていけないのだ。
もういいかげん、ケア労働をする人たちを不利な立場に追い込むのはやめるべきだ。私たちは無償のケア労働を認め、正当に評価しなければならない。そして、無償のケア労働に配慮した職場づくりを始めなければならない。