2020年の婚姻件数12.7%減少
春といえば新生活のシーズン。皆さんの中には最近、一人暮らしを始めた方もいらっしゃるでしょう。
また、実はコロナ禍で「結婚する男女」が減り、一人暮らしが増えた可能性があります。2021年に発表された20年の婚姻件数は、前年(19年)より12.7%も減少(厚生労働省調べ)。21年6月に公開予定の「国勢調査(2020)」(総務省/速報値)では、コロナ前の予測より「未婚率」の上昇が顕著かもしれません。
さらに、コロナ禍で外食が減ったことで、一人用の「おひとりさま家電」がますます注目される存在に。話題の新商品も、続々と登場しています。
社員数35人の会社がヒット商品を連発
その一つが、「おひとりさま用 超高速弁当箱炊飯器」(以下、「おひとりさま用弁当箱炊飯器」)。文字通り、一人用の弁当箱と「超高速(短時間)」でご飯が炊ける炊飯器が一体となった、画期的な新商品です。
19年12月の発売直後から、ネットニュース等で話題となり、わずか2日で初回入荷分がすべて売り切れたほど。21年3月末現在で、約10万台が売れるヒット商品となりました。
発売元のサンコー(東京都千代田区)は、もともとパソコン周辺機器などのデジタルガジェットを扱う企業にいた山光博康さん(現・代表取締役CEO)が2003年に興した会社です。社員数わずか35人の中小企業でもあります。
実は近年、「おひとりさま用弁当箱炊飯器」以外にも、次々とヒット商品を世に送り出しているのですが……、なぜサンコーは、このコロナ禍でも画期的な新商品を生み出し、快進撃を続けられるのでしょうか。
わざわざキッチンで調理するのは面倒
「おひとりさま用の弁当箱炊飯器を発売する前から、『一人用のコンパクトな炊飯器は、確実に需要がある』との感触を得ていました」と話すのは、同広報担当の﨏(えき)晋介さん。
というのも、サンコーでは17年、一人分のご飯を水蒸気で加熱して炊ける、ハンディ炊飯器(「蒸気で炊く! お一人様用ハンディ炊飯器」)を発売していました。
背後には「キッチンが狭くて、従来の炊飯器が置けない」などの声があったそうですが……、もう一つ、このころから「わざわざキッチンに行かなくても、(テーブルの上などで)作って食べられたらいいのに」との、消費者ニーズの高まりを感じたといいます。
「というのも、他社の売れ筋を見たとき、当時から卓上型のスチーマーやフライヤーなどの調理器具が人気だったんです。また一人暮らしの男女にとって、キッチンまで出向いて調理するのは、結構面倒なんですよね」(﨏さん)
職場でも「炊き立て」が食べたい
17年発売のハンディ炊飯器は予想以上に売れ、消費者からはさらなるワガママが寄せられた。それが、「職場でも“炊きたてのご飯”が食べられたらいいのに」。
こうした声の背後には、「キッチン以外で(自宅で)ご飯が炊けるなら、職場でも炊ける炊飯器が作れるはず」との視点があったのでしょう。確かに、「自宅」が「職場」に置き換わるだけなので、理論上はすぐ商品化できそうですよね。
「でも、当時のハンディ炊飯器では、0.5合のご飯が炊き上がるまでに50分程度かかっていた。これではお昼休みが潰れてしまいますから、せめて15~20分程度にまで短縮する必要があったんです」(﨏さん)。
そう、「職場でも炊ける」を可能にするためには、炊飯の「大幅な時短化」が大命題だった。かなりの難題に思えますが、結論から言うと、サンコーはこれをわずか1年弱でクリア、半合あたり約50分だった炊き時間を、おひとりさま用弁当箱炊飯器で「約14分」、つまり3分の1以下にまで短縮したのです。
一体なぜそんな偉業を、短期間で達成できたのでしょう?
アイデア出しの社内ルール
実はサンコーには、「毎週必ず、新商品アイデアを提案すること」との社内ルールがあります。﨏さんによると、役員を除く全社員(原則)とアルバイトスタッフを加えたメンバーが、同社のコンセプト(「面白くて役に立つものを展開する」)に沿ったオリジナルの商品企画を毎週、社内の電子掲示板に書き込むそうです。
ただし、そこに社長や役員は参加しない。だからこそ、メンバーは自分以外のアイディアにも「もっとこうしたらいい」や「このほうが売れそう」など、面白がりながらワイワイと意見を書き込めるのでしょう。
実際に、職場でご飯を炊ける炊飯器を開発しようかとなった直後、掲示板には技術系の社員から、「熱の通りをよくするために、小型化しよう」や、「丸形だと炊きあがりがムラになるから、四角形にしてヒーターを張り巡らせたら?」など、できるだけ短時間でうまく炊き上げる解決策が、どんどん提示されたとのこと。
一方、アイデア段階の炊飯器を見たメンバーからは、「小型で四角い炊飯器って、そういえば『弁当箱』みたいだね」との声があがったと、﨏さん。
続いて出たのは、「確かに!」「それなら、炊いたご飯をそのまま(弁当箱から)食べられないの?」や「だったら職場でサッと水洗いして持ち帰れないと、匂いが気になる」といった、消費者目線の声の数々。
結果としてアッという間に「おひとりさま用弁当箱炊飯器」の素案が、形になっていったといいます。
周りを面白がらせたい社員ばかり
上司から「毎週必ずアイデアを出せ」と上から目線で言われれば、ややもすると心理的負担になるかもしれない。でもサンコーの場合、メンバーの多くが「周りの人を面白がらせたいと、普段からいろんなことに興味を持っている」と﨏さん。
彼のアイデアで商品化された「部屋干しくるくるカラりん」は、電動回転式ハンガー掛け。ハンガー部分が1分間に6回転するため、洗濯物にまんべんなく日光や風が当たる仕組みで、発想のきっかけは「僕自身が、洗濯物に乾きムラがあるのがイヤで、途中でひっくり返すのも面倒。なんとか解決できないかと考えたことでした」。
大企業ではできないことを素早くやる
こうした自由で「消費者目線」のアイディアは、大企業ではなかなか商品化されにくいはず。商品が消費者に届くまでに、卸売りや小売りなど幾重もの流通経路を経なければならず、採算面からも、ある程度は大量に売れる見込みがないとゴーサインを出しにくいからです。
ですが、「弊社が珍しい商品を次々と世に送り出せるのは、企業規模だけが理由ではないかもしれない」と﨏さん。私も今回、サンコーの新商品開発の仕組みを聞いて、まさに同じことを感じていました。
ズバリ、それは「アジャイル型」の商品開発。アジャイルとは「すばやい」「俊敏な」などの意味で、たとえ完成度が不十分でも「まず市場に出してみよう」とする考え方です。
アジャイル型の開発を取り入れる業界が増えてきた
アジャイル型は、もともとシステム系のソフトウェア開発を中心に行なわれてきました。
たとえばアプリやOS、ゲームソフトなどは、仮に完璧でないまま世に出したとしても、ネット経由でアップデートすれば、日常的に更新が可能ですよね。だからこそ「まずβ版を発売してみて、市場の声を聞きながら改良していこう」と考えやすい。
サンコーも、起業した山光社長自身がデジタル系に強かったため、似た発想があったのかもしれません。
昨今、アジャイル型はIT業界を飛び出し、家電や自動車開発にまで取り入れられるようになりました。パナソニックが20年に発売を開始した、集中力を高めるウェアラブル端末(「WEAR SPACE」)や、テスラの電気自動車などは、その一例です。
完璧でなくても、とりあえず出してみる
日本はこれまで、完璧な「完成型の商品」を多々、世に送り出してきました。だからこそ、「メイドインジャパン=高品質」のブランドイメージを保ってきたのでしょう。
また自動車という商材は、製造ラインでの手直しに相当なコストがかかるため、未完のまま進めていくアジャイル型の開発手法を「ふさわしくない」とする見方もあり、私も一理あると考えます。
ですが日用家電については、必ずしも「完璧でなければ」とは思いません。「発火しない」など最低限の安全性さえ確認できれば、多少不完全であっても「まず出してみる」との姿勢が生きてくるケースもある。
20年4月、第4弾が発売された「ネッククーラー(Neo)」も、その一例でしょう。
コミケ常連社員による大ヒット商品
同商品は、もともと夏場の「コミケ(コミックマーケット)」の常連だった社員による「あったらいいな」から開発された、「首にかけるだけ」の冷却ウェアラブルツールです。
20年、コロナ禍で夏でもマスクをする必要性が生じたこともあり、冷却持続時間を長くできるよう改良。その結果、発売から約1年で累計25万台を売る、同社の売上ナンバー1商品になりました(21年3月末現在)。
アジャイル型の利点は、「開発のスピード」以外にもさまざま。時代の動きを見ながら日々アップデートできるほか、関係者が「β版」に意見を言い、それが商品に反映されることで「自分も開発に関われた」と満足感やワクワク感を得られる点も大きいと言えます。
まさにサンコーの社員やスタッフも、そうしたワクワク感を日々味わっているからこそ、「周りを面白がらせよう」とのモチベーションを保てるのではないでしょうか。