希望退職募集の人数は昨年比2倍以上と急増している。2年前に希望退職に応じた女性が、募集開始から上司との面談をへて退職を決断するまでの葛藤を語ってくれた――。
窓の外の都市をみる女性
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希望退職の募集人数、前年同期の2倍超

希望退職募集という名のリストラが増加の一途をたどっている。東京商工リサーチの調査によると、2020年に希望退職募集を実施した上場企業は前年の2.6倍の93社だったが、今年の1月から3月の募集企業は41社。人数はすでに9505人に達し、前年同期(4447人)の2倍を超えている(3月31日発表)。

新型コロナウイルスを募集理由に掲げた企業は41社のうち27社と65.8%を占めるなどまさに“コロナリストラ”と呼べる。また、リストラといえば昔は一家の大黒柱である男性社員の失職というイメージがあったが、今では女性の正社員や管理職も増えており、当然ながら女性社員もリストラの対象になる。

相当数の女性社員が退職者に含まれる

しかもコロナリストラでは比較的女性社員が多い業種を直撃している。2020年の希望退職募集企業の業種別で最も多かったのはアパレル・繊維製品の18社で約2割を占め、次いで自動車関連、電気機器が各11社、居酒屋チェーンなどの外食、小売業が各7社、旅行関連などサービス業6社となっている。アパレル・繊維、小売り、旅行はとくに女性が多い職場だ。今年に入ってもアパレル・繊維はトップの7社、観光関連のサービス業が4社もある。

たとえばアパレル業界最大手のワールドは3月に40歳以上の社員を対象に約100人の希望退職者を募集したが125人が応募している。もちろん男女の内訳はわからないが、同社の2020年度採用の女性正社員比率は63.6%だ(女性活躍推進法に基づく一般事業主行動計画より)。

同業の三陽商会も150人募集し、180人が応募し、3月31日に退職した。同社の20年4月入社の総合職の女性社員比率は8割を占めている。

旅行業界大手の近畿日本ツーリストも女性の採用比率が高く、2016年度に採用した115人のうち女性が75人と65.2%を占める。同社も今年1月、35歳以上の社員を対象に希望退職を募集したが、パート社員を含む1376人が応募し、3月末に会社を去って行った。この中には相当数の女性社員が含まれているだろう。

新型コロナウイルスによる雇用悪化の影響は、非正規の女性に集中していることが大きく報じられているが、じつは上場企業の正社員のリストラでも多くの女性社員が犠牲になっているのは間違いないだろう。

失業した人が集まる場所

希望退職募集に応募すると、通常の規定退職金にプラスして割増退職金と、オプションで再就職支援会社を通じた就職支援サービスが付く。割増退職金を月給の12~24カ月分、多いところでは36カ月支給する企業もある。再就職支援サービスは企業と契約したアウトプレースメント会社が行うが、就職の斡旋ではなく、職務経歴書の書き方や新しい仕事の探し方など、あくまで就職するまでサポートするのがメインの役割だ。

履歴書とボールペン
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リーマンショック後に大量リストラが実施された時期に都内のアウトプレースメント会社を取材したことがある。オフィスに入ると、広いフロアにブースで仕切られたたくさんの机が並び、大勢の人たちが電話をかけたり、目の前のパソコンに向かっていた。同社の幹部に「この人たちはお宅の社員ですか?」と尋ねると、「いや、皆さん再就職支援サービスを受けている人たちです」と言った。

中二階から眺めると、確かに40代以降の年輩の人たちが多い。その中にヒールを履いたスーツ姿の女性も混じっていたのが印象的だった。彼・彼女らは自宅から毎日このオフィスに通い、コンサルタントから職務経歴書の書き方や面接の指導を受けたり、企業面接のアポを取るなど、ここを拠点に活動していた。全員が退職し、職探しをしている人とはいえ、一見、普通のビジネスパーソンと変わらない。自宅から毎日電車に乗って通っていると、近所の人は誰も「失業している人」とは思わないだろう。

希望退職は退職したい人が手を挙げるのではない

ただし、彼・彼女らの心中は複雑だ。同社の幹部は「会社に辞めさせられたというショックから立ち直れない人も少なくない。最初のコンサルティングは、そうした気持ちを切り替え、再就職に前向きになるようにすることから始まる」と言っていた。

ところで「希望退職者募集」は「希望」だから退職したい人が手を挙げるので一方的なリストラ(クビ切り)でないと思う人もいるかもしれない。

しかし実際はそうではない。以前、希望退職募集を実施した機械メーカーの人事部長は「会社は各部門の削減人数を確定し、希望退職募集の公表後に部門長による全員の面談を設定する。その中で応募しないで残ってほしい社員の慰留と、退職してほしい社員の退職勧奨も行われる」と言っている。つまり、希望退職では、会社としては残ってほしい優秀な社員と辞めてほしい社員を選別し、部門長に面談を通じて削減人数の達成を厳命することが同時に行われることが多い。

A、B、Cのランクごとに面談の内容が違う

対象者の個別の面談に際しては、マニュアルを用意している企業もある。具体的には社員をABCの3つのランクに区分けし、対象者ごとに対応が異なる。Aランクは、今後の活躍を期待する慰留する人、Bランクは本人の選択に委ねる人、Cランクは社外での活躍を促す退職候補者だ。もちろん最大のターゲットはCランクの社員だ。

2年前、大手製造業の販売子会社の希望退職募集で面談を受けた人事課長(50歳)の女性はこう語っていた。

「私はABCランクのB、つまり退職するのは私しだいということでした。面談したのは上司の人事部長です。とくに残ってくれとか、辞めてほしいという意思は示されませんでした。私を含めてバブル世代の管理職が多いのは確かでした。上司から話を聞いたときは、なるほどね、私たちに辞めてほしいのだなという会社の意思を感じました。上司にどうする? と聞かれて『辞めます』というセリフしか出てきませんでした」

多くのバブル世代が手を挙げた

彼女自身は人事部にいてそれなりに懸命に働いてきた。

リストラせざるをえない会社の事情は理解しているつもりでも、やはり疑問も残ったと言う。

「バブル世代が多く、人口構成もいびつな構造になっていましたし、社員意識調査でもやる気のない社員が多いことも知っていました。人事にいたので私と同じ世代を含めて研修を含めた風土改革を実施し、もう一度鍛え直して戦力化していく必要性は認識していました。でも会社は明確な態度を示さないまま、希望退職者募集に踏み切りました。

そうなると、結局私たちはお荷物なのねという諦めの気持ちなり、多くの同世代が募集に手を挙げました。ただ、あと5年もすれば新卒も簡単に取れなくなるし、人手不足が深刻化したら経営者はどうするんだろうという思いもあります。また、課長クラスの慰留されるべき優秀な社員も相当数手を挙げました。その人たちが抜けたら後が大変だという声もありました。後輩に『私たちが辞めるとあなたたちにチャンスがくるからね』と言うと、一様に複雑な顔をしていましたね」

志半ばで会社を去った人事課長

じつは彼女自身も会社が推進する働き方改革の先頭に立つリーダーの1人だった。ノー残業デーの実施や子育て中の女性社員の働きやすい環境づくりに向けて、人一倍熱心に取り組んできた。筆者も何度か取材に訪れ、他社に参考になるような制度を紹介したことがある。

彼女が抜けることで今後の女性施策や働き方改革が遅れることにならないのかと心配した。彼女もこう言っていた。

「業務の効率化など、やるべき施策や課題は山積していましたし、途中で投げ出すことで遅れるかもしれません。でも一方では、今回のリストラによって私たちが苦労して取り組んできた働き方改革っていったい何だったのだろうという思いもあります。結局、同じ生産性向上でも会社はリストラによる生産性の向上を選択したということですから。後輩の女性社員たちがやる気を失わないだろうかというのが唯一の気がかりです」

彼女の疑問はもっともだろう。働き方改革の目的は社員の満足度を高めることで究極的には生産性の向上にある。そのためには一つひとつ積み上げていく地道な取り組みこそ重要だ。リストラは短期的には経営にとって大きなメリットがあるかもしれないが、残った社員のモチベーションの低下など中長期的な生産性のリスクも抱えている。

今回の一連のリストラでも、彼女と同じ思いを抱いて会社を去って行った女性も多いのではないだろうか。