※本稿は、OJTソリューションズ『トヨタの日常管理板 チームを1枚!で動かす』(KADOKAWA)の一部を再編集したものです。
なぜ日常管理板が生まれたのか
マネージャーの皆さんの中には、もしかしたら日常管理について、「日々メンバーの仕事をチェックするなんて、よけいな仕事を増やしたくない」「メンバーたちだって、管理が強化されると感じて嫌がりそう」と思う方もいるかもしれません。
しかし、多くのトヨタ出身トレーナーが口をそろえて言うことがあります。それは、「日常管理板は仕事を楽にするためのもの」ということです。
トヨタの堤工場で工作設備の保守保全に努めてきたベテラントレーナー大嶋弘が、そもそもなぜトヨタで日常管理板が生まれたのか、その経緯について教えてくれました。
「トヨタのマネージャーになるステップは、まず、入社10年目くらいの社員から選ばれる『班長』になるところから始まります。現場のリーダーとして、はじめて10人弱のメンバーを持つのです(2000年頃の基準)。その次が数人の班長を束ねる『組長』です。現場リーダーである組長は、もともとはあこがれの職制でした。ところが、当時の実態は監督職であるにもかかわらず、製造ラインの細かな生産管理に追われて、現場作業から抜けられず、非常に負担の重いポストになっていました。
やがて、組長になることを忌避する風潮が生まれ、その結果、改善活動も停滞し始め、『弱い職場』になっていってしまったのです」
管理ボードの活用で「組長頼り」脱却へ
その状態に危機感を覚えてトヨタで始まったのが、「組長の働き方改革プロジェクト」だったと言います。「労使一体となって、組長がマネージャー業務に専念できる環境づくりに取り組みました。
それまでは『困ったときの組長』といわれるくらい、何から何まで組長のもとに持ち込まれ、現場対応に忙殺されていたのですが、現場の管理をメンバーに分散させて組長の負担を軽減。トヨタの日常管理板のもととなった『管理ボード』を作成して、各自がやるべきことを明確にしました。
これにより、方針達成に向けた長期的な取り組みが可能になり、各メンバーがどのように仕事に取り組んだか、そのプロセスを評価することも可能になりました。メンバーも仕事がしやすくなり、自律的な改善が活発化し、再び『強い職場』が戻ってきたのです」
多忙で心身の健康を損ねたマネージャー
生駒正一は、トヨタ時代から一貫して「人づくり」にたずさわってきたトレーナーです。国内はもとより、海外工場でもTPS(トヨタ生産方式)の指導を重ね、衣浦工場の人材育成グループの課長として階層別教育にも関わりました。
その生駒が、ある指導先の企業で、多忙な状況に押しつぶされてしまったマネージャーが日常管理板で復調したケースについて話してくれました。
「その企業では、スケジュールは各メンバーの頭の中にしかない状態で、それぞれが責任をもってスケジュールを守り、目標をやり遂げるという仕事のやり方をしていませんでした。
そのため、毎度、締切間近になると進行の遅れが露見して、マネージャーである課長も現場に入って奮闘し、何とか締切に間に合わせていました。
しかし、そのような状況が続き、過度な負担がかかっていたことで、課長は心身の健康状態を損ねてしまい、休職を余儀なくされてしまったのです。
「今何をやらなければいけないか」を全員が明確にわかるように
課長の役割は、現場でプレーヤーとして率先して仕事をすることではありません。
メンバーに仕事を割り振って担当させ、やり遂げるように管理することが、マネージャーとしての課長の役割です。
そこで、日常管理板を活用して、『各メンバーが受け持っている仕事を進めるために、今何をやらなければいけないか』を皆がわかるようにし、全員がお互いの状況に気づけるしくみにしました。
あるメンバーの進行が遅れていれば、気づいた同僚が遅れを指摘して促したり、アドバイスしたりしてサポートできるようにしたのです。
こうして、メンバーたちも期日までに仕事をやり切れるようになり、課長も本来の管理業務に集中できる環境に変わっていきました。やがて、心理的な負担が減ることで体調も改善し始め、職場に完全復帰できたのです。」
メンバーの心理的負担も低減できる
日常管理板の活用で心理的な負担が減るのは、マネージャーばかりではありません。「誰が何をするべきなのか」が明確になると、メンバーたちの心理的な負担も減ります。
また、メンバーたちは、方針や目標を達成するための管理指標をクリアすることが、評価の対象になることがわかっています。つまり、日常管理板があると、「何をすれば評価されるのか」がわかるので、力を注ぎ込みやすくなるのです。
「クリアすべき管理指標があり、そこに向けて毎日やるべきことが決まっているわけです。もちろん全力で取り組みますが、もし管理指標を達成しても方針や目標が達成できなかったとしたら、それは『マネージャーが設定した管理指標が正しかったのか』、『メンバーに仕事をやり切らせるという、マネージャーの役割をきちんと果たせていたのか』と、最終的にはマネージャーの責任が問われるものになります。
つまり、メンバーたちが安心して仕事に取り組めるようになるのです」(生駒)
マネージャーの最も重要な職務とは
マネージャーにとって、「現場で何が起きているか」を知るために、現場に関与することはもちろん大切です。ただ、そこで最も重要な職務は「管理」であり、汗をかいて実務や実作業をすることではありません。
しかし、先ほどの例のように、メンバーのミスや業務の遅れをフォローするためにマネージャーが実作業に回ってしまうことは、オフィスでも往々にしてあるのではないでしょうか。
もちろん、緊急時には避けられない場合もあるでしょう。しかし、頻発したり常態化したりして管理業務が滞り、ほかのメンバーへの目配りがおろそかになっては元も子もありません。
マネージャーが自分の仕事を楽にするだけでなく、結果としてメンバーたちも働きやすくするために、日常管理板は役立つのです。