ANA新千歳空港の国際線グランドスタッフとして働く岩佐綾香さんと福島実香さん。貨物を除いた国際線が1便も飛ばなかったこの1年を、彼女たちはどんな思いで過ごしてきたのだろうか――。
福島さんは機会があれば、また参加したいと話す。
写真提供=ANA
余剰時間で取り組んだ農業支援は、予想以上のハードワークだった。

国際線が1便も飛ばない1年

ANA新千歳空港の国際線グランドスタッフは、おそらくコロナ禍の影響をもっともダイレクトに受けた職種のひとつではないだろうか。なにしろ2020年3月末から現在まで、新千歳空港発着の国際線は1便も飛んでいないのである(貨物便を除く)。

新千歳空港で国際線のチェックイン業務や搭乗業務を担うANAのグランドスタッフは、いったいどのように“飛行機の飛ばない1年”を過ごしたのか、2人のグランドスタッフに話を聞くことができた。

入社6年目の岩佐綾香は、地元千歳市の出身。高校時代から英語専門のクラスに籍を置き、短大でも英語を学んだ。

「学生時代から英語を生かせる仕事に就きたいと思っていました。新千歳空港は憧れの職場だったので、就職が決まったときは本当に嬉しかったです」

入社してまずは国内線の旅客業務に就き、3年目から念願の国際線に異動。外国の航空会社(外航)の委託を受けてチェックイン業務や搭乗口での業務を担当してきた。

飛行機を安全に遅滞なく出発させる責任の重い仕事

グランドスタッフには、保有する資格によって担当できる業務に明確な区分がある。空港や受託先の外航によっても違いがあるが、新千歳の国際線業務の場合、大まかに言うとチェックインカウンターでの業務→搭乗口での業務→DC(デパーチャー・コントローラー)という順序でステップアップをしていく。DCは1機の飛行機を安全かつ遅滞なく出発させる総責任者であり、責任の重い仕事だ。

岩佐は現在、3つの外航を担当しており、そのうちの2つでDCの資格を持っている。

「DCになると1つの便全体を見ることになりますが、どういう流れで1機の飛行機が出発していくかをすべて見られるのでやりがいを感じます。現在は3つめのDC取得を目指しているところです」

資格取得の直後に運休、キャリア積めず

もうひとりのグランドスタッフ、福島実香は入社4年目。熊本県出身の福島は、小学生の時にANAが舞台の『グッド ラック』(木村拓哉主演・TBS系)というドラマを見て以来、航空業界に憧れ続けてきた。大学も航空業界に就職するために外国語大学に進学した。

飛行機が飛び立つときには毎回大きな達成感があると話す福島さん。(写真提供=ANA)
飛行機が飛び立つときには毎回大きな達成感があると話す福島さん。(写真提供=ANA)

「私は現在、3つのキャリア(外航)を担当しています。昨年、1つのキャリアでDCの資格を取得しましたが、直後に運休が始まってしまったのでDCとしてのキャリアを積めていません。ここで仕事を離れたら中途半端になってしまうので、なんとかこの職場でがんばっていこうと思っています。

グランドスタッフの仕事は、最後のお客様が搭乗口を通って、ドアを閉めて、飛行機が飛び立ったとき、今日も安全に定刻通りにお見送りできたなって、すごい達成感がありますね」

いつでも戻れるように、訓練を続ける

空港での仕事は、小さなミスが大きなトラブルにつながりかねない責任の重い仕事であると同時に、発着1回ごとに完結するという意味では達成感を得やすい仕事なのかもしれない。

思うような仕事ができなかった1年を、ふたりはどう過ごしたのだろうか。岩佐が言う。

いつ飛行機が戻っても対応できるように、トレーニングを続けていると話す岩佐さん。(写真提供=ANA)
いつ飛行機が戻っても対応できるように、トレーニングを続けていると話す岩佐さん。(写真提供=ANA)

「いつお客様と飛行機が戻ってきても対応できるように、知識と端末操作のレベルを維持するための訓練を継続してきました」

2つの外航でDCを務める岩佐は、訓練のメニューを考える立場にある。

「実際にチェックインカウンターなどを使って訓練するわけですが、復便のめどが立たない中で、緊張感を維持するのはとても大変なことです」

岩佐は通常業務の訓練のほかに、接客時の細かな所作や敬語の使い方の見直しなどをつけ加えているという。

「せっかくの機会なので、日頃できないことをやってみようと思っているのです」

一方の福島は、英語力の維持に余念がない。

「お客様の大半が外国の方なので、勤務中は常に英語を話している状況でした。ところが、便がなくなって一切英語を聞かない、話さない状況になってしまったので、時間があるときはリスニングをやり、TOEICの勉強も継続しています。新千歳はオリンピックを見据えて2019年の8月に国際線のロビーを拡張したばかりだったので、全便欠航の案内板を見ると心が痛みます」

余剰時間で農業支援

いつ国際線が飛ぶようになっても即応できる準備を整えておくことは、緊張感の維持が難しいとはいえ、当然と言えば当然のことだが、興味深いことに、ふたりはボランティアで農家の支援に志願している。しかも、かなりのボリュームだ。岩佐が言う。

もともと農業に興味があったと話す岩佐さん(右)。(写真提供=ANA)
もともと農業に興味があった岩佐さん(右)。(写真提供=ANA)

「余剰時間を何かに使えないかという思いがある中で、農業支援の募集がありました。実は、以前から少し農業に興味があったので、いい機会だと思って参加しました」

「農家様はこれまで海外から技能実習生を受け入れていましたが、コロナで受け入れができなくなったので人出が足りない。私は岩佐のように農業に興味があったわけではありませんが(笑)、何かお役に立てるならやりたいという気持ちでした」(福島)

海外からの技能実習生の不在とグランドスタッフの余剰時間は、表裏の関係にあると言ってもいいだろう。

ふたりは同じ農家に9月に入っている。ちょうど収穫期だったため、レタス、大根の収穫や大豆畑の草取りを支援した。しょせんは“お手伝い”程度のことだろうと高をくくってふたりの話を聞き始めたのだが、相当にハードな仕事を与えられているから驚く。

想像以上の筋肉痛

受け入れ側の農家の陣容は、パートも含めて5人程度。そこにANAの社員が3人1組で参加している。作業開始は朝の8時。1時間の昼休みをはさんで4時までだから、もしもちゃんと戦力になったのだとすれば、相当な貢献である。岩佐が言う。

大根を段ボールに詰めていく作業は想像以上の力仕事だった。翌日は全身が筋肉痛に……。
写真提供=ANA
大根を段ボールに詰めていく作業は重労働。翌日は全身が筋肉痛に……。

「私は9日間やりました。収穫した大根を洗浄してS、M、Lのサイズに分け、6~8本ずつ段ボール箱に詰めてパレットの上に乗せていくのですが、この箱がかなりの重量でとっても重労働でした。終わった後の筋肉痛は想像以上でした」

「私は6日間やりましたが、収穫以外に草取りもやりました。雑草の種類によっては除草剤が効かず、1本1本手で抜くしかないそうで、私はにんじん畑の草とりをしました。もう、畑が広くて広くて……」(福島)

もっとやりたいくらい、農業の仕事は面白い

さすがは北海道といったところだが、異業種といっても、極端にかけ離れた仕事をやってみて、ふたりはいったい何を感じただろうか。岩佐が言う。

新千歳空港で国際線のグランドスタッフとして働く岩佐さん(右)と福島さん(左)。(写真提供=ANA)
農業支援で学んだことを本業でも生かしたいと話す2人。(写真提供=ANA)

「農業でも機械を使うので安全のために声がけをするとか、出荷までにはチームワークが重要だとか、私たちの仕事と共通することがたくさんありました。農家様で学んだことを本業に生かしていきたいと思いました」

とまぁ、ここまでは型通りのコメントである。本音はどうか?

「私は外で働くのが結構好きなので、たった9日間だったからかもしれませんが、面白かったです。正直言うと、もう少しやりたかったですね」

福島はどうか。

「農家様にとてもよくしていただいたので、機会があればまた参加したいですが、参加できるということは本業がまだできないということでもあります……。お客様をお迎えし、出発を見届ける仕事を早くやりたいという気持ちの方が、私は強いです」

海外からの渡航者の「第一印象」を左右する仕事

ふたりの話を聞いていると、航空会社のグランドスタッフには、海外からの渡航者が初めて接する日本人であるという自負が強いことが伝わってくる。たしかに、グランドスタッフの対応いかんで、日本という国、あるいは北海道という地域の第一印象が大きく左右されるのは事実だろう。

彼女たちが余剰時間を使って語学や接客の所作を磨き上げ、農業の支援を通して地域を深く知ることは、少々大げさな言い方をすれば国益につながることだ。福島が言う。

「社員向けのウェブサイトで幹部が書いていたことですが、これまでの接客はこちらからお客様に声をかけて距離を縮める接客だったけれど、これからは、適切な距離を取りながらなおかつ冷淡にならない新しい接客を考えていかないと、ANAが立ち直ることはできないだろうと……」

コロナの傷は大きいが、コロナの影響で新しい接客のスタイルが生まれるのだとすれば、失うものばかりではないのかもしれない。