「女性がたくさん入っている理事会の会議は時間がかかる」「(発言の短い組織委員会の女性理事らは)わきまえておられる」――。東京オリンピック・パラリンピック組織委員会の森喜朗前会長による女性蔑視発言への、抗議の声が止まらない。森前会長の発言は、これまでの政治家の失言とは何が違うのか。相模女子大大学院特任教授でジャーナリストの白河桃子さんと、ツイッターでフェミニズムについて発信してきた、広告関連の仕事をする会社員の笛美さんが語った――。

※対談は、音声SNS「Clubhouse」(クラブハウス)で、公開取材として行われました。

前日の女性蔑視発言について記者会見する東京オリンピック・パラリンピック組織委員会の森喜朗会長(当時)=2021年2月4日、東京都中央区[代表撮影]
写真=AFP/時事通信フォト
前日の女性蔑視発言について記者会見する東京オリンピック・パラリンピック組織委員会の森喜朗会長(当時)=2021年2月4日、東京都中央区[代表撮影]

「わきまえていた」女性たち

【白河】今回の森前会長の発言を最初に聞いたときに、笛美さんはどう思いましたか。

【笛美】「はあ?」と思いました。

森前会長は前から同じような(女性を蔑視するような)ことをおっしゃっていました。でも今回は、組織委員会会長としての発言だったので、本当にびっくりして「マジか」と思っちゃいました。

笛美さんの自画像=笛美さん提供
笛美さんの自画像=笛美さん提供

【白河】そうですよね。私はですね……、けっこう怒りました。

【笛美】白河さんは、これまでもたくさんこうした(男性政治家が女性を差別する発言をするという)シーンをご覧になっているじゃないですか。それでも今回怒ったのは、なぜですか。

【白河】その日の夜、私はたまたま、Clubhouseで森前会長の発言について語る部屋を立ち上げていた知り合いがいたので入ってみたんです。すると、みなさん結構感情を抑えて耐えている感じがしたんです。

こういう場合ですら「感情を出したら女のヒステリーと言われるんじゃないか」「自分たちに非があったんじゃないか」と考えてしまう。発言も「わきまえて」しまっているんです。いろんな思いを言語化できないんです。

それで私自身が耐え切れなくなっちゃって、「これは怒っていいんですよ」って思わず言っちゃいました。

【笛美】すごい。

女性を「怒れなく」してしまっていた

【白河】それは私自身、上の世代の女性としての反省があったからです。

これまでも、こうした女性差別発言やセクハラの問題は、たくさん起きています。たとえば2018年には、財務事務次官がテレビ局の女性記者に対してセクハラをした事件がありました。あの時も、みんながさんざん怒って抗議もした。法律にも影響があった。でも結局、またこういう発言をする人が出てくるわけです。

白河桃子さん=本人提供
白河桃子さん=本人提供

差別的な発言や行動をする人が次々生まれるような構造を、見過ごしてきたことに対する罪悪感もあったし、こういうことが続くから、女性が怒れなくなってしまったんだと痛切に感じたんです。

でももっと若い世代の(若者の政治参加をすすめる団体「NO YOUTH NO JAPAN」代表で大学生の)能條桃子さんたちが署名活動を素早く立ち上げてくれて、そこはよかったなと思いました。健全な若い人たちのストレートな怒りって、いい。本当に「ありがとう」という感じです。

【笛美】本当に「ありがとう」ですよね。ああ、情けない私……。

【白河】やっぱりみんな、社会に出ると、いろいろなつらいこと、理不尽なことでものみ込まざるをえないことが増えてくる。でも今回は、こういったClubhouseなどのいろいろなところで、多くの人がそうした「のみ込んでしまった思い」をしゃべっていますよね。その思いを言葉にしていきたいという行動が素晴らしいと思いました。

【笛美】ちょっと感動しています。「みんな、わきまえていたんだ。私だけじゃなかったんだ」って。

「わきまえ」の圧が、パワーダウンさせている

【白河】笛美さんの「わきまえ」経験や「わきまえ癖」、何か話せることがあったらお願いしたいです。

【笛美】いっぱいあるんですけど……。たとえばさきほど、「『感情を出してはいけない』と思ってしまう」という話がありましたけど、「女は感情的だから」ってよく言われますよね。だからすごく意識してしまって、「感情的にしゃべらないようにしよう」と、クリティカルシンキング(批判的思考)の授業を受けたりして、ロジカルに話せるようになろうと一生懸命頑張ったことがあるんです。そうしたら今度は、「理屈っぽい」と批判されちゃって、「どっちだよ!」みたいな(笑)。

あと、私は独身なんですが、ママたちもわきまえさせられてしまっていますよね。みなさん「育休から復帰して、子どもがいるのに働かせてもらっている」とか、「時短で働かせてもらっている」と遠慮していて、不満があったり要求があったりしても我慢している。

ママたちにわきまえさせてしまっている様子を見て、「何だろう、この、女性をパワーダウンさせしまう感じは……」というモヤモヤした思いが、もう私の中ではマグマのように煮えたぎってます。

【白河】わかります。育休や時短などの制度を作ったのは会社なのに、使う側に遠慮させてしまう。使いにくい雰囲気をつくるくらいなら、制度なんて作るなよ、って思います。

例えば、法律で定められた期間よりも長い育児休業制度を持っているのに、法定より長く育休を取ろうとすると「え? それはちょっと……」みたいな会社ってあるんですよね。

【笛美】ええー⁉

五輪をボイコットされてもおかしくない

【白河】私は森前会長発言を聞いた瞬間に、「海外の選手からオリンピックをボイコットされても、おかしくないくらいの事態だな」と思いました。

2014年のソチ冬季五輪では、ロシアが反同性愛法を成立させたことに抗議したボイコットの動きがありました。まさに同じことが起きるぐらいの大ごとだと思ったんです。でも最初は、女性のほうが遠慮して「私たちの話って長いんでしょうか……」って……。

【笛美】自分のせいにしちゃうんですよね。

【白河】でも、そのあとにちゃんと大ごとになってくれたので、やっぱり時代が変わったなと思いました。

今回、「森さんはああいう人だから仕方ない」とみんながスルーしなかったのは、やはり在日の外国大使館が、「#dontbesilent」(黙らないで)という投稿をして女性への支持を表明してくれたことや、オリンピックの放映権をもつアメリカの放送局NBCなどがアウトだと言ったことが大きかった。BLM(Black Lives Matter)運動から、「(差別的な言動があったのに)沈黙していることは、差別に加担していることと同じ」とみなされる雰囲気ができています。

そしてこれは明らかに、森喜朗さん個人がどうこうという問題ではなく、人権問題であり女性差別であるという世界的な認識が広がりました。

こうした世界的な動きに対して、テレビのコメンテーターの男性が「ええ? そんなに大ごとなの?」と驚いていましたが(苦笑)。

「わきまえない女」たちの反乱

【白河】それにしても、女性の「わきまえ癖」って何でしょうね。以前、ある若い女性が「男の人と並び立つつもりはないけど」って、ふとおっしゃったんです。「男性が立っている地面にはすごい盛り土がしてあるだけで、もともとは同じ高さなんですけど」と思ったんですが。

【笛美】でも私、そう言ってしまった女性の気持ちがわかる気がします。女性は、「男性よりちょっとできないほうがかわいい」と言われて育っています。「男性と張り合うつもりはない」って言っておいたほうがいいと、思ってしまいますよね。私も思っていましたし。

【白河】私も若い頃は思っていました。

でも、こうやってツイッターで「#わきまえない女」というハッシュタグが立って、「わきまえない」と宣言する女性たちがたくさん出てきています。笛美さんもツイッターで、「わきまえない笛美」と宣言されていますよね。

【笛美】私、実は「わきまえない女」って努力目標なんですよね。そうしたくないのに、やっぱりわきまえてしまう自分を何度も突き付けられて……。言葉だけでもいいから「わきまえない女」ってハッシュタグをつけてみたいと思ったんです。この言葉がツイッターで流れてきたときに、「わぁ、かっこい。私もこれを言いたい」という気持ちになったんです。でも実際は、やっぱりわきまえてしまっているという……。

【白河】でもツイッターで、このブルーのお顔で堂々と語っているじゃないですか。素晴らしいと思いますよ。

【笛美】私、堂々と語っています? なんかへっぽこじゃないですか?

【白河】全然そんなことはないと思いますよ!

たとえ声を上げられなくても

【白河】「声を上げろ」ってみんな言うけれど、やっぱり声を上げられない人はいっぱいいるわけです。全員に声を上げろとは言えないけれど、声を上げてくれた人は多少の小さな意見の相違があっても応援したいです。笛美さんが、「まだ私もわきまえてしまってるんです」って言いながらも、こうやって活動しているのは、本当に素晴らしい。自分のいるところでやるべきことをやるしかないんですよね。

森前会長の発言に抗議して白いジャケットを着る、国会の女性議員の「ホワイトアクション」に賛同し、白い服を着た笛美さんの自画像=笛美さん提供
森前会長の発言に抗議して白いジャケットを着る、国会の女性議員の「ホワイトアクション」に賛同し、白い服を着た笛美さんの自画像=笛美さん提供

【笛美】私は社会に出て10年以上経っても、まだわきまえ続けていて、若い人たちにばかり声を上げる負担をさせています。また今、声を上げている人たちの多くは学生やフリーランス、自営業など、「会社」という男性の組織で働いていない人が多い。でも世の中の大人の多くは、会社という男社会の中で働いている人です。私はそういう人が声を上げる可能性を広げたいんです。本当は顔や名前を出したほうがいいんだろうけれど、それができないから、この青い顔のままで……。

【白河】今回、誰もが、「もし自分が(森前会長が発言をした)あの場にいたら、どうしただろう」と考えた。日本だけでなく、海外の人も含めた、多くの人たちの怒りや、「何とかしなくては」という思いがありました。それが森前会長の発言を単なる失言に終わらせず、あの発言を生んだ社会の構造を変えようといううねりになった、大きな理由でしょうね。

あの場で笑わずにいられるか

【笛美】ただ、私もあの場にいたら、一緒に笑ってしまっていたかもしれません。

【白河】私はきっと表情は凍ると思いますが、そこで言い返せていたかどうかはわからないですね。

笛美さんのように「もしかすると、一緒に笑ってしまったかもしれない」と思っている人も多いと思います。でも、「次にもし同じようなことがあったら、絶対に笑わないでいよう」という人もいました。次は違うことをしたいと考えた人も多かったと思います。

【笛美】実は私も、過去にそういう経験があるんです。男女のグループで話していたときに、一人の女性がちょっと自虐的な発言をしたのを、周りの男性たちがおとしめるように取り上げて「ガハハッ」って一斉に笑ったんです。いつもなら私は、結構へらへらしている方なので一緒に笑っていたかもしれないんですが、そのときはすごく腹が立って、勇気を振り絞って笑わずにいて、一人で嫌な空気を出していたと思います。

でも後でまた後悔して、その場では何も言えなかったとしても、あとでその女性に、「あそこで笑ったのはちょっとおかしいよね」とフォローするとか、男性にも「あれはちょっとないんじゃないですか」とか言えばよかったと思いました。今回の森前会長の発言を聞いて、その時のことを思い出しました。

女性をおとしめ男同士の連帯を強める「ホモソ」の世界

【白河】私も思い出したんですが、以前何かの飲み会の席で、若い男性が同僚の女性をからかうようなことを言ったんです。男同士の冗談ってやつですね。

そういうとき、私はストップをかけて、「それ以上言わない方がいいよ」と言うようにしているんです。なぜなら、それがその人たちのためでもあるから。こんな感覚を持ったままで彼らが偉くなって上司になると、周りも困ると思うんです。

そのとき、「ストップ」って言ったら、その男性が「いや、つい男ウケを狙っちゃうんです」って。それで気がついた。男が男にウケるために、女性差別的なことを言う。こういう構造だったんだって。

【笛美】その男性、ご自身でそれをわかっていて、ちゃんと言語化できるなんて素直ですね。

【白河】確かにそうですね。自分が男ウケを狙っていたって、わかっているわけですよね。

【笛美】そういう場面ってよくありますよね。たとえばときどき、男性ばかりで女性は私一人という会議があるんですが、男性からは「女子大生が○○する」「キャビンアテンダントが○○する」のような、明らかに最終的には却下されそうな、セクハラっぽい企画が出てくることがあるんですよ。その企画を出した本人も、そんな企画は最終的には通らないとわかって出しているけれど、それが出たときは会議の場がすごく盛り上がる。

【白河】会議のためだけの企画なんだ。

【笛美】そうなんです。通らない企画だけど、男ウケはいいので、出した本人のポイントは上がるという。そんなふうに男ウケのために女性が使われるのを見ると腹が立ちます。

【白河】そうなんですよ。女性をネタにしておとしめて男同士の連帯を深める「ホモソーシャル」な構図ですよね。それが連綿と続いてきてしまった。今回は、それをいかに変えるかを考えないといけないんです。問題は森さん個人じゃないんですよね。