自分の身分が危うくなる危機感と反感
総合商社の丸紅が、2024年までに新卒採用の総合職の半数近くを女性にすると発表し、話題となった。現在、丸紅の総合職約3300人のうち女性は約1割にすぎず、管理職の女性割合は6.4%。総合職を全員見渡しても10人に1人しか女性がいないという職場は、総合商社としては決して異例なわけではない。
この女性比率の低さ、「女性活躍」イメージとの縁遠さは、財閥系企業がいまだイニシアチブとシェアを握る5大総合商社に共通の病で、2020年入社の新卒採用実績(総合職)における女性割合を見ると、三菱商事29.9%、三井物産26.5%、住友商事21.5%、伊藤忠が最も低く20.7%、そして丸紅は22.0%だった(東洋経済新報社『就職四季報 総合版』を基に計算)。
2021年入社の丸紅の採用実績では、総合職の女性割合が過去最高の3割に達する。これをはずみとして、3年以内に女性割合を40~50%程度まで引き上げていくという。メガバンクや総合商社は日本のサラリーマン社会の中でも典型的な男性社会として知られてきたがゆえに、この発表に「日本でも、やっと総合商社が」という感慨を感じた人もいれば、「とうとう総合商社までもが!」と自分の身分が危うくなる危機感や反感で文句タラタラの人もいるようだ。
エリート企業が「脱・男社会」を図らねばならぬ、シリアスな事情
エリートと呼ばれる人々ほど、それまでの成功体験が自己正当化の根拠となってしまうだけに、体質を変えるのには強い意志と多大な努力が必要だ。丸紅が業界他社に先駆けて女性比率を半数まで引き上げという、組織の姿を根本から大幅に変えてしまうインパクトのある方針を表明できるに至った背景には、丸紅社内でコツコツと積み重ねられてきた努力がある。
丸紅は数年前に係長ポストを前にした若手の大量離職が相次ぎ、組織に魅力がなく若手が育っていかない土壌であることを突きつけられた。就活では誰もが知る高倍率の人気企業に就職したはずの若手エリートが、その数年後に「この組織で責任を負いたくない、係長になりたくない」と背を向けて去っていく。丸紅は「世の中の変化に一番敏感であるべき商社が大企業病にかかり、組織として硬直化していくままでいいのか」との危機感を強めてきたのだ。
わかっているのに「できない」危機感
筆者は今から4年前、丸紅従業員組合による働き方改革への取り組みをインタビュー取材している。
それぞれ5年選手、10年選手の丸紅の若手社員が組合専従となった1年間、真剣に自分たちの会社を良くしていこう、生き残れる組織へと体質を変えるべく「ゼロを1にしよう」と社外に学び、思考と試行を重ねているのが印象的だった。組合執行部の彼らはこう語っていた。
「総合商社とはそもそも、全産業にまたがって商流の中に生じる需要と供給のギャップを埋める形で稼ぐのが存在意義であり、取引先や社会のニーズに変化が生まれれば自分たちもその変化に適応して稼ぐ仕組みを新たに構築するのが商社の醍醐味でもあります。その一方で、商社は食品や石油や鉄鋼や化学品といったように、効率的に稼げるよう一つひとつの商材や産業セクションに集中して取り組めるような商品分野タテ割りの組織作りをしてきたので、厳然としたセクショナリズムがあるんです。それぞれのタテの壁を越えた連携は容易ではなく、結局は各部署で自己完結するようなビジネスが中心となっているのが現実です」
画一的な集団からは画一的な発想しか出てこない
「昨今、取引先の各業界は複合的、横断的なソリューションを求めてきているのにもかかわらず、僕たちは総合商社としてその期待に十分には応えられていない。組織間の垣根を超えて、今までのネットワークや知識を組み合わせ、新しい価値を提供していくためには、社員一人ひとりが、組織を重んじる内向き志向に陥ることなく、マーケットやトレンドを重んじる外向き志向を持ち続けなければならない。総合商社だからこそ、ビジネスでも会社運営でも組織横断的な取り組みが必要なのは誰よりも理解しているのに、それでも打ち破れないんです。他商社も同じ悩みを抱えています。ですから、僕らは働き方改革をタテ割り組織の土壌を変える手段の一つとして捉えています」
「大手商社は、残念ながらいまだに画一的な人材の集団です。画一的な集団からは、画一的な発想しか出てこない。外国人や専門性の高い人材・女性やシニアなど、あらゆる多様性が必要なのに、彼らを受け入れられる土壌がまだまだ十分とは言えないんです」
若手が大量離職する風土
そんな熱い言葉を語ってくれた彼らと、丸紅本体のオフィスの一隅でほんの短時間写真撮影をしていたら、部下を引き連れたどこかの部の偉い人に叱られた。「組合が、こんなところで何やってるんだ!」。「働き方改革の広報活動です」と執行部の彼らが説明をしても「邪魔だろう! さっさと引き上げろ!」とまた叱られた。広いオフィスで、誰もがそれを黙って横目で見て立ち去っていった。女性は受付の数人しか見当たらなかった。名の知れた企業に所属するでもないフリーライターとやらの怪しげな身分で、スーツ姿でもなければ「さして重要でもない」女である私の心には、なるほど、若手が大量離職する風土とはこれか、と強烈なインパクトでその風景が刻み付けられた。2017年のことだ。
さて新卒総合職の女性割合を半数近くへと発表した2021年の丸紅は、柿木真澄社長が年頭の挨拶でこうアナウンスした。「人財の多様化にも一歩進んで取組みます。社会と向き合い、環境変化に柔軟に対応していくには、同質的な集団からの脱却が必要不可欠です。とりわけ不足している女性の比率向上に対して積極的に取り組みます。新卒採用では、女性総合職比率を現状の20~30%を、3年以内に40~50%程度とすることを目指します。採用だけでなく、多様な人財が実力本位で登用され、活躍できる組織づくりにも一層注力していきます」
丸紅人事部もこのように考えているという。「いまの比率で採用を続けると、20年後も男性がほぼ8割で、現状とほぼ同じ状態と試算しました。(経営目標の一つとして)社会課題を先取りして解決することを掲げていながら、男性8割の会社が十分に応えていけるのかという問題意識がある」
若手の手で組織が書き換えられていく
「環境変化に柔軟に対応するには、同質的な集団からの脱却が必要不可欠だ」とは、先出の柿木・丸紅社長が語った言葉である。
あの時の真摯な彼らの努力や働きかけが、少しずつ丸紅本体を説得し、意識を変えていって、今回「新卒総合職採用の半数近くを女性に」との大きな社会的インパクトを生む発表にこぎ着け、本当に「ゼロを1に」したのだろう、私はそう受け止めている。組織は、新陳代謝する。あのインタビューで「(あなたも)組織は死なない、と信じてほしい」と、他社の働き方改革担当者たちへ向けて語った若手社員の真剣な眼差しを、私は今も鮮烈に覚えている。