※本稿は、星 友啓『スタンフォードが中高生に教えていること』(SB新書)の一部を抜粋したものです。
間違った学習習慣1 「ストレスをさける」
現代社会を生きる上でつきものの「ストレス」について考えましょう。ストレスは心や体の健康に大きな影響を与えます。極度にストレスのかかる環境は、決して最適な学習環境にはなり得ません。しかし、ストレスを完全に取り除こうとしても現実的ではないでしょう。さらに、良い学びのためにストレスを完全に取り除く必要もないのです。
実際、最近の認知科学の研究成果によって、適度なストレスが記憶力や集中力を高めて、学習の効果を引き上げることが知られるようになりました。
学習をはじめとする心や体の働きがストレスによって高められるのは、そうしたストレス反応が進化論的にも有利なためだとさえ考えられています。周りの環境が何らかのストレスになっているということは、自分の身に何らかの脅威が差し迫っていることを示しています。
そうしたストレスの状況下で、心や体の働きが一時的に高まるのは、人間が進化の過程で獲得した生き抜くための大切な体の機能なのであり、私たち一人一人のDNAに刻み込まれた生存戦略なのです。
そのため、大切なのは、ストレスを恐れて、むやみに避けようとすることではなく、ストレスとうまく付き合っていく心の構えを身につけることなのです。
ストレスの悪影響を気にする人は、寿命より早く死ぬ確率が高まる
日本でも人気を博しているケリー・マクゴニガル博士は、自身のTED Talk『ストレスを友達にする方法』で関連する研究を紹介しています。
一つはウィスコンシン大学マディソン校の研究で、ストレスを感じているかどうかよりも、そのストレスに対する私たちの姿勢が肝心だという報告です。
例えば、ストレスを強く感じていて、そのストレスが心や体に悪影響を及ぼすと考えていると、寿命よりも早く死んでしまう確率が通常よりも40%以上も高くなります。
さらに、ストレスの悪影響を意識している人たちは、悪影響を気にしていない人たちに比べて、健康への実際の悪影響に苦しむ確率が2~4倍、精神的苦痛に悩む確率が2~5倍に跳ね上がってしまうのです。
ストレス反応は良いパフォーマンスを引き出す
逆に、ポジティブな姿勢でストレスに向かうと、ストレスの悪影響が減るという結果も報告されています。マクゴニガル博士が前述のTED Talkの中で紹介しているのは、ハーバード大学の心理学マシュー・ノック教授らによる研究です。
ストレスを感じると、私たちの体にはさまざまなストレス反応が起こります。スピーチの前に緊張して、胸がドキドキするのもその一つです。
ノック教授らは、スピーチ前の被験者の2つのグループに異なる説明をしました。グループ1には、緊張などのストレス反応の医学的側面を説明し、良いパフォーマンスを可能にするための心や体の反応であると解釈するよう促します。
グループ2には、そうした説明なしに、緊張などのストレスを回避するには、その原因と考えられるものを無視することだと伝えます。
スピーチ後の検査により、グループ2より、グループ1の被験者は、心肺機能の乱れが少なく、集中力も高まっていたことが分かったのです。つまり、グループ1の説明のように、ストレスをポジティブに解釈できると、ストレスの悪影響が減り、良い方向に心や体を向かわせることができるのです。
同様に、テストの前にストレス反応が良い成績につながると伝えると、体へのストレス反応が減少し、テストの成績自体も上がるという報告もされています。
サポートが必要なときはプロのカウンセラーの手を借りる
これらの実験が示すように、ストレスをポジティブに解釈するために大切な第一歩は、適度なストレス反応が自分にとって良い効果をもたらし得ると理解することです。
読者の方はここまでで、すでにこの点をご理解いただいたので、すでにストレスとポジティブに付き合う第一歩をクリアしていただいたことになります!
この他にも、たくさんのストレスとうまく向き合う方法が考案されてきました。ストレスを感じたり、なぜそう感じているのかを考える。何か起きた時にどう感じるかなど、心の中でシミュレーションして「もしも」のシナリオを考える。目標設定をしてそれに集中する。
それからストレスが溜まってしまったら、休憩したり、笑ったり、体を動かしたりすることも効果的だとわかっています。さまざまなストレスマネジメントのテクニックがあるので、実際に自分で探したり試したりして、良いと思われるものを子どもと一緒に実践してみましょう。
最後に、「ストレスが溜まってまずい」と少しでも思えた時には、迷わず、躊躇なく、プロのカウンセラーや医師に相談することが必要です。
ストレスは誰しもが抱える現代社会の問題です。サポートが必要なことは恥ずかしいことではありません。子どもや自分の能力の限界を示すものでもありません。適切なサポートで、子どもの学習能力を最大限に引き出せるようにしていきましょう。
間違った学習習慣2 「テストで理解度や能力を測る」
さて、テストとストレスについて前述しましたが、そもそもテストなどのストレスになってしまうようなものをやらなくてはいけないのはなぜなのでしょうか?
まずシンプルにテストの目的として考えられるのが、現在の自分の理解度や能力のレベルを知るということです。
国や地域の標準学力テストや各団体が行う資格試験、学校の入学試験や期末試験だって、目的こそ違うものの、結局は、受ける生徒の能力を測定するツールなのである。こうした考えは非常にオーソドックスに思えるかもしれませんが、ことに学力試験の現実はそれほど単純ではないようです。
例えば、アメリカの入試用の標準試験は、生徒の学力よりも、親の収入に強く相関していることが度々指摘されています。また、前述のように、ストレスやストレスに対する姿勢によっても試験の結果が変わってきます。その日の体調だって大きく影響するのは当然です。
さらに、「テストの点数は、どれだけテストに慣れているかの指標でしかない」などの見方も珍しくはありません。
つまり、テストの結果は、親の収入だったり、ストレスマネジメントだったり、その日の体調だったり、テストへの慣れ具合だったり、生徒の学力や理解度以外のものを色濃く反映しているのです。
とはいえ、世の中にテストがあるのは現実。テストが何を測っていようが、テストを受けなくてはいけないことに変わりはない。だからこそ、学習におけるテストの本当の効果を理解しておくことが重要です。
テストが最強の学習ツールである理由
テストが自分の学力を知るための道具でないのならなんなのか?
最近の学びの科学の研究で、テストは、最高の学びのチャンスを生み出す道具であることが明らかにされてきました。
テストは、受けている時に、必ず何らかの形でこれまで学んだことの記憶を呼び起こさなければなりません。
その「記憶の呼び起こし」が高い学習効果を導くカギであることが分かってきました。
例えば、アメリカのパデュー大学の研究で、記憶の呼び起こしをベースにした学習法と、その他の伝統的な勉強法の効果を比較したものがあります。
まず、3つのグループの生徒が異なる勉強法で、同じテキストを学習します。第1グループの生徒は、テキストを繰り返し読む方法。第2グループは、テキストを読み、図解などを使ってノートにまとめる勉強法。第3グループは、テキストで読んだことをテストして読んだことの記憶を呼び起こす方法で学習していきます。
その1週間後に生徒たちは学習したテキストに関するテストを受けます。その結果、第3のグループが格段に成績が良いことが分かりました。しかも、歴史の年号などのような暗記問題だけではなく、思考力を問う応用問題でも同様の結果が見られたのです。
テストを効果的に活用する4つのコツ
つまり、テストを実力を知る道具としてしか見なしていない場合、二重の意味でもったいないことになります。
第一に、テストは実力を測らないという事実。
第二に、テストの一番の強みを生かしていない現状。
テストは学びを評価する道具ではなくて、学びを生み出す道具だと見直した上で、テストを上手に使っていきましょう。
テストを自分の学習にうまく取り込むための4つのコツが、アメリカのヴァンダービルト大学の教育局の公式サイトで紹介されています。以下を意識して、テストを学習に役立てられるように子どもをサポートしましょう。
2.学んだことを思い出しながらまとめる癖をつける。
3.学ぶ前に、これから学ぶことの診断テストをする。
4.テストや思い出し練習が、長期的な記憶や学習効果の向上につながること知る。
どれも、今すぐにでも始めることができます。特に4は、今日にでも子どもとの会話の中で伝えてみてはいかがでしょうか?
間違った学習習慣3 「同じ問題を反復練習させる」
多くの子どもにとってテスト同様身近なのが、学習ドリルによる反復練習です。
足し算、引き算、図形、文字の練習。世界中でさまざまな学習ドリルが存在し、教育者や保護者、子どもたちが手に取ります。
各ページに似たような問題が並び、繰り返し解いていく。特定のスキルや知識を身につけるのが目的で、特に幼児や小学校などの教育で用いられ、さまざまな学習効果が確認されています。
しかし、この「似たような問題を何度も繰り返し解く」という当たり前の学習方法が近年見直されつつあります。
なんらかの反復練習は学びに欠かせないプロセスであることは間違いありません。しかし多くの学習ドリルは、反復の回数や速度を強調しすぎています。
正しいだけではなく、速くできないといけない。
10回ではなく、20回、さらにそれ以上やることで、その問題に「慣れて」素早く解けるようになる。同じような問題を解くことで、パターンに慣れて、より速く答えを出せるようになるのは疑う余地のない事実です。
しかし、単純な計算や記憶問題を素早く答えていけるような能力だけでは、理解力や思考力は高まりません。
むしろ、同じような問題を同じような考え方で解いていく癖がついてしまい、柔軟な考え方や、違った視点で物事を見る力が未発達になってしまいかねません。早くできることとじっくり深く考えることは、脳科学的にも違う活動なのです。
スタンフォード大学の教育学ジョー・ボーラー教授はこの点を指摘するのに、何人かの大数学者の例を挙げています。数学の「ノーベル賞」といわれる「フィールズ賞」受賞者の中にも、子どもの頃計算が遅く、学習障害や数学苦手のレッテルを貼られた学者たちがいるというのです。
考える力をつける計算問題の解き方
それでは、どうすればじっくり考える力がつくのでしょうか?
ボーラー教授が勧める学習方法で、それぞれの問題を違う方法や考え方で解いていくやり方がおすすめです。アメリカの教育現場でもだいぶ浸透してきています。
例えば、算数でいうと、ドリルから20問同じような問題を解くのではなく、5問だけを選んで、それぞれの問題を4つずつ違う解き方で解いていくようなイメージです。
違った考え方で同じものを理解しようとするこのやり方で、学習の効率が上がることが脳科学的にも実証されてきました。
また、一つのことを違うやり方でできるようにしておくことで、柔軟な考え方をすることができるようになり、あるやり方で行き詰まっても他のやり方を試そうとする癖がつくのです。
それから、常に違ったやり方を模索しながら考える心の習慣も養うことができます。
「はかどってる感」の恐ろしさ
20問ずつガンガン解いて、進んでいくことで、はかばかしい。ページをめくって、進んでいる気がして、やる気につながる。
親も子どもも、量が多い問題をすいすいと進めていくと、「はかどってる感」が得られるので、ついついドリルに頼りがちです。
しかし、問題を解いた数とか、めくったページの数が多ければ、良い学びに繋がりやすいというわけではないのです。
何事もバランスです。考える力や深い理解は、反復練習を素早くこなしていくことだけでは身につきません。多様性のある学び方を取り込んでいくことを心がけましょう。