新卒でオリックスに入社して以来、管理部門一筋に歩んできた影浦智子さん。今では法務やリスク管理を預かる立場として一目置かれる存在だが、長いキャリアの中では人間関係や異動に悩んだり、株主総会で失敗したりしたことも。たびたび訪れる困難を、どのようにして糧に変えてきたのか──。
オリックス 執行役 ERM本部長 グローバルジェネラルカウンセル室管掌 影浦 智子さん
撮影=小林久井
オリックス 執行役 ERM本部長 グローバルジェネラルカウンセル室管掌 影浦 智子さん

ダメもとで希望した法務に配属

金融、自動車、不動産など多角的な事業展開で知られるオリックス。影浦智子さんは、そのすべてを見渡す管理部門で一歩一歩着実にキャリアを積み上げてきた。20代は法務、30代はコンプライアンス、40代は監査と各部門で経験を積み、2020年にはグループ全体のリスク管理を担うERM本部長に就任。

こう聞くと、いわゆる“お堅い人”をイメージしがちだが、実際の影浦さんはとても柔和でチャーミングな印象。「特に昇進を目指すこともなく、ただ目の前の業務をコツコツとやってきただけ。役員にも、気づいたらなっていたというのが正直なところです」と笑う。

就活時には「入社したら営業職に就いてもらう」と言われ、そのつもりで入社。ところが入社後の面談で希望する部署を聞かれたため、ダメもとで「法務」と言ってみたらすんなり通ってしまったのだという。当時は「法学部出身だから」という軽い気持ちだったそうだが、これが今につながるキャリアの出発点になった。

「希望通り法務課に配属されたのですが、新人は私だけで一番年が近い先輩でも5歳上。最初は社内用語もまったくわからず、皆の話についていくのがやっとでした」

身近に同期がいない新人時代。寂しさを感じることもあったそうだが、教えられた業務をせっせとこなすうちに知識もつき、やがて営業担当者の顧客説明に同行するようになった。顧客が喜んでくれるたびにやりがいも大きくなり、「自分の成長も実感できて本当に楽しかった」と振り返る。

「両立したい」の言葉が思わぬ結果に

しかし、数年経って仕事に慣れてくると、その喜びは閉塞感に変わった。契約書作成などの実務はルーティンが多い上、企業ごとに独自の型がある。このまま今の場所に閉じこもっていたら、他の仕事で通用しなくなってしまうでは──。そんな不安から、上司に「仕事の幅を広げたい」と異動を願い出たこともあったという。

願いがかなったのはその翌年。ビジネスモデル特許の流行もあって、オリックスでも知的財産関連の法務を強化することになり、影浦さんはそちらに担当替えに。それまで担当していた取引契約法務とはまた違った分野を見ることができて、知識とともに自分のキャリアも広がったという手応えを感じた。

仕事への意欲は上向いたが、ここで思いもかけなかった壁に突き当たる。担当替えから2年後、結婚した影浦さんは上司に今後どう働いていきたいかと聞かれ、何の気なしに「仕事と家庭を両立していきたい」と返答。今ではごく普通の、むしろよくあるこの答えが、予想外の結果につながってしまったのだ。

「法務の前線から、社内向けのマニュアルづくりなどの仕事に回ることになったんです。両立できるようにと気を遣われたのか、それともビジネスモデル特許の仕事が一段落したからかは今もわかりません。残業は減りましたが、以前に比べてやりがいが感じられず、不完全燃焼の状態が続きました」

それまでのチームで取り組む仕事とは違い、一人で黙々と作業する孤独な仕事。スケジュールには余裕があったが、すぐ近くの席では後輩が夜遅くまで忙しく働いており、自分だけが早く帰ることに罪悪感を覚えたという。

後輩をサポートしようとして「手伝おうか」と声をかけてもピシャリと断られ、上司にも「君はいいから」と言われる日々。チームの役に立ちたくても立てない、積んできた経験を生かす機会がない。そんな環境下ではストレスがたまるのも無理はなかった。

影浦 智子さんのLIFE CHART

結婚して生活環境が変わったところに仕事のストレスが重なり、やがて影浦さんは体調不良に陥ってしまう。気持ちも落ち込み、仕事への意欲もなくしかけた。

こうしたつらい日々から救ってくれたのは、入社当時から気にかけてくれていた、元上司でもある役員だった。コンプライアンス部門の拡張に伴い、「一緒にやらないか」と声をかけてくれたのだ。ここでの担当は会社法務。普遍的な業務だけに、経験を積めばどこの会社でも通用する武器になる。新たな成長の機会を得て、影浦さんは意欲と自信を取り戻した。

「今では、あの時辞めなくて本当によかったと思っています。その後も退職を考えたことはありましたが、辞めたらこの会社での成長は二度と体験できなくなる。それならばもう少しがんばってみよう、その繰り返しでここまで来ました」

株主総会準備での失敗

キャリアの中では、働きがいだけでなく人間関係に悩んで退職を考えたことも。感情の起伏が激しい直属の上司に疲弊した影浦さんはプチうつ状態にまで追い込まれたこともあったが、退職を決心する前に当の上司が異動になり、徐々にまた前を向いて行けたという。

この2つの困難を乗り越えた後、影浦さんはめきめきと頭角を現していく。会社法の改正に伴う法令対応では、頼りの同僚が育休に入る中、プロジェクトを引っ張って難しい仕事をやり遂げた。上司が他業務との兼ね合いで手が回らなくなった時は、チームのまとめ役として力を発揮した。

「直属の上司が異動になった当時、私はまだ管理職手前の主任でしたが、間が抜けたことで組織上の直属上司は役員に。以前のように気軽に相談できなくなってしまいました。それでも目の前の仕事はやり抜くしかない。それならば自分の立場より少し目線を上げて、背伸びして仕事をしようと覚悟を決めました。大変ではありましたが、この時期が一番の成長期だったと思います」

影浦 智子さん
写真提供=オリックス

背伸びしながらがむしゃらに働き、それによって自信をつけていった影浦さん。だが、その過程では大きな失敗もした。会社の事業内容の多角化に伴って、株主総会に向けて弁護士と相談しながら会社の定款変更を提案したところ、投資家の理解を得られなかったのだ。

変更案は、「多角化を進めている会社が、さまざまな分野に進出しやすくなるように」という思いから作成したものだった。文言自体も他社事例を参考にしたものだったが、投資家から見れば進出しやすさは予想外の事業拡大と表裏一体。影浦さんは「ステークホルダーの目にどう映るか、客観的な目線が欠けていた」と大いに反省したという。

「それからは、どれだけ慣れていて自信のある仕事でも『本当にこれで大丈夫か』と一歩引いて見つめ直すようになりました。私の仕事は自分のためではなく、会社や相手方のためにあるもの。その根本を見失ってはいけないと、今も自分に言い聞かせています」

失敗を糧にして一つ成長したかいもあり、翌年には管理職に昇進。会社法務チーム長、次にコンプライアンスチーム長として組織マネジメントの経験を積んだ。「相手の話に耳を傾ける」を信条にリーダーを務め、裁量が広がったことでやりがいも大きくなっていった。

ところが、このまま順調にキャリアアップしていけると思っていたある日。突然、まったく経験のない監査部への異動辞令が下りる。

2度の背伸びがキャリアを後押しした

会社のリスク管理の第一線が顧客と直に接する営業だとすれば、法務やコンプライアンスは第二線、そして監査部は第三線に当たる。監査部は、社内の取り組みの評価や不具合の指摘、改善策の提案などは行うが、自ら実行することはない。直接リスクを予防する側から結果を検証する側へと逆の立場になり、影浦さんは途方にくれた。

「前の部署にいた時に監査と意見が食い違うこともあって、正直自分がなじむイメージがまったくなかったんです。それに、当時の監査部は幅広いキャリアを積んだベテラン人材が多い部署。前に向かって走りたいのに直接は動けないこともあり、最初はもどかしい思いばかりしていました」

だが、実際に内部に入って仕事をするうち、監査へのイメージは180度変わった。さまざまな取り組みを通じて第三線の重要性に気づき、同時にメンバーが熱意を持って働いている姿にも心を打たれた。監査の本当の姿を社員や経営層に伝えたい。いつしか、そんな思いを持つようになっていったという。

異動から数年後、監査部長に就任。1年後に社長が直属の上司となり、気軽に相談するには遠い存在に。影浦さんはまたしても「背伸びして仕事をしなくては」という状態に。責任の重さを痛感しながら一生懸命働き、これが次の成長につながった。

常に一つ上の立場を意識して仕事すれば、その分成長も早くなる。影浦さんは「大事な時にいつも上の人がいなくなってしまって」と苦笑するが、キャリアアップという観点で見れば、背伸びせざるを得ない状況は大きなチャンスにもなるだろう。実際、影浦さんも2度の背伸びを糧に大きくジャンプアップしてきた。

執行役・ERM本部長として多くの組織を見渡す立場になった今、「キャリアを培っていく中で起こったことすべてが糧になった」と実感している。思い返すのは、昔、背伸びをしていた頃に上司に言われた言葉だ。「組織の長なら業務ではなく人をマネジメントすべき、いかにして気持ちよく動いてもらうかを考えなさい──。」

「楽しかったこともつらかったことも、振り返ればすべて無駄ではありませんでした。仕事の根本は、結局は今やるべきことを真摯にこなし、責任を果たすことに尽きるのではないでしょうか。孤独を感じている時も、見てくれている人は必ずいます。皆さんにも、何事も転機と捉えて前向きに歩んでいただければと思います」

■役員の素顔に迫るQ&A

Q 好きな言葉
為せば成る
「困難にあってもあきらめない気持ちが大事。結果がどうあれ、やり抜くことで得られるものもあると思っています」

スケジュール帳
撮影=小林久井

Q 愛読書
ローマ人の物語』塩野七生

Q 趣味
パンダの観察やグッズ収集、観劇

Q Favorite item
スケジュール帳
入社した1994年からずっと、会社で年1回配布されるスケジュール帳。見た目は地味ですが、愛着があってなかなかほかの手帳に変えられません(笑)